サステナビリティ

Sustainability

ドーナツ経済学

先進国で主流となっている新自由主義の経済学では、「成長」を是とし、目的化すらしてしまっている傾向にあります。確かに20世紀にいたるまでに、経済成長は社会の福利を高める貢献があったことは間違いありません。しかし、全体像を観るならば、成長が資源利用量を駆動し続けて大きな資源の浪費を生み出し、気候や生態系を大きく変動させて社会や経済活動の基盤を損ってきました。また、貧困や経済格差に対して、成長がそれを解消するとする「トリックルダウン」仮説は、中国やシンガポールなど少数の例外を除いては機能しておらず、グローバルには未だ貧困が多く存在し、経済格差はむしろ拡大しています。一方で、富裕層や中間所得層は収入が増えていても孤独や対立などの社会課題はむしろ増え、全体としての幸福度は高まっていません。経済成長は、問題を解決するどころか、全体としては問題を悪化させているようでもあります。

この成長の矛盾にどのように向き合えばよいのでしょうか? サイモン・クズネッツは、「成長の量と質、成長のコストとリターン、短期の成長と長期の成長」を明確にして考え、「さらなる成長を目指すのであれば、その「さらなる」の中身と目的をはっきりさせなくてはならない」と述べています。

この数十年間に成長の中身や目的を精査し、経済学の役割やアプローチを見直す動きが数多く打ち出されています。アマルティア・セン、ハーマン・ディリー、モハマド・ユヌス、マンフレッド・マックス=ニーフらがその先達です。その先達たちの意志を引き継ぎ、注目されているのがオックスフォード大学のケイト・ラワースです。彼女は、2011年、成長に変わる新しい経済の目指すべきイメージを「ドーナツ」に例えて図示しました。二十位世紀に若い経済学者の卵たちが学ぶべき新しい経済学の枠組みとして提唱する「ドーナツ経済学」です。

ドーナツ経済学の概念
「社会的な土台」と「環境的な上限」

ドーナツ経済学の概念の核心は、二つの同心円にあります。内側の輪は、「社会的な土台」と呼ばれる、人類の誰もが基本的に満たすべき条件であり、具体的には食料、教育、住居など十二の項目を列挙しています。この「社会的な土台」まで到達していないとき、人は「不足」を経験します。この不足を充足に変えることは、経済の重要な目的であることを再確認しています。

同心円の外側の輪は、「環境的な上限」と呼ばれる、気候や生態系などの地球システムが人類に快適な環境をもたらす安全域とその先の危険領域との境界を示しています。この境界を超過することは、過去繁栄を支えた安定が崩れる領域にあることを示します。具体的には、2009年、ヨハン・ロックストロームらが、気候システムや淡水サイクルなどの9つの基本プロセスについての境界を設定し、グローバル全体の人間の活動量を分析しました。

ドーナツ経済学がめざすのは、有益でも可能でもない「無限の成長」をではなく、「環境的な上限」を超過と「社会的な土台」の不足を回避し、二つの輪の間にある安全で公正な範囲を目指す、バランスの取れた繁栄を提示することです。

社会的な土台や環境上限に対して、今の人間の活動の結果、はどのようになっているでしょうか?

ドーナツ経済学

https://www.kateraworth.com/doughnut/の図を元に作成

濃い緑の2つの境界線に挟まれた黄緑のスペースが、ドーナツ経済学が目指す安全で公正な範囲です。そして、輪の内側にある赤は、社会的な土台の不足、外側にある赤は環境の上限の超過を示します。

過去、国づくりや開発分野で働く先人のおかげもあって、食料、水、仕事、教育などは後もう少しのところに近い付いている一方で、健康、平等、正義(政治腐敗)、政治への参加などには大きな不足があります。

一方で、気候変動、生物多様性の喪失、窒素及びリンの投与、土地変換の状態または変化のペースは、すでに安全域の境界を越えて、危険領域に入っています。

2008年リーマンショック後、世界の多くのビジネススクールは、自分たちが経営者に教えたことが経営や金融の暴走を招いたことを反省し、その存在意義と目的を問い直してカリキュラムの見直しを行いました。今、経済学においても、主流となる経済学が社会で起きている現実や、その状況を導いた世界観、メンタルモデルを見直すときにきているでしょう。経済学の最初の授業が「価格による需給バランス」や「無限の成長」のイメージに変えて、経済の目的や取り組むべき課題を内在するドーナツのイメージに変えて学んだのならば、社会の真のニーズに応える経済学者や経営者の輩出につながるのではないでしょうか。

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