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『システム思考とダイナミクス・モデリング会議2006』に参加して(1)「システム・シチズン」

2006年07月08日

ボストンの郊外で開かれた『システム思考とダイナミクス・モデリング会議2006』 に参加しました。この会議は、クリエイティブ・ラーニング・エクスチェンジ (CLE)という、教育者とシステム思考専門家のネットワークが2年に1回開催しているもので、全米およびヨーロッパなど海外から、約150人の教員や教育委員会の委員などの教育者たちが集まって、システム思考やシステム・ダイナミクスに関して学び、ネットワークをつくり、より良い教育を提供していくための会議です。

参加してみて、多くの教師たちの「子どもたちにとても大事なシステム思考を身につけさせてやりたい」という熱意を感じました。複雑性を増す社会の中で、子どもたちが自分たちの足で歩き、生きていけるようにするために何が必要か、と考えるなかで、「そのためにはシステム思考のような、複雑な社会を理解し、その中でどうしていけばいいかを自分で考えるためのツールが大事だ」と思って、システム思考を教えることに大きな情熱を燃やしているのです。

会議では、子どもたちの考える力や複雑な社会に生きていくための力としてとても重要であるという認識のもとで、システム思考を教育現場に導入していくうえでのいくつかの課題についても話し合われていました。

大きな課題として話し合われたもののひとつは、「システム思考をいかに普及するか」です。私たちも日本でのシステム思考の普及に力を入れているため、まさに共通の課題でした。日本の現状についても話をしてアドバイスをもらったり、情報交換をすることができました。

会議では「システム・シチズン」というキーワードが多く使われていました。「読み書きそろばんシステム思考」というぐらいだれでも使えるものになってほしいというのが私たちチェンジ・エージェントのビジョンのひとつですが、「システム・シチズン」というのも同じような意味合いで、より多くの人たちがシステム思考を理解し、自分の目の前のことを自己中心的に考えるのではなく、地球や社会といったより大きなシステムにまで視野を広げる力をつけてほしい、ということです。そのためのさまざまな課題、たとえば、教える側の体制・仕組みやカリキュラムについても議論されました。

■「システム・シチズン」の必要性
マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン・ビジネススクールで企業トップやMBA達にシステム思考とシステム・ダイナミクスを教えるジョン・スターマン氏の基調講演は、地球温暖化問題を取り上げて、この問題に代表される今日の複雑な問題解決のためにシステム思考がいかに重要か、を説得力のある運びで伝えるものでした。

アメリカでは、カトリーナなど相次ぐハリケーンなどの災害被害や、近年の気候と自然環境の変化から、国民の9割が地球温暖化の問題を深刻であると認識していますが、その解決のために具体的な行動をすぐにとろうとしている市民はわずか2割に過ぎません。現在の経済システムは、市場と技術を重視し、ほとんどのことは「直線的に変化する」と(おそらく無意識に)想定しています。ほとんどの市民が、問題が起きたら、市場が価格を調整し、必要な技術への投資が行われて問題はすぐに解決できるだろうと悠長に構えています。このような認識や姿勢は、気候システムというシステムの構造を十分に理解していないことから起きています。

地球温暖化問題を「システム」として考える上で、重要なポイントが3つあります。「ストックとフローの構造」、「フィードバックの構造」、そして「時間的遅れの構造」です。つまり、京都議定書にある1990年比で5~7%ほど二酸化炭素などの地球温暖化ガス排出量のフローを削減しても、大気中の二酸化炭素濃度(ストック)は増え続けること。また、温度が上昇し、ある閾値(ティッピング・ポイント)を超えると、悪循環のスイッチが入って止められないほどの急速な勢いで温度が上昇すること。そして、今すぐ行動をとり始めても、自動車や家電、工場設備といった家庭や産業にある二酸化炭素を排出するものを十分効率的なものに置き換えることで排出量削減の成果を出すには10年単位の時間を必要とし、さらに二酸化炭素濃度上昇の温度への影響を止めるには約30年の遅れが生じること。

つまり、システムの構造から見ると、地球温暖化が引き起こすさまざまな経済・社会・自然環境の問題を解決するためには、今すぐに行動を開始して、地球温暖化ガスの排出量を、森や海が吸収できる範囲内(現在の排出量の半分以下)に下げて、後戻りできない悪循環のスイッチが入らないレベルにとどめる必要があるのです。

幸い、技術開発を待たなくとも、すぐに実行に移せることがたくさんあります。そして、直ちに実行に移せば、地球温暖化による被害を最小限にとどめられる可能性も十分にあります。そのためには、社会のより多くの人が、自然や気候といった「システム」を理解し、協力し合いながら、その問題の原因となっている経済システムを変えていくことが必要です。まさに「システム・シチズン」が求められているのです。

(つづく)


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ボストンで行われたシステム思考の会議の様子は、5回シリーズとしてお伝えしていきます。

この会議は、MITのジョン・スターマン氏のほか、システム・ダイナミクスの創始者であるジェイ・フォレスター氏、ソサエティ・フォー・オーガニゼイショナル・ラーニングのピーター・センゲ氏、ハーバード大学のリンダ・ブース・スウィーニー氏ら、システム思考の第一人者たちが一堂に会する「ほかには見られない集まり」といわれます。

私たちチェンジ・エージェントは、それぞれの方たちとの間で、意見交換やさまざまなコラボレーションについて話し合ってきました。日本にも、システム思考の最新の実践状況をどんどんと紹介し、ビジネスと社会のお役に立っていきたいと願っています。ごいっしょできる機会を楽しみにしております。

                        チェンジ・エージェント
                         小田理一郎・枝廣淳子

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