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システム思考入門(20) 「システム思考の実践(3)政府・コミュニティのレベル」


システム思考とその組織への応用である「学習する組織」は、企業にとどまらず、政府機関や教育機関、コミュニティなどでも広く導入されています。

欧米の政策決定ではこれまで「論理的思考」が重視されてきました。論理的思考は、一見きわめて合理的な手法です。しかし、論理的思考で考えられた解決策は、簡単な問題においては一定の効果を挙げてきたものの、複数の関係者が関与する複雑な課題に関しては失敗に終わる、または目指した効果が上がっていない例も多くあります。

たとえば、世界中の都市で道路渋滞を緩和するための道路建設が行われていますが、道路渋滞はむしろ悪化している場所が増えています。治安をよくするために、警察官の数を増やしたり、凶悪な犯罪者を収監するための刑務所を増やしたりする対策を行っても、犯罪者は減るどころか増える一方です。政治の不公正をなくすことを目的に、政治献金の上限を設け、かつその上限額を下げても、政治の腐敗はなくなりません。

そのような数多くの失敗の反省から、システム思考を導入し、全体を俯瞰して統合的にアプローチや、多様な人々の参画から新しい発想を導く共創型ダイアログなどのアプローチをとりはじめている意思決定者も出てきています。たとえばオーストラリアでは、今後のすべての公的な政策についてシステム思考を採り入れる方針を打ち立てているところだといいます。

教育機関も、積極的にシステム思考を採り入れています。欧米では「学習する学校」といった組織改革プログラムを地域や学校の単位で進めている地域が増えています。教育改革はどこの国でも重要な課題となっている中で、校長先生や教育委員のメンバーは、システム思考を基盤とした新しいリーダーシップのあり方の模索をしているのです。

また、子どもたちへの教育カリキュラムにシステム思考を組み込む取り組みも広がっています。子どもたちは、生まれもってシステム思考を持っているといわれます。つながりを見る力、ありのままに聴く純真な心、なんでも不思議に思う好奇心、周りの人たちと一緒にいることを楽しむ姿勢。子どものころは多かれ少なかれ、みなもっていたのではないでしょうか? そんな子どもたちに私たち大人は、ものごとの全体像やつながりではなく、断片だけを見たり、相手の肩書きや立場で偏見を持って聴いたり、安易に答えを求めたり、ほかの人にむやみに反対したり無関心を装ったりする習慣を教えていないでしょうか?

子どもたちへのシステム思考教育の重要性を認識し、小学生から高校生を対象とした教育者とシステム思考の実践家たちは、互いの知識や経験を共有し、よりよい教育を実現するために、クリエイティブ・ラーニング・エクスチェンジ(CLE)というネットワークを作りました。CLEでは、知識を磨き、経験を共有するための2年に一度の会議を開催し、システム思考教育のさまざまな情報を満載したニュースレターを発行し、ウェブサイトを運営しています。

最後に、システム思考による学習する組織を導入した公的組織の事例として、シンガポール警察の取り組みをご紹介しましょう。昨今、警察では、新しい薬物、不法移民、新種の犯罪やテロなどが次々と起こり、とても複雑で不確実性に満ちた課題を多く抱えています。これらの問題に対応するためには、学習の根付いた風土でのナレッジ・マネジメントが鍵を握っています。

しかし、かつてのシンガポール警察といえば、「退屈で、つまらない」仕事と見られ、いわゆる「ナレッジ・ワーカー」の職場といえるものではありませんでした。業務標準に厳格に従わなくてはならず、またルールから離れる必要がある場合には、上司との頻繁な相談や決済が必要でした。これでは、変化し続ける犯罪現場で、迅速に対応して問題解決をすることはむりといえましょう。

シンガポールでは、国家自体が「学習する国家」を目指していました。そこで1997年、警察組織は率先して学習する組織への変革に着手します。まず、警察官の職務範囲に、「コミュニティとの協働」を加えました。各コミュニティの住民たちが自ら治安上の課題を発見し、解決をはかる取り組みを支援することが義務付けられたのです。中央で決められた方針を実行するのに比べ、それぞれのコミュニティの課題について自分たち自身が考える必要がありますから、今まで以上に知識の活用が重要になります。

知識の活用の必要に迫られた警察官たちは、システム思考を使った共創型ダイアログや問題解決の手法を取り入れるとともに、大きな問題解決のために、関係者たちのネットワーク作りを始めました。

警察組織内では、「共に考える」技術を使ってチーム学習を進め、あらゆる階層でのリーダーシップ強化と組織理念の共有を図りました。共有ビジョンに整合する意思決定と行動を現場の一人ひとりの警察官ができるようになって、より現場での裁量的な判断が重視されるようになっていきました。

それぞれの警察官の経験を共有するために「物語」が語られ、行動の後に行う「振り返り」が日常の習慣となりました。問題が発生してから対処するのではなく、その源流にさかのぼって問題解決する習慣も根付いています。業務標準は、仕事の仕方を細かく指示するものではなく、おおまかな原則を示すものに書き換えられ、ベストプラクティスを踏まえた現場の裁量で行動しやすくしました。

これらの学習する組織プログラムの成果は目覚しいものでした。シンガポール警察のトップは、「学習する組織を導入して、組織内に信頼、協働、そして互いに尊敬する心が根付いた」といいます。

犯罪発生率は導入前の3分の2のレベルの十万人あたり800件まで下がりました。これは、世界では比較的安全といわれる日本の3分の1にあたります。日本での検挙率は減少傾向にあって25%を割り込んでいますが、シンガポールでは10年前の32%からほぼ倍増し、60%まで上昇しました。まさに、組織学習のたゆまぬ実践がいかに組織風土を改革し、成果につながるかという好例です。

営利組織であれ、非営利組織であれ、組織は、その存在理由たる使命の達成のために、常に学習することが必要である点に変わりありません。システム思考は、組織とそのメンバーが、常に学習しながら、しなやかに進化し続けるための、ものの見方と考え方、そしてコミュニケーションの手段を提供しているのです。



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