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「学習する学校」レポートより:「学習する組織」のアプローチ

2010年03月26日

(昨年11月、クマヒラセキュリティ財団の依頼を受けて、「初等・中等教育における『学習する組織』の実践について」と題する学習する学校のレポートを作成しました。財団の許可を得て、レポートからその一部をご紹介します。)

過去100年ほどにわたって、科学観は「システム革命」ともいえる大きな転換を迎えている。工学でのフィードバック理論に端を発し、物理学の量子力学や生物学の分野で発展して、現在では認知行動科学や社会科学にも浸透している。この科学観は、静的な「機械システム論」ではなく、動的な「生きているシステム」論に基づいている。

「ニューサイエンス」とも言われる新しい科学観において、現実を知るときに、「もの」に注目するのではなく「関係性」に注目をする。ニュートン派の見方では、世界はもので構成されるが、最新の科学の知見では、物質の99%以上は空洞であり、残りの1%も原子や電子などであり、ものの基本性質はそういったごく微細な物質の間で起こることなのである。

人の手を構成する物質は、数ヶ月で完全に入れ替わり、人体も数年のうちに入れ替わる。人はものではなく、常に再生を続けるプロセスないしその能力であるといってよい、人体は、いわば川のようなもので、常に流れているもののスナップショットを見て、私たちは「もの」だと考えている。しかし、物質とは、基本的に関係性の結果生ずるのである。このことから、生物学者は、「生きているシステム」を自己生成的であるという。「生きているシステム」は、みな自己を創り出す能力を持っていて、そのために自己組織化し、環境を認知する―その意味を見出すことができるのである。

「生きているシステム」の世界観は、ニュートン的な見方を否定するものではなく、包含するものである。問題は、全てのことをニュートン的な「もの」や「マシーン」によって理解しようとする私たちの暗黙の習慣にあるといえるだろう。

「生きているシステム」として学校教育を捉え直すと、学習プロセスが「生き生き」とする。
・教師中心ではなく、学習者中心の学習が起こる
・画一性ではなく、多様性が奨励される―多様な知能(multiple intelligence)や学習スタイル
・「事実の羅列と正しい答え」を丸暗記するのではなく、相互依存と変化として世界を理解する
・教育プロセスに関与するすべての人の「使用理論」(現実に活用する論理)が何か探求する
・友達、家族、地域コミュニティを紡ぐ社会的関係のネットワークの中で教育を再統合する

学校を「生きているシステム」として捉えるならば、常に進化していることがわかる。その進化を助けるのは、そこに参加する学習者の問いである。
・なぜこのシステムはこのようになっているのだろうか?
・なぜこのルールがあるのか?
・この演習の目的は何か?
もはや、「偉い人が決めたから」といった答えに満足することはなくなる。問いを立てることは、生徒・児童と、先生と、学校管理職者の日常の習慣となるのだ。

ある革新的な成果をあげた学校の校長は次のようにその仕事を定義する。「私の仕事は、教師が常に学び続ける環境を作り出すこと。」また、教師の仕事も同様であり、子供たちが自然にもっている学習プロセスを支援することが重要な仕事となる。

「学習する学校」は、少なくとも3つのシステムのレベルで考えることができる。

教室レベルのプログラム
   教師の役割は「生涯学習者」である。学校は教師の役割を認識しなくてはならない。
   生徒・児童の役割は、「知識創造者」である。学校の進化への主体的参加者でなくてはならない。
   両親は、通常教室にはいない。しかし、参画を必要とする重要な存在である。
学校レベルのプログラム
   教育長の役割は、効果的な行動を行う「リーダー」であり、「学習する学校」開発の環境作りを行う。
   校長/管理者の役割は、教師/生涯学習者の筆頭であり、またこのプロセスのスチュワード(執事)である。
   教育委員会/理事もまた、学校レベルでのプログラムに参画を必要な存在である。
学習するコミュニティ
   住民と学校の双方が、学校-地域の相互依存の関係を認識する必要がある。
   学校はまた、あらゆる年齢層の学習促進をする格好の場所であり、地域の「生涯学習者」にとっての生涯学習促進の環境を作る役割がある。

 「学習する学校」のプログラムを進める上で、その骨格をなすのがビジネスの世界ですでに実績を出している「学習する組織」という考え方である。

「学習する組織」は、MITスローンビジネススクールの上級講師であるピーター・センゲによって統合された、組織・人財開発のアプローチで、フォード、GE、シェル、BPなどを始め、世界の多くの企業の役員研修に導入されている。

「学習する組織」とは、「チームが目的を効果的に達成するための能力と気づきの状態を高め続ける組織」のことを指す。学習する組織で掲げられる「5つのディシプリン(学習し修得すべき知恵と技の総体)」は、以下のとおりである。

1)メンタルモデル
「メンタルモデル」とは、マインドセットやパラダイムを含め、それぞれの人がもつ「世の中の人やものごとに関する前提」である。自らのメンタルモデルとその影響に注意を払い、うまくいかないときには外にその原因を求めるのではなく、自らのメンタルモデルの欠陥を探求する。

2)チーム学習/ダイアログ
「チーム学習」とは、チーム・組織内外の人たちとの対話を通じて、自分たちのメンタルモデルや問題の全体像を探求し、関係者らの意図あわせを行うプロセスである。中でも、「本音で腹を割って話す」ことに主眼を置き、集団で気づきの状態を高めて真の問題原因・目的を探求する一連の手法を「ダイアログ」という。

3)システム思考
「システム思考」とは、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方である。しばしば、全体最適化や複雑な問題解決への手法としても応用される。「生きているシステム」論の根幹をなす考えでもある。

4)自己マスタリー
「自己マスタリー」とは、自分が「どのようにありたいのか」「何を創り出したいのか」について明確なビジョンを持ちながら、ビジョンと現実との間の緊張関係を創造的な力に変えて、内発的な動機づけを行うプロセスである。

5)共有ビジョン
「共有ビジョン」とは、経営者や構成員のそれぞれのビジョンを重ね合わせて、組織として共有・浸透するビジョンを創り出すプロセスである。ひとたび、ビジョンが共有されれば、それが組織の行動、成果、学習の指針をコンパスのように示す。

この5つのディシプリンのうち、1)と2)が「共創的な対話を行う能力」、3)が「複雑性を理解する能力」、そして4)と5)が「志を育む能力」として整理され、学習する組織においては、この3つの能力をバランスよく伸ばすことが重要とされている。

学習する組織は、上記の5つのディシプリンを中核とおくものの、その他の学習コンセプトも取り入れている。例えば、「多様な知性(multiple intelligence)」、「思考の習慣(habits of mind)」などがその例である。

 (「初等・中等教育における『学習する組織』の実践について」より。)

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