システム思考

Systems Thinking

社会編

アメリカ医療制度問題(2)

前回紹介した、アメリカ医療制度問題における悪循環についてを描いたループ図に、施策を加えて見ましょう。このように、ループ図に施策を加えていくことを、「施策分析(ポリシー・アナリシス)」と呼びます。

>アメリカの医療制度問題に関するシミュレーションの紹介はこちら

>第1回のループ図はこちら


1)診療報酬見直し
医療費抑制への要請から、診療報酬の引き下げがしばしば議論されます。単価の引き下げは、短期的には効果がありますが、概して医療サービスの質の低下につながり、患者は上質の医療サービスを享受しにくくなります。その結果、死亡率・疾病率は悪化して長期的には医療費を押し上げる要因になります。

また、診療報酬の引き下げは、医療機関の収益に直接影響を与え、プライマリーケアの供給者(クリニックなど)の売上・利益は下がり、診療を継続できなくなる場合も出てきます。また、利益見込みが少ないため、新規に参入するクリニックも減るでしょう。(供給者数が減ると、利益は回復するバランス型ループを作ります。)こうして、プライマリーケアの供給者は減少し、患者へのケアの充足度は低下します。

このことは、2つの経路で医療費を増大させます。まず、医療サービスへのアクセスを低下させ、上質の医療サービスを享受できないことから死亡率・疾病率を悪化させます。さらに、プライマリーケアを受けられない患者は、非緊急の症状で救急病棟を利用したり、あるいは病状が悪化して専門医の治療を必要としたりするために、よりコストのかかる専門医・病院の利用が増えて、医療費は増加します。

逆にもし診療報酬を引き上げると、上記と同じ経路から短期的には医療費が増加しますが、長期的には医療費抑制につながることが示唆されます。

2)紹介システム義務化
専門医や病院の利用を抑えるために、クリニックの医師からの紹介がなければ病院を利用できなくなる紹介システムの義務化が検討されています。しかし、病院へと行けないことのしわ寄せが、プライマリーケアにかかり、その充足度が下がります。そうすると、医療アクセス悪化の経路で、医療費は増え、不公平も増します。加えて、専門医や病院利用のそもそもの原因は、プライマリーケアの充足度が足りないことにあるので、義務化の効果は長期的には消えていくことでしょう。

3)被保険者の自己負担割合
被保険者の自己負担割合を増やすことは、プライマリーケアの需要を減らすので、充足度は上がります。そのことが医療サービスへのアクセスは高める効果もありますが、より直接的には、自己負担割合増加によって制限される需要は主として貧困層であり、アクセスはむしろ悪化します。

逆に自己負担割合を減らすと、直ちに貧困層のアクセスを改善する一方で、プライマリーケアの充足度を圧迫して、アクセスそのものが制限されます。疾病や障害の減少の効果が現れるまでの期間の対策がなければ機能しません。

4)医療サービスの質の向上
医療のベストプラクティスをクリニックや病院に展開することで、医療サービスの質を高めることができます。それによって、上質の医療サービスを享受できる人の数は増え、死亡率や疾病率も下がるので、長期には医療費を抑えることもできます。

しかし、質の向上は診療時間の増加にもつながり、プライマリーケア供給者の充足度が下がります。アクセスの悪化によって、上質の医療サービスを享受できる人の増加は一部打ち消されることになります。加えて、専門医や病院利用の増加します。短期には医療費はむしろ増加することでしょう。

5)医療保険加入者拡大
アメリカでは富裕・中間層の13%、貧困層の24%が保険に入っていません。これらの人たちが医療保険に加入することで、医療サービスへのアクセスは改善します。長期的には、上質の医療サービスを多くの人が享受できることで、死亡率・疾病率も下がり、医療費は下がります。

しかし、当初は十分なプライマリーケア供給者がいないために、充足度が下がり医療費は増加します。また、医療費が肥大している状況そのものが、医療保険加入者拡大の足かせにもなっています。加入者増=>アクセスの改善=>結果改善=>医療費抑制=>加入者増の好循環は、多くの人の直感に反するだけでなく、プライマリーケアの供給不足がその実現を難しくしています。


1)から5)までの施策は、目的に対してプラスの効果とマイナスの効果が並存しています。また、短期的な成果を目指すと長期には打ち消され、長期的な成果を目指すと短期的にはむしろ悪化するケースが多く見られます。どの手法も単独では効果を出しにくく、組み合わせが必要であることがわかります。

とりわけ、多くの問題がプライマリーケアの充足度につながっていることから、プライマリーケアの供給を増やす施策を組み合わせることで、充足度が短期的に悪化する施策も行うことが可能になります(緩やかな意味のレバレッジ・ポイントといえるでしょう)。

6)プライマリーケアの効率
クリニックでの診療に関して、ベストプラクティスを展開することで効率よく患者の診療にあたれるので、プライマリーケアのキャパシティを増やし、コストを抑えてクリニックの利益を上げます。利益が出れば、供給者数も増えるので、全体のキャパシティはさらに増えることになります。

7)保険の複雑性
公私共存する複雑な保険システムは、クリニックや病院にとっての大きなコスト増加要因です。もし、保険制度を標準化するか、あるいは保険者を単一にすることができれば、医療システム内の事務コストを抑えることで医療費を下げ、また、プライマリーケア供給者の利益を上げることで、供給者を増加させることができます。

8)プライマリーケアの訓練・開業支援プログラム
クリニック開業(特に貧困層向け)を目指す医学生への奨学金プログラムやクリニックへの就職・開業支援を行うことで、プライマリーケアの供給者を増やすことができます。ただし、学生が独立開業するまで、平均10年程度の長期の取り組みとなります。

以上の施策を加えたループ図はこちらになります。

ループ図 見る

さて、あなたなら、1)から8)の施策をどのように組み合わせるでしょうか? 当然、投資できる費用には限りがありますので、全部を行うことはできません。

また、ここでの施策分析は、主として疾病・障害になった後の、「川下対策」ばかりです。どのような「川上対策」が可能ででしょうか? 

つづく:アメリカ医療制度問題(3)

※このループ図は、米疾病管理センター(CDC)のボビー・ミルスタイン氏らによる論文「The "HealthBound" Policy Simulation Game: An Adventure in US Health Reform」を元に作成しています。

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