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ピーター・センゲ『The Fifth Discipline』発刊25年を振り返る

2015年12月28日

2015年は、MIT上級講師のピーター・センゲの書いた『The Fifth Discipline』(邦題『最強組織の法則』・『学習する組織』)発刊からちょうど25周年となりました。当時は無名であったピーターの本は、世界で300万部以上が販売されました。1997年にはハーバード・ビジネス・レビュー誌からは「過去75年間でもっとも影響力の大きかったビジネス書の一つ」と評され、そして25年立って今なお世界のさまざまな組織に影響を与えていると言われています。

ピーターの提唱した「学習する組織」の考え方は、組織における人々の働き方にどのような変化をもたらしたのでしょうか? なぜこれほど持続的な影響をもたらしたのでしょうか? 私たちはこの発展から今何を学べるのでしょうか?

ピーターが他の経営者や研究者たちと設立した組織学習協会(SoL)の機関誌『Reflections』で著者のピーター自身がインタビューに応えていますので、その中から印象に残ったことをご紹介します。

『The Fifth Discipline』がもたらした2つのレベルの貢献

ピーターは、もともとMITでシステム・ダイナミクス創設者であるジェイ・フォレスターに師事していましたが、組織の現場では複雑性を理解するだけで変革を起こすには不十分であることを肌で知った後に、学外や異分野のさまざまな研究者から学び、5つのディシプリンによる「学習する組織」を提唱するにいたりました。そして1980年代の10年間にわたって実際の組織に応用しながら、組織論の先端をいくCEOたちや研究者、実践者たちと議論を重ねて、1990年の『The Fifth Discipline』発刊にいたります。

それほど多くの人たちと一緒に練られたコンセプトであったゆえに、本そのものが多くの人や組織に有用であることには何の疑念もなかったそうです。彼がもっとも意識したことは、いかにしてこの本が広範な影響を与えるより大きなものの一部なるかということでした。SoLの学習の定義である「長期にわたって効果的な行動をとるための能力を高めるプロセス」に鑑みれば、本を読むだけでは人は学んだとはいえず、持続的に実践することが求められるからです。このことが本の発刊とほぼ同時にMIT組織学習センターの設立につながりました。人々の学習を持続的に支えるには、人々が互いに刺激し、互いがより大きな協働に加わることを支援する「学習コミュニティ」が不可欠だからです。

ピーターはその後、組織学習センターからスピンオフをした学習コミュニティ、SoLを世界各地に広げ、また、教育やサステナビリティといったテーマで業界内やセクター横断のさまざまな学習コミュニティを築きます。こうした学習コミュニティでの学びから、多くの共同執筆者たちと共に『学習する学校』を含む3冊のフィールドブック、『持続可能な未来へ』、『出現する未来』などを残しました。

ピーターは、『The Fifth Discipline』がもたらした貢献について2つのレベルで振り返っています。より見えやすい認識のレベルで言えば、ビジネスでの学習領域において、品質管理、プロセス改善、ジャスト・イン・タイムといった流れがあり、そこから「リーン」というより学習が埋め込まれた革新的な変化が起こります。さらに踏み込んで、プロセスに学習を埋め込んだのが「アジャイル」です。

ピーターにとって、これらは全て「どのように学習するかが重要である」という認識を示す大きなうねりの中で次々と現れる波だったと解説します。こうして、ビジネス界では、30年前にアリー・デ・グースが示していた「競争優位の究極の決定要因は、相対的な学習能力の差による」という見方に誰もがうなづくところとなっていきました。そして、人が重要である、人の才能を開花させる環境を作らなくてはならない、チームに焦点をあてる、といった認識の変化がビジネス界に広く築かれていきました。

学習の態度の革新的な変化:「アジャイル」、「超短期サイクルのプロトタイピング」、「意識に根ざしたシステム変容」

同時にピーターは、これら認識の変化だけでは真の変化につながらないとも自認しています。いかに人々の器量を変容し、新しい能力を築いたかのより深いレベルでの貢献についても触れて、業界によって25年の間の成果にバラツキがあると評しています。もっとも深いレベルでの変容に成功した業界としてソフトウェア業界を挙げて、そこで成功を収める企業が取り組む「アジャイル」について詳しく紹介しています。

ソフトウェア業界はここ数年で大きく変化し、ソフトウェアの新しい技術や商品がどのような影響をもつか誰一人想像し得ないほど複雑で不確実な業界となりました。もちろん、開発の目標やゴール、顧客への約束はあっても、あまりに意図せぬ副作用や結果が多いために、業界全体の深遠な文化の変化へとつながり、今でも徐々に広がっています。

一歩先を見ることができない暗闇の中では、たいていゆっくり小さな歩幅でそこに何があるかを確かめながら進みます。同様にソフトウェア業界では、漸次的に改善したソフトを出しながら、数千人ものひとたちがインターネット上でデータを収集し、何が起こっているか、何が機能し、しないかを振り返ります。アジャイルとは、より多くを学びながら継続的に適応していく能力にほかなりません。

もう一つの企業文化の変化が、ハイテク業界における「早期に速く失敗する」という哲学です。これは、「超短期サイクルのプロトタイピング」のディシプリンであり、U理論やデザイン・シンキングなどにも見られます。いつまでも会議室で計画を練るのではなく、早期にプロトタイプをつくって顧客と交流し、そこから学ぶのです。

