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『敵とのコラボレーション』監訳者による解説(後半)

2018年10月25日

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家庭でも、職場でも、ビジネスでも、ウィン-ウィンや相互互恵を目指して始まった二者間や多数の関係者たちとの営みが、いつの間にか意図せず敵対関係に陥ってしまうことを経験したことはないでしょうか?意見が合わない人や対立をしている人たちと一緒に働くことの難しさは多くの人が経験するところです。

わたしたちは、どうやって、敵対した人たちとコラボレーションすればよいのでしょうか。

このチャレンジについて書かれたのが、アダム・カヘン氏のベストセラー新著『Collaborating with the Enemy(邦題:敵とのコラボレーション)』です。(2018年10月31日発売予定、Amazon予約受付中)

本書の「監訳者による解説」(後半)を出版社からの許可得て掲載します。

(前半はこちら)

新作の特徴

 新作となる本書の第一の特徴は、副題にもあるとおりいかに賛同できない、好きではない、信頼できない人たちと協働するかを提起することです。同僚、同志、仲間との協働は数多くありますが、そうでない人たちとはそもそも協働や対話の席につくことも難しいものです。しかしながら、今日多様性の重要性がより意識されるようになってきており、また、二極化・分断化が進みながら一極のみでは行き詰まりを迎え、仲間を超えた異なる人たちとの協働の必要性と機運が高まっています。そればかりか、アダムが本書で紹介するように、家族、同僚、関連部署や関連会社、連携パートナーなど、本来手を結ぶべき関係にありながら、当事者が互いに敵化をしてしまっているという現象はここかしこで見られるようになってきました。本書は、仲間たちとだけでは解決し得ない難題に対して、どのように協働を働きかけ、実践するかをテーマにしています。

 第二の特徴として、統一する愛の側面だけでなく実現のための力の側面にも目を向けることの重要性を提唱した第二作よりさらに踏み込んで、対話が必ずしも最善の選択肢ではないこと、そしてどのようなときに対話が最善になるかを論じています。利害関係者たちを招集する主宰者やファシリテーターたちは、協働や対話を行おうと目的を持った時点から、無意識にそれが最善であるという前提を持ちがちです。しかし、それぞれの利害関係者たちにとっては必ずしもそうではありません。招集される側のそれぞれの立場にたったとき、難題に対して協働以外にどのような選択肢があり、どのようなときに協働が魅力的でどのようなときにそうではないのか、フレームワークを提示しています。

そして本書のもっとも大きな特徴は、ストレッチ・コラボレーションという、従来型のコラボレーションを超える新たな対話の実践手法を提示していることです。従来型のコラボレーションでは、多くの場合次のような前提が暗黙的に置かれていました。

  • チーム全体の利益と調和を重視しなくてはならない。
  • チームで問題が何か、解決策が何か、戦略・計画は何かに合意することをめざす。
  • 他者が行動を変えなければ状況に変化が起こらない。

 これらの前提はいずれもチームあるいは協働でものごとを進めるうえで、ごく当然と考えられていたことのように思います。しかし、アダムはこのような前提に疑問を投げかけ、替わって新しい前提と行動の三つのポイントを本書で提唱しています。そして、それらの行動は対話の参加者とファシリテーターたちにとってストレッチを要するものとなっています。

 前作までにあった主要事例をあらためて上記の視点から整理し、また、米州機構の麻薬問題の事例や本書執筆の構想に影響を与えたタイ政局など最新の事例も追加されています。同時に、これまでの著書で掲示された重要なフレームワークも要約して読むことが出来るのが特徴です。

本書の活用法

 本書はまず、単独でものごとを進めることに行き詰まりを感じ、協働を進めたいと願う担当者、マネジャー、経営者の方に有用でしょう。袋小路や平行線から翻って協力する必要性は、家庭でも近所でも職場でも、そしてビジネスのバリューチェーンやサプライチェーン、地域・国・国際社会などあらゆるところで起こりえます。本書では、多様な人々がどのように対話の場につき話し合って協働していくか、あるいはそれに失敗するかについての豊富な事例が掲載されています。

