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国際システム・ダイナミックス学会報告(4)「システム思考を必要とする世界規模のチャレンジ」

2009年12月29日

2009年7月にアメリカのアルバカーキ―市で開催されたシステム・ダイナミックス学会の報告をします。年末ともなると、その1年の出来事を振り返る機会が多くなりますが、今回は私たち文明の未来を左右するような、世界規模の大きなチャレンジを取り上げます。

今回の基調講演者の一人は、この分野でもベテランのコンサルタントでもあるアラン・グラハムでした。彼が掲げた演題は「システム・ダイナミックスの4つの壮大なチャレンジ」です。

この分野の創始者であるジェイ・フォレスターは後進の指導に当たり、「(複雑な問題についていえば)問題の規模の大小にかかわらず、その解決に必要とする努力はそれほど変わらないものである。ならば、より大きな問題の解決に努力を注ぐべきである」と常々話していました。アラン・グラハムは、システム思考の教育者や若手達がこれからの研究や実践のテーマとして掲げるのにふさわしい、システム思考だからこそ効果的に取り組める課題4つを掲げています。

テロ・紛争、統治と政治的安定性(政治腐敗の改革、経済改革を含む)
地球温暖化問題への効果的な対策(国レベル、国際レベルを含む)
グローバル経済の安定(金融危機と実質経済のチャレンジを含む)
中国の協調的な成長(貿易問題、環境問題、国内の政治安定化を含む)

これらの4つは、2000年代を通じて世界の大きな課題であり、2010年代もそう在り続けるでしょう。いずれも、数百万から十億人単位の人々の「生活の質」や生命そのものに関わり、その一方で、度重なる努力にもかかわらず、政策が必ずしも有効に機能してこなかった問題でもあります。

このような複雑な問題ゆえに、多様な専門家が分野を超えて協力してはじめて問題の性質が明らかになり、そうした多様な知見を政策に融合してはじめて有効な解決が可能となります。しかし、政治家達は、解決策は言うに及ばず、それらの問題の性質についても、明確なメッセージを出すことができずにいるようです。アラン・グラハムは、このような課題ほどシステム思考が有益な貢献ができる課題はないだろうと論じます。

もちろん、これほど大規模な問題は、少数のシステム思考家やリーダーによって解決できるものではありません。むしろ、さまざまな専門家が協力して、学術研究、フィールド調査、教育、啓発などを進め、政治家、実業家、市民活動家はもちろん、広く一般市民の理解と支援を得て解決にあたっていかなくてはなりません。

ここでは、これらの課題の全容を解説するのではなく、アラン・グラハムの発表の要旨から、どのようにシステム思考のアプローチが役立ちうるかの一端を、テロと政治腐敗を例として紹介しましょう。

2009年も、イラン、アフガニスタンをはじめ、アジア、アフリカの多くの地域でのテロや紛争の問題が新聞の見出しを賑わし、多くの命を奪い、巨額の資金投入が余儀なくされています。そして、さらに多くの地域で悪しき統治や政治腐敗によって、多数の人々が抑圧され、経済発展や生活の質向上の機会を奪われています。

しばしば先進国政府は、人道的・政治的・経済的理由などから、テロや紛争、政治腐敗への介入を図り、とりわけ反乱側によるテロや暴力行為によって治安が悪化すると、軍事介入を行うこともあります。しかし、結果としては、かえって泥沼状況に陥ることが多くあります。

確かに、「テロや暴力行為は悪いことだから、それを罰するべき」と考えるのは世界の社会規範に照らし合わせて自然のことです。しかしながら、世界の多くの(例外もありますが)テロ・紛争状況で、先進国政府による「法と秩序により(力によって)罪を罰する」メンタルモデルは、問題解決に役立っていないだけでなく、テロ撲滅やよき統治を築く努力の足かせになっているようです。歴史的に見れば、こういった力による介入こそが、かえって被抑圧者を増やし、テロなどの極端な行動へと追い込んでいるからです。

同じようなシステム構造をもつ、別の分野の例を使って分析してみましょう。タイのバンコクには観光客が多く訪れますが、多くの人は町にあふれる野良犬に目がとめます。バンコクの魅力でもある町のかしこにある大小さまざまな食堂では、食べ残しを野良犬に振る舞っています。栄養状態のよい犬は繁殖力も強くなります。

1980年代、バンコク政府はこの野良犬の一掃を図り、野良犬を大量に捕獲しては避妊手術を施す政策を打ち出しました。ところが、数多くの捕獲と避妊手術にもかかわらず、野良犬は一向に減りませんでした。なぜならば、野良犬の繁殖による自然増加を抑えても、大量の食べ残しとそれを振る舞う習慣が根強いバンコクは、野良犬には絶好の生息地であったために、周辺地域から多くの犬が移入し続けたからでした。

この事例の教訓は、「バンコク地域での野良犬の生息数を決めているのは、再生率ではなく、潜在的な環境条件である」ということです。「野良犬があふれている」症状に着目して対症療法を施しても、その根本原因への治療がなされなければ、その症状は起こり続けます。この事例では「施される食べ残しの発生量」こそが、野良犬の生息に必要な環境容量となって生息数を決めていました。野良犬の存在の根本原因である潜在的な環境システムを変えない限り、問題への有効な策は打てないことがわかります。

