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「システム思考で効果的な危機対応を」

2006年12月11日

今月は、我々のよき友人でもあり、師であるジョン・リチャードソンと彼の教え子のエッセイを紹介します。

ジョン・リチャードソンは、『仮邦題:汚された楽園』(Paradise Poisoned)の著者であり、35年以上にわたって、システム・モデリングとシステム開発について執筆と教育を続けています。地球規模のシステム・モデルの構築に多く関わり国際的に活躍してきました。紛争に関する研究を長年にわたって行ってきた危機管理の分野の第一人者です。現在は、ワシントンDCのアメリカン大学で国際開発とシステム・ダイナミクスを教授しています。マーク・ハミルトンは、同大学にて国際関係論の博士候補です。


「システム思考で効果的な危機対応を」
ジョン・リチャードソン/マーク・ハミルトン

素朴で美しかったアジアの海辺は、すさまじい津波に飲まれて夢も希望も砕け散った。人種で分断されたニューオーリンズはハリケーンの襲来でずたずたになり、国家で分断されたカシミールは地震でめちゃくちゃになった。フランス・パリのパティスリーからスーダン・ダルフールの砂漠の荒野まで、若者の暴動や衝突による流血の事態が広がっている。アフリカ・サハラ砂漠以南の広い地域で、エイズと大量飢餓の脅威が明らかになっており、その恐怖は一層拡大している。

これら最近のニュースになった天災と人災は、生活を破壊し、恐怖をあおり、そして政府の対応能力に対する人々の信頼を失わせるという、あまりにもよく似た結末をもたらしているが、そのほかにも何か共通点があるのではなかろうか? 国や社会や自然環境の違いを超えて、あまねく広がる不幸の数々。そこから私たちは何を学べるのだろうか?

今日の不幸を終結させ新たな不幸が起こるのを防ぐために、私たちから危機に対する新しい見方と関わり方を提案したい。「特効薬」というわけではないが、一助にはなるだろう。それには、数々の危機のシナリオを、例外的な現象としてではなく、社会、経済、環境、科学技術の各システムが複合して生じるある程度予測可能な出来事として考えるよう、考え方の再構築(あるいは再概念化)が必要だ。これらのシステムを用いれば、もっと思慮深くて統合的な政策分析を行いやすく、そこから先見の明に富む危機予測と効果の高い危機管理が生まれる。

具体的な方法として、システム思考の手法の1つ、「システム・ダイナミクス」と呼ばれる手法の考え方を紹介しよう。この手法の考え方は、ピーター・センゲの『最強組織の法則』とマルコム・グラッドウェルの『なぜあの商品は急に売れ出したのか―口コミ感染の法則』で広く知られるようになったもので、さらに厳密にはジョン・スターマンの『仮邦題:ビジネス・ダイナミクス』(Business Dynamics)に詳述されているが、災害管理、安全性の分析、および世界規模の開発政策にまたがる分野に非常に適している。

システム・ダイナミクスについては、数多くのシステムを研究対象に50年以上にわたる研究が行われている。その結果、研究対象のシステムのほぼすべてに、共通の特徴があることがわかった。中でも重要な特徴は次の通りである。

  1. システムの行動パターンは、どれほど複雑なものであっても、システムの要素をつなぐ自己強化型およびバランス型のフィードバック・ループのネットワークによって、引き起こされている。

  1. ジェイ・フォレスター、ジョン・スターマン、ピーター・センゲといったシステム思考の提唱者たちが熟知しているシステムの行動パターンとフィードバック・ループの関係を、ほとんどの政策決定者や一般の人々は理解していない。

  1. システムの行動は、政策決定者を混乱させるばかりか、しばしば悪魔のように道を誤らせるものである。ジェイ・フォレスター博士は古典ともいえる論文で、「私たちは、社会システムの中で、介入しようとすれば失敗するようなポイントばかりに目を引かれる傾向がある」と述べている。

