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システム思考入門(6) 「システム思考の特徴とメリット(2)」

2006年01月05日

共通理解を深めるコミュニケーション・ツールとして有用

前回は、社会や組織などの複雑なシステムの中で生きる私たちがシステム思考を学ぶメリットのひとつとして、状況や問題を大局的に把握できることを挙げ、事例を紹介しました。システム思考を学ぶメリットはほかにも数多くあります。今回はメリットのひとつであるコミュニケーションの側面を見てみましょう。

システム思考は、立場や役割の異なるさまざまな関係者に対して、新たな共通言語を提供してくれます。私たちがふだん使っている言葉は、複雑に絡み合うシステムを描写するのには向いていません。

しかし、システム思考では、シンプルなグラフやチャートをツールとして活用します。これらのツールは、メモ帳や白板などに簡単に書くことができ、また誰にでも視覚的にわかりやすいのが特徴です。

こういったコミュニケーション・ツールを用いることによって、問題の原因やつながりを組織内外の人たちにわかりやすく伝えることができます。システム思考を用いたディスカションやファシリテーションによって、部門や組織内外の共通理解を深めることができるのです。

マネジメントと作業員、コミュニケーションを促進した結果のコスト削減総額は・・!

ジョン・スターマンは著書の中で、システム思考がコミュニケーションに活かされた事例を紹介しています。化学メーカー大手のデュポン社は、1990年代初頭、工場の設備メンテナンスに関する問題を抱えていました。化学業界のベスト・プラクティスに比べ、デュポンの工場では生産高あたりのメンテナンス・コストが10-30%高いにもかかわらず、設備の稼働時間比率は10-15%も低かったのです。

多くのマネジャーは競争や経済などの外部に原因があると考えました。しかし、アメリカのある地域の責任者は、「システム内部にも問題があるのではないだろうか? システム内部の問題であれば、変えることができる!」と考え、システム思考の専門家に問題の診断と処方を依頼しました。

システム思考の専門家は、工場のマネジャーや現場の社員たちとともに何度もワークショップを行いながら、工場でのメンテナンスがどのような前提や思考のもとに行われているか、そしてその思考がどのような結果につながっているかを話し合いました。

その結果、問題の根幹が明らかになってきました。整備作業員が、生産ラインで稼動している設備の故障という差し迫った問題の火消しに追われ、定期的な予防保守に時間をかけられない状況になっていたのです。いわば、「応急処置に追われ、根治に着手できない」という状況です。

よくある問題ではありますが、だからといって簡単に解決できる問題ではありませんでした。みな「予防保守が大事」とよくわかっているにもかかわらず、実施できていなかったのです。しかし、ここでシステム思考を使ったコミュニケーションが大いに役に立ちます。

システム思考のツールを用いることによって、「整備作業員はなぜ予防保守に時間をかけられないか」に、実は数多くの要因が絡んでいることが明らかになってきました。競争環境などからくるコスト削減のプレッシャーによって、部品や設備のデザインや質が低下し、整備作業の質や生産性も低下し、それによってさらに故障が増えます。そうすると、予防保守にかけられる時間が減ってしまいます。

予防保守が行われないため、故障率が高くなって設備稼働率が低下し、納期遅れによって売上が減少するため、利益を確保しようとしてメンテナンス予算を削減することがさらにコスト削減のプレッシャーに拍車をかけます。そして二十年余にも及ぶ強いコスト削減プレッシャーとの悪循環の結果、「設備が故障したときにいち早く直すことこそが整備の重要な仕事だ」という、故障に対して受身の組織風土が根付いていたのです。

システム思考の専門家の助けを借りながら問題の全体像を把握したマネジメントと整備作業員は、新しい予防保守のプログラムに着手しました。その鍵は、マネジメントおよび現場の「コスト削減」を大前提とする考え方からどうやって脱却するか、にありました。特に、設備修理の仕事はすぐにはなくならないため、予防保守に力を入れると、しばらくの間は稼働率が下がり、コストも上昇してしまいます。だからといって、そこでプログラムをやめてしまっては、長期的には成果が出ません。

プログラムの実施に当たっては、実際に各工場でかかわる人たちが、問題を起こすシステム構造を認識し、これまでどおりの施策を続ける場合と予防保全に力点を置く場合で、どのように違いが生じるかを理解することが重要な鍵を握っていました。

そこで、そういった学びを促すために、ロール・プレイによるシミュレーション・ゲームを開発して、計1200人を対象に2日間に及ぶワークショップを実施しました。これは、組織の学習能力を高めるツールとしてもシステム思考が活用されている好例です。

デュポン全社の中で、システム思考による改善プログラムを取り入れた工場は目覚しい成果をあげました。当初数ヶ月は予測どおりコストが上昇しましたが、その後は、あらゆる指標が改善に向かいます。導入工場の主要な装置の信頼性は飛躍的に高まり、ほかの同規模の工場のメンテナンス・コストが平均で7%上がったのに対し、導入工場のコストを平均で20%削減したのです。システム思考による改善プログラムを導入した工場でのコスト削減総額は、年間で400億円以上になりました。

関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進

システム思考では、問題の原因はシステムの構造にあると考え、けっして「誰か」を責めません。構造が変わらなければ、誰がその立場にいても、どのような介入をおこなっても、また同じ問題が起こると考えます。この「人を責めず、問題の構造に迫る」考え方が、関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進してくれるのです。

このように、システム思考はコミュニケーション・ツールとしても大いに役立ちます。「同床異夢」といわれるように、私たちは、同じ言葉で話していても違った前提をもっていることがよくありますが、システム思考という共通言語によって、それぞれの人の現状把握や解決策に関する考え方の違いを明らかにし、相互理解を深めることができます。

このプロセスは、多様性を最大限に活用して組織の創造性を高めるうえで重要な役割を果たします。システム思考は、部門内外、マネジメントチームあるいは組織外のステークホルダーとのコミュニケーションなどでも大きな威力を発揮するのです。

(事例参考:John Sterman "Business Dynamics--Systems Thinking and Modeling for a Complex World")

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