ウースター工科大学のカーリド・サイード教授らは、この症状ではなく、根本原因となる潜在的な環境条件に着目するアプローチは、犯罪組織の問題やテロの問題にも有用だと論じます。(彼らが注目しているのはシステムの構造であり、犯罪組織やテロ組織を野良犬になぞらえているわけではありません。)

たとえば、ギャングなどの犯罪組織一掃のためにリーダー殺害を図ると、組織は自分たちの安全を強化するための対策を行い、闘争はエスカレートして治安も悪化します。犯罪組織が栄える環境条件が整って、犯罪組織メンバーの増加につながり、リーダーが暗殺されても後継者が次々と育つことになります。

逆に、犯罪組織の環境インフラに着目するならば、コミュニティ開発を図って治安維持を進め、犯罪組織の資金源の減少を図る介入によって、新たな組織メンバーの増加は抑制され、やがて犯罪組織は無力化していきます。

さて、本題に戻って、テロや紛争の問題を考えましょう。先進国側指導者(及びその支持者)の「法と秩序」のメンタルモデルには、途上国でどのようにテロや暴力行為が生み出されるかについての理解が欠如していることがよくあります。しかし、効果的な解決を行うには、何がテロ行為や暴力行為を生み出す潜在的な環境条件となっているかの理解が欠かせません。

現地の内情に詳しい専門家達に拠れば、テロや軍事行動をとる反体制組織は、アルカイダなどイデオロギー的な組織を除いてほとんどの場合、もともと政府によって民族、宗教などの理由で差別された「悲しみ」に満ちたグループから起こっていることが指摘されます。政府にとっては、少数派を「仮想敵」としたり、少数勢力から経済的に搾取して得た利益を配分することが、政治的な支持基盤を固める近道となります。こうして、少数派弾圧の影には政府の政治腐敗の問題が存在することがしばしばです。

政治腐敗は構造的に多くの悪循環を作り、経済的にその維持を図るメカニズムを形成します。腐敗した政府は、資金を多く集め、その分配を通じて多くの支持(先進国の関係者を含みます)を集め、その政治力の基盤を強め、同時に腐敗を維持するための資金基盤を強化します。政治力によってメディア操作がうまくいくようになると、腐敗は表面に現れにくくなります。

先進国の多くの人の法と秩序のメンタルモデルでは、「政府が腐敗しているならば、それは法の執行によって矯正されるべき」と考えます。しかし、政府による撲滅宣言と法整備が繰り返しなされるにもかかわらず、未だ腐敗がはびこるのは、警察・司法などの法執行体制もまた腐敗していることが多いことを専門家は指摘します。資金力に拠って法執行組織へ支払を行うことで、執行組織は腐敗し、政治腐敗の根幹へメスが入ることはますます難しくなっていきます。

また、体制は大衆の支持を得るため、しばしば少数派を「いけにえ」として、その存在が大衆の生活を脅かすものと説き、大衆の支持基盤を作ります。その支持基盤に成り立つ政府には、さらに少数派の犠牲を迫る必要が生じます。

犠牲となった少数派は法的にも経済的にも不利な扱いを受けて、政府への抗議を強め、極端な場合、それが反乱へとつながります。その反乱は、更なるいけにえという格好の材料となって、メディアを通じて、さらに大衆は危機感を煽られ、政府体制支持へとつながります。迫害を受ける少数派の行動は、ますますエスカレートしていくことになります。

法と秩序の原則に従い、体制側や支援する先進国の軍隊が反体制組織リーダー殺害や組織一掃を図ると、かえって紛争に巻き込まれる一般市民の被害者が増加し、その被害者の家族たちの中から、体制への復讐を誓ってテロや抵抗組織へと加入するものが出てきます。政府による反体制勢力の抑圧は新たな「悲しみ」を拡大再生産し、その勢力を抑えるどころかむしろ強める原因となっています。

このように多重の「システムの抵抗」と「憎悪のエスカレート」の構造において、法執行強化のアプローチでは、なかなか成果が上がらないことがわかります。さらに、腐敗した政治家や官僚達はシステムの維持のためにさらに多額の資金支払が必要となって、腐敗がさらに強化します。

システム構造の理解を基にすれば、何が政治腐敗と少数民族の犠牲を減らす「実行可能な」行動となるかの分析が必要だとグラハムは言います。「実行可能」の意味には、政治腐敗の中にある政治家や官僚達の生命の危険を脅かさないことも含まれるでしょう。

このようなシステム的な分析(実際には定量分析が加わります)は、イラクで用いられたほか、多くの国際組織、非営利組織の提言の基盤となっています。また、現地事情に詳しい多くの専門家は、軍事活動の被害者家族救済や域内の経済発展を行うことによって、テロや反体制軍事組織へのメンバー加入のフローを抑え、時間と共に暴力的組織の弱体化が図れるといいます。

とはいいながらも、政治腐敗やテロに関する政策的な研究はまだ日が浅いため、目に見える成果はこれからとなることでしょう。

以上、アラン・グラハムの発表をもとに、ご紹介しました。グラハムも論じているとおり、今後のこういった複雑な問題の分野の政策決定には、多様な関係者のものの見方をふまえながら、構造の全体像を見える化して共有するシステム思考が貢献できるものと考えられます。

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