ピーターは、こうした純然たる学習の態度の革新的な変化は、一部の業界で先行しており、また食品業界などでも徐々に戦略的な思考の変化が起こっている一方で、他の業界や初等・中等の学校教育においては今まで通りのやり方でほとんど変化がなかったと振り返ります。しかし、そうした変化は徐々に広がり、やがてあらゆる業界でそうした変化が必要となり、根底にある組織学習の考え方や方法論は広く皆に必要とされるだろうと述べています。

さらにピーターの観察では、学習する組織のコンセプトやツールを活用して、驚くような大きな成果を出すグループと、そうでないグループがあるそうです。「このツールをどう使ってもっと金儲けができるか」と考えている人たちは概してほとんど結果を得られませんでした。一方、組織の支配的な風土や仕事の性質そのものや人々と仕事の関係を変えようとする深い意図を持っていた人たちは、結果の面でも大きな成果を得るというのです。このことが、『出現する未来』の執筆につながります。意図、精神、開放性の観点から、実践者が何に根ざしているかが重要です。

ピーターの出会った実業界で素晴らしい結果を出す人たちはみなそういった何かを持っていたことから、『The Fifth Discipline』でも自己マスタリー、メンタル・モデルなどの個人のディシプリンを強調し、また、量子力学者のデビッド・ボームの「内蔵する秩序」といった概念で対話を通じて深いレベルでつながることの重要性が強調されます。オットー・シャーマーの『U理論』は、こうした考え方を(ボームなどに比べて相対的に)わかりやすい言葉で解説してくれるものと評しています。この補完的な理論の発展によって、「意識に根ざしたシステム変容」という新しい分野が浮上してきました。

組織の変容に必要な3つの条件

組織の変容に必要な条件について、ピーターは3つのことを挙げます。一つ目は利己を超える目的をもつこと、二つ目は長い時間軸をもつこと、そして三つ目は人の成長が重要であると心から考えることです。究めてシンプルですが、こうした目的に根ざし、広く世の中を俯瞰し意識、人々が共感できる価値観なくして学習する組織とそれがもたらす飛躍的な成果は為しがたいということでしょう。

彼が考えるに、1990年頃にはビジネス界はこうした考え方への準備が整っていなかったけれど、25年を経た今のほうが、ビジネスを取り巻く環境は学習する組織をより必要とするようになったと振り返っています。

彼個人にとってもビジョンを成し遂げる道のりは平坦ではありませんでした。例えば、1990年代中頃に気候変動や環境破壊などのサステナビリティ課題について早くから関心を寄せる企業のCEOたちを集めてビジネスがどのように貢献できるかについて話し合いました。しかし、結果はさんざんだったそうです。どのCEOも口では環境問題やそれに対して企業が貢献することの重要性を口にしながら、株主や取締役会や政府への不平不満を言うばかりで、ほとんどのCEOは効果的な行動のためのスキルを持ち合わせていなかったのです。

大失敗の会議を経てピーターと共同呼びかけ人たちがすぐに振り返り、新しい設計に取りかかります。組織のトップではなく、現地・現場のローカルなレベルですでにそうした変化を先導するミドル層を集める会議を6ヶ月後に開催しました。その会議では、まったく異なるエネルギーが流れ、次々とイノベーションが連鎖し、このときに撒かれた種は「SoLサステナビリティ・コンソーシアム」へと発展していきました。このときの、多くのローカルでの成功事例やプロセスについて書かれたので『持続可能な未来へ』です。

インタビューでは、ほかにも、サステナブル・フード・ラボや教育界での取り組みなど幅広い活動の展開が紹介されています。彼の学習する組織は、企業内のチームだけに限定されず、さまざまなセクターで、しばしば組織を超え、セクターを超えた協働へと広がっています。

ピーターが生涯関心を持ち続けてきたこと

しかし、インタビューを通じて感じるのは、彼が思い描いていたビジョンはずっと変わっていないということです。彼が生涯関心を持ち続けてきたのは、誰も望まないような方向へ私たちの社会を向かわせるような共通のシステム的課題に対処するためにいかにして私たち人類の器を広げていけるかと言うことでした。

そして組織変革や職場を学習する組織をつくる仕事の根幹にあることは、私たちの生き方を形作るシステムはなぜ今のような機能をしているかを学ぶことであり、それは「私たち自身」がどのように作用しているかにほかならず、しがたって私たち自身がどのように作用しているかを学ぶことです。真の変化は常に私たちの内側にある意識や思考と、外側にある環境や行動の両方を変えることにあり、「私たちが世界をどのように見るのか」と「私たちが何を心から大切と思うか」の双方、私たちが組織において何を評価し、どのように組織化するのかを変える必要があるのです。

彼の蒔いた種は、世界でも日本でも多くの人たちの共感を呼び、また、時代がそうした人々と考え方をより求めるようになっています。『The Fifth Discipline』発刊から25年を経て、私たちが共に取り組むことはより明確になってきていると感じます。

(ピーター・センゲの全文をお読みになりたい方は、SoL North Americaにコンタクトして『Reflections』の購読を申込下さい)

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