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『システム思考とダイナミクス・モデリング会議2006』に参加して(3)   会話から未来をつむぐ「ワールド・カフェ」

2006年08月03日

6月にボストン郊外で行われた「システム思考とダイナミクス・モデリング会議2006」参加報告の続報です。

3日間に及ぶこの会議の最終日には、『最強組織の法則』の著者として知られるピーター・センゲ氏のファシリテーションのもと、「ワールド・カフェ」セッションが行われました。このセッションは、「会話」のもつパワーを使って、知識を共有し、自分たちの未来を形づくっていくためにデザインされた、新しいスタイルのプロセスです。

私たちは、組織の中で数多くの会議やディスカッションを行います。しかし、本当に役立つような新しいアイディアや知識とエネルギーに満ちて終わる会議はどれくらいあるでしょうか? 残念ながら多くの会議は時間の無駄に終わることが多いと感じていないでしょうか?

私たちは、発言を通じて会議に参加し、貢献をしようと努めます。しかし、多くの会議では、本質的な問題は話し合われないまま、ボスのスピーチやそれぞれの意見表明に終わったり、議論が堂々巡りするだけで、組織としての力がなかなか発揮されません。実際に、よいアイディアは会議室では生まれず、えてして給湯室や廊下の立ち話など、何気ない「会話」から生じることが多いのです。

「ワールド・カフェ」は、まさにこの「会話」に焦点を当てたプロセスです。企業やコミュニティなどの大勢のメンバーで構成されるグループを対象に、複数の少人数グループの「会話」を核に進められていきます。この「会話」が「本当に大事なこと」を焦点にして進むとき、グループ内のお互いの関係を強め、知識を共有し、新しいアイディア、イノベーションを生み出していきます。そして何よりも、参加者全員が、「本当に大事なこと」のために、自分たちの未来をいかに形づくっていくかをともに考え、実行するためのプロセスとなるのです。

一見シンプルですが、とてもパワフルな成果を生み出すこの「ワールド・カフェ」は、実は認知行動科学やシステム思考の研究の粋を集めたものです。1995年に始まって以来、世界6大陸の数万人の人たちの間で行われています。ヒューレット・パッカードなどの主要企業でも、企業の戦略プラニング、未来のシナリオ・プラニング、ナレッジ・マネジメント、マルチステークホルダー・ダイアログなどのさまざまな場面で活用され、注目を集めています。

さて、ではこのワールド・カフェはどのように運営されるのでしょうか? 私たちの参加したセッションでは、150人の参加者がひとつの部屋に集まりました。会場には4人程度がかけられる丸テーブルが並べられ、その上には紙のテーブル・クロス(模造紙)とペンが置かれ、自由に落書きができるようになっています。参加者は、ドーナッツやコーヒーを片手に、好きなテーブルに腰掛けます。

こうして、リラックスした会話が始まります。場が馴染んだころ、各自が「5分間プラニング」で、ビジョンと3カ年計画、課題(チャレンジ)と自分にすでにあって使えるもの(リソース)について考えます。その成果を各テーブルで共有し、意見交換をしていきます。20-30分毎に席替えをして、各テーブルのホスト役が前のグループの討論の主要ポイントを説明し、新たなメンバーとともにさらに新しい視点を繰り広げていきます。

このプロセスを繰り返した後、最後には全テーブルを巻き込んだ会話が広がっていきます。多様なアイディアが飛び交いながら、センゲ氏のファシリテーションのもと、共通認識が促され、新たな、より研ぎ澄まされたビジョンが育まれていきます。

このセッションでは、紙に書かれた計画などのアウトプットをあえて求めることはしませんでした。自由な意見交換でつみあげられたアイディアは、それぞれの参加者に内在化されるからです。全米中、世界中から集まった参加者が、めいめいの5分間プランと、それに付け足されたさまざまなアイディアを持ち帰るのでした。私たちも、システム思考を広く社会や組織に根づかせ、真の変化を起こしていくための戦略に新たなアイディアを吹き込んでもらうことができました。
 
セッション開始前の導入でセンゲ氏が特に強調したのは、「内省型コミュニケーション」――自分の思考の前提となるフレームワーク(メンタル・モデル)を一時的に脇に置いて、話す人の意見をその前提とともに受け入れて聴く技術です。日本の「傾聴」にも近いですが、話し手のメンタル・モデルを意識して聴くことによって、自らのメンタル・モデルを広げ、そして、グループとしてより広い視野の、新しいメンタル・モデルを構築することに焦点があてられます。

相手の話をよく聴き、相手の話を礎に自分のアイディアを積み重ねる、対立的ではなく協調的な、批判的ではなく建設的な対話が積み重ねられていきます。

センゲ氏は、「内省型コミュニケーション」と「システム思考」は一心同体、あざなえる縄のようなものと表現していました。ワールド・カフェにしても、あるいは日常の職場の中であっても、この「会話」が、私たちの周囲のシステムの理解を促し、このシステムの新しい理解が変化と新しい未来を形づくっていくからです。

「システム思考」と「内省型コミュニケーション」に「志」(共有ビジョン)を加えると、「学習する組織」を組み立てる3つの大きな柱となります。これからの新しい経済の中で成功をおさめるリーダーシップは今までのようなトップが目標とコントロールによって支配するタイプではなくなっていくでしょう。

これから求められるリーダーシップとは、共有ビジョンのもとで、メンバーが複雑なビジネス環境を理解しながら、組織の共通理解を促し、持てる知識や経験を共有しながら、自分たちの未来をともに考え、創造していくためのプロセスづくりにほかなりません。「ワールド・カフェ」は、そんな新しい組織のプロトタイプを提供していると感じました。

(つづく)

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ボストン郊外で行われた「ワールド・カフェ」では、あらためて「会話のパワー」をまざまざと感じました。

歴史的に見ても、新たなアイディア、技術やビジネスが生まれ、広がっていく、その最初にあるのは常に会話でした。会話が私たちの組織や社会を形づくってきたといっても過言ではないでしょう。生き生きとした企業やコミュニティには、常に意味のある会話があふれています。

私たち日本人には「不言実行」を尊ぶ向きもありますが、組織の中で会話がなければ、ビジョンを共有したり、知識を高めあっていくこともできません。一方で、ビジネススクールで教わるようフォーマルな戦略プレゼンテーションや企画書も、それだけでは成果を生み出すものではありません。

私たちとって本当に大事なことは何か? それを一緒に話し合えること、そして話したことをみなで実行していくことこそが重要なのです。

私たちも、企業やコミュニティでのビジョンづくり、ステークホルダーダイアログなどのお手伝いをしていますが、対話を引き出すためにいろいろな工夫をしています。今回の「ワールド・カフェ」に参加して、その大事なポイントを再確認し、新しいやり方のヒントになるアイディアがたくさん生まれました。早速、そのアイディアを実行に移していきます。

そして、その成果も、メルマガを通じて、みなさんに紹介していきます。どうぞお楽しみに!


                        チェンジ・エージェント
                         小田理一郎・枝廣淳子

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