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システム・ダイナミクスとは?
ローマクラブは1970年代初頭、私たちの経済活動と地球環境が将来どのようなシナリオをとりうるかについて、マサチューセッツ工科大学(MIT)の若い研究者グループに研究を委託しました。スーパー・コンピューターでシミュレーションを行ったその結果は、1972年に『成長の限界』という書籍で発表され、「21世紀中には人口と経済の成長が地球の限界を超えるため、ただちに手を打って崩壊を回避しなくてはならない」というその衝撃的な内容は世界中で大変な反響を呼びました。このときのコンピューター・シミュレーションに用いられたのが「システム・ダイナミクス」という手法です。
システム・ダイナミクスは、経済や社会、自然環境などの複雑なフィードバックをもつシステムを解析し、望ましい変化を創り出すための方法論です。フィードバックとは、XからYへといった因果関係がめぐりめぐってもとのXに影響を与えることをいいます。生物や物理などの自然科学の分野はもちろん、経済、社会などの社会科学の分野にも広く見られる構造です。
例えば経済では、価格が変化すると供給や需要の量も変化し、量の変化が今度は価格に影響を与えるというフィードバックが存在します。また、子育てでも子供の行動に対する親の反応のしかたがその後の子供の行動に影響を与えるフィードバック構造があります。家庭でも、職場でも、市場でも、国際社会でも、多くの要素がつながりを持つシステムではほぼすべての場合にフィードバック構造が介在しています。
システム・ダイナミクスは、物事をシステムとしての全体像でとらえ、要素間のフィードバック構造をモデル化し、問題の原因解析や解決策を探るためにシミュレーションを行うことで、実社会に存在するさまざまな問題の効果的な解決を図るアプローチです。
システム思考とシステム・ダイナミクスの違い
では、前回「物事をシステムとしての全体像でとらえ、要素間の相互作用に着目するアプローチ」と紹介したシステム思考と、システム・ダイナミクスとは何が違うのでしょうか?
簡単にいうと、システム・ダイナミクスのうちコンピューターを使用する複雑な数学の部分を省いた手法がシステム思考です。システム思考では、もっとも基礎となるプロセスのみを活用しますが、システム・ダイナミクスでは、問題の構造を正しく把握しているか、検討する解決策がどのような成果を出しうるかなどを確認するために、コンピューター・モデリングを用います。
これは多くの変数間の複雑な相互作用による結果を「計算する」ことは複雑すぎて、普通の人間の能力を超えてしまうためです。冒頭紹介した『成長の限界』で使われているシミュレーションの「ワールド3モデル」はその一例です。人口、経済、食料、技術、環境などの要因の相互作用について、気が遠くなるほど計算を繰り返して将来のシナリオが描かれているのです。
システム思考の役割
コンピューターを使ってのモデリングをおこなわないシステム思考では、正確な意味でのシミュレーションはできませんが、社会における問題の構造の理解や解決策の指針を与えるという意味では、十分に大きな役割を果たすことができます。数字やシミュレーションがなくても、フィードバック構造の型やその組み合わせがわかれば、一般的な解決へのアプローチに共通するものがわかるからです。
例えば、家族や友達と口論になるとき、企業同士で過度の価格競争に陥るとき、あるいは国家間の軍拡競争が起こるときにも、実は同じフィードバック構造が働いています。このような構造のパターンが認識できるようになれば、その構造を変えようとするときに概念的には共通するアプローチを用いることができます。
子供から大人まで、だれにでも使えるシステム思考
また、システム思考ならではのメリットもあります。システム・ダイナミクスを使いこなすには数学モデルの構築やコンピューター・ソフトウェアの習熟が必要であり、誰にでも使えるというわけにはいきません。しかし、システム思考なら、子供から大人までだれでもその考え方や手法を習得することができます。米国などでは実際に子ども向けにシステム思考を教える授業をおこなっている教師がたくさんいます。
組織や社会のなかで起こっている問題には、さまざまな人が関わっています。分野や背景の異なる人々といっしょに問題を理解し、解決していくには、システム思考のシンプルでわかりやすいツールがとても役に立ちます。
このコラムでは、システム・ダイナミクスの理論に基づきながら、誰にでも普通に使いこなせるツールとしてのシステム思考を紹介していきます。次回は、システム思考をよりよく理解するために、その歴史をひもといてみましょう。