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システム思考入門(21) 「システム思考の実践(4)経済・文明社会のレベル」

2007年05月22日

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(photo by Nicolas de Camaret on flicker)

つながりあるものを、全体として捉える枠組みを提供するシステム思考

システム思考は、つながりを通じてものごとを大きく見る思考です。今日の文明社会に生きる人類を取り巻く地球規模の問題・課題は、まさにこのシステム思考の視点が必要であり、また多くの実践がなされている分野でもあります。

経済、社会、自然環境はそれぞれがシステムです。それらのシステムは独立して存在しているのではなく、互いに影響しあって、私たちの日々の生活、文明の維持発展を可能にしています。それぞれの人の興味によって、関心はひとつの分野に集まりがちですが、これらのシステムの相互関係の全体像の把握はシステムの全体最適化の重要な出発点となります。

元世界銀行のエコノミスト、ハーマン・デイリーは、「デイリーのピラミッド」といわれるシステム像を提示しています。すなわち、生態系システムを基盤として、その上で社会システムが成りたち、その社会の中で売り手が買い手とが経済システムを構築して、これらのシステムがあいまって人々の幸福を高めるというモデルです。経済だけで幸せが成り立つわけではなく、また、社会や環境をとってもしかりです。デイリーのピラミッドは、このように環境、社会、経済、幸福というお互いにつながりのあるものを個別ではなく全体としてとらえる枠組みを提供しており、システム思考のひとつの例です。

同じように、人類の幸福を考えるために、ジョン・エルキントンの「トリプル・ボトムライン」、ノーベル賞受賞の経済学者ケネス・アロウらの「包含的な富」、ブータンの「GNH(Gross National Happiness)」などのさまざまな考え方が提起されていますが、これらも、視野を広く持ち、個別最適化ではなく、全体の最適化を考えるための枠組みとなっています。

システムの状態の全体像

システム全体の最適化を阻むのは、ある一部のシステムの利益の極大化を図る部分最適化にほかなりません。この問題をわかりやすく説明したのが、ドネラ・メドウズの「地球が100人の村だったら」です。「地球がもし100人の村だったら、白人が○○人、、、」と始まるこのエッセイは、民族、宗教、経済、教育などのさまざまな要素の比率を示して、システムの状態の全体像を教えてくれます。

「地球が100人の村だったら」でわかるように、世界には貧富の差は歴然としてあり、その解消のためにさまざまな努力がなされているにもかかわらず、その差は縮まるどころか拡大しています。

システム思考の原型に、「強者はますます強く」があります。トランプの「大貧民」というゲームで毎回新しいゲームで最下位の人が一番強いカードをトップの人に渡さないといけないというルールがありますが、現実社会にも見られる「強いものにはますます有利になるように資源が集中し、弱いものは資源が奪われてますます不利になる」という構造を示す原型です。この構造は、私たちの経済や社会のいたるところに見られます。今日、日本も格差社会といわれはじめていますが、深刻な南北問題、債務問題、世界の貧困問題も、このシステムの構造から起こっていると考えられています。

このような状況が続くと、革命が起こらない限り問題はますます悪化し、多くの人々が幸せにはなれません。一方で、単に強者が弱者に施しを与えても、構造的な変化にはつながらないでしょう。

長期に反映し続けるシステムづくり:イースター島の事例

経済的・社会的に弱い立場にいる人に対しては、より多くのチャンスを与える環境づくりと、外からではなく、内からの「変わりたい」という希望と勇気が湧いてくるための支援や応援が重要です。日本でもJICAはさまざまなNGOなどが国際協力を進めていますが、「魚」を与えるのではなく、「釣竿」を与えることで自立的に発展するような開発を目指しています。このような方向での働きかけが、「強者はますます強くなる」構造自体の変化につながることが期待されています。

文明を考える上でも、システム思考のアプローチや概念が役立ちます。文明をひとつのシステムとしてみた場合、文明がどれだけ長期にわたって繁栄できるかということも多くの科学者の興味の対象になっています。近年、ジャレド・ダイアモンドは「文明崩壊」という本の中で、イースター島、マヤなど、過去に栄えた多くの文明がどのように崩壊していったかについてのシステム的な考察をしています。文明の終焉には、大災害や外部からの征服など、外的な要因を思い浮かべがちですが、実のところ多くの文明は内的な要因、つまり自らの行動が自滅を招いているという分析です。

たとえば、モアイ像で有名なイースター島は、かつて森林に囲まれた緑豊かな島でした。しかし、人口の増加に伴い、森の木をどんどんと切るようになりました。村の住宅や燃料、海での船に使われるために伐採された木の成分が、森に返ることはありませんでした。長年にわたる伐採を続けるうちに、土壌から窒素成分がなくなってしまい、もはや新しい木が育たなくなったのです。木がなければ船を作ることもできず、十分な魚を採ることもできません。食糧のなくなった島は、崩壊という最期を迎えます。

システム思考では、システムの復元力を示す「レジリエンス」(しなやかな強さ)が重要であると考えます。イースター島では、森林伐採という自然破壊が直接の原因にも見えますが、崩壊に至った最大の理由は、島の土壌から窒素成分がなくなったことにより、森林が再生できなかったという点にありました。森の木と違い、土壌の窒素成分というのは一見してすぐにはわかりません。しかし、長い年月を経て確実に減少し、システムの復元力を弱めていったのです。この例からも、目に見えにくい要素が、システムの生き残りを左右することがよくわかります。

今の文明社会を、子孫の代まで末永く繁栄させることができるかどうか――それは私たちが目に見えにくいものやつながりも心を配り、社会経済システムをどのようにデザインするかにかかっているといっても過言ではないのです。

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