  1. 複雑なシステムは、たいていの介入や政策変更に抵抗するものである。それは、失敗に終わった多くの経営や政府の政策、開発政策を見れば明らかだ。

  1. 私たちが、複雑なシステムに惑わされたり抵抗されたりするのは、結果指向型のアプローチで問題解決をするよう教育されているからである。私たちは小さい頃から、結果には必ず原因があり、その原因もまた、さらに前の原因の結果であると教えられているのだ。よく使われている手法、特に統計などは、こうした欠陥のある、直線的な因果関係に基づく世界観を反映している。

システム・ダイナミクスから得られる洞察は、私たちが求めている、有望だがあまり開拓されていない政策提言への道を示してくれる。なぜ「あまり開拓されていない」のだろう? 安全性の分析や開発実務に携わる人々は多くの場合、経済学、社会学、政治科学といった分野に理論的指針を求めている。

これに対して、システムアナリストが目を向けているのは、生物学、情報科学、システム工学といった分野である。こうした分野の理論は、人体のような複雑な有機体や、宇宙ステーションのような複雑な技術、都市のような複雑な人間の組織について、説明するものである。政策介入とは、複数のフィードバック・ループを持ち、ループの優位性が色々なパターンで移り変わる複雑なシステムの長期的な行動を、効果的に動かそうとする試みなのだ。

このエッセイの冒頭で述べた天災や人災は、社会経済、環境、政治組織などの要素が絡み合って長年定着してきたシステムを揺るがすものととらえることができる。アナリストや関心の高い市民であれば、このような災害の後は、単純な対症療法的対策に陥るのではなく、過去の歴史やシステムを考察しつつバランスのとれた予防対策を練るのが良策だろう。

私たちは、20年間近くに及ぶ独自の研究で、南アジアの小国スリランカにおける紛争と発展とテロの間の重要なシステム上のつながりを詳しく検証している。それは、近著『仮邦題:汚された楽園』(Paradise Poisoned )の中にまとめられているが、この中には、アルカイダおよびアメリカの同時多発テロやイラク、アフガニスタン、カシミール、スーダンの各地で同時期に起こった危機の分析につながる教訓も豊富にある。

一例をあげると、この本は、若者の失業率の高さに関連する諸問題、さらに紛争防止と紛争後の安定化における治安維持の差し迫った重要性を強く訴えている。アメリカのイラク侵略後の政策は、どちらも無視したために悲劇的な結末をもたらし、状況はいまだに改善されていないのである。

災害と危機管理の分野でも、同様の研究を行うことは検討に値する。危機が発生する前および発生初期の短期的な対応が進んでいる間にシステムの構造を分析することは、政策決定者にとって得策といえるだろう。

問題を発生させているシステムの解決にとりかかる前に、先ずそのシステムを理解することだ。事態を悪化させるだけの非生産的な対応に走るのではなく、解決の鍵となる「レバレッジポイント」(訳注1)と「トリムタブ」(訳注2)を探し出すべきである。

21世紀に世界や地域社会が直面する複雑な問題に効果的に対処するため、私たちは、複雑な社会のシステムがどのように機能しているのか、もっと理解する必要がある。家庭や学校、会社、国家におけるリーダーとして、私たちは誰でも、「システム思考」の特訓コースを利用することができるのだ。


  • (訳注1)レバレッジポイント:てこ(レバレッジ)のように、小さな力で大きなシステムを動かせる効果的な介入ポイント
  • (訳注2)トリムタブ:巨大なタンカーなどの大型船舶についている仕掛け(トリムタブ)のように、小さな力で大きなシステムの向きを変えることが出来る効果的な介入ポイント

(このエッセイは、著者の一人のジョン・リチャードソンから、翻訳については、枝廣淳子から許可を受けて転載しています。日本語版のオリジナルは、2006年10月3日付の枝廣淳子の「環境メールニュース」に掲載されました。http://www.es-inc.jp/lib/archives/061005_080335.html)

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