 紹介される事例は、アダムがプロフェッショナルとして活躍する国家レベルや国際レベルのものに加え、トラブルに悩む家族レベルのものも出てきます。あるいは、みなさんは、もっと中間のレベルでの協働に取り組みたいとお考えかもしれません。そのときには、構造的に読んでみましょう。例えば、親子の事例なら親会社と子会社に置き換える、敵対関係にある同士の事例なら同じ資源を取り合う他部署や他の事業会社になぞらえる、などです。もちろん、問題の中味は異なるでしょうが、構造的に関係者たちがどのような関係にあるか、どのような協力・対立の態度を取るか、どのように話し、聞き合うかといったプロセスに注目すれば、共通点が浮かび上がってくるでしょう。

 とりわけ、「話し方・聞き方の四つのレベル」のモデルは、対象とする集団の現在地を見立て、どのように話し合いの場がシフトし、より望ましいコミュニケーションのモードへ移行できるかのヒントとなります。その活用は、異なる人たちとの対話に限らず、日常の会議の進め方、リトリートや戦略ミーティングのデザイン、上司と部下の一対一の会話、家族の会話などさまざまな場面に活用できます。

 本書はまた、新製品・サービス開発、新規事業、イノベーションなどを担う担当者にもおすすめです。第6章にあるような、体系化された実験の取り組みは、多様な人たちを集め、新しいことを創造するうえで重要なプロセスとして参考になることでしょう。ミンツバーグなどの戦略論を紐解きながらも、創発プロセスについてU理論をベースに解説しています。その共実現フェーズにおいての進め方は、私たちのよく知る、既存の事業環境での意思決定プロセスとは大いに異なります。本書では「川底の石を探りながら川を渡る」という印象深い表現のたとえも紹介されていますが、そういった実験的な創発プロセスをどのように進めるかの指針と事例も掲載されています。

そして、組織内外にネットワークを広げる人、あるいはセクターや組織を超えた連携を図る人たちにもまた、どのように持続的に人々の集う場をデザインし、また、ネットワークへの参画を促すかのヒントになるでしょう。とりわけ、第2章は、多様な利害関係者を招集する主宰者になる人たちにとって、独りよがりではなく参加者の立場になって考えるための有用なフレームワークを提供してくれます。私の日本国内の経験でも、多くの組織にとって協働と対話はもっとも人気のない選択肢です。協働に関して想定するコストは高い一方、その便益が見えにくいことが一因でしょう。その一方で単独でものごとを進め続けるコストや便益は冷静に見ていないことも多いのです。こういった状況では、第2章のフレームワークを活用し、どのような選択肢があるかを意識的に比較することが近道ともなります。

 もちろん、対話ファシリテーターや組織開発・コミュニティ開発のファシリテーターといった、プロフェッショナルの方の指南書としても有用です。特に、第1~4章を読んでいただき、ご自身のファシリテーション実践を振り返る際のヒントとなるでしょう。そして、新しいストレッチに向けて第5~7章からご自身に必要なところを選んで、あるいは全体として読み進めていただくのがよかろうと思います。

 最後に、周囲の人たちと協力したいが難しいと感じる全ての方への自己啓発としてもおすすめです。第1章、そして第4章を読んでいただきながら、第8章のストレッチのための訓練を実践いただくのがよいです。内省、振り返り、組織学習などの心得のない方は、コーチング、カウンセリング、ファシリテーションをご存じの方と一緒に訓練をすることがおすすめです。自らの習慣的な行動を観察し、なぜその行動をとるのか無意識の前提やその行動を誘発する構造を理解することは自らの行動の効果を高めてくれます。また、自分が不得意、不慣れな行動について、意識して実践を繰り返すことで新しい習慣を身につけることができます。

 日本の職場、組織、地域、国家において、ますます多様性と包摂が求められています。それによってこれまで交わる機会も必要性も感じなかった人たちの間で、共に時間を過ごし、相違ゆえにさまざまなチャレンジが表出化してくることでしょう。一方で、多様な人たちがいるということは大きな機会でもあります。多様性こそが進化のタネであり、またことわざにあるように「早く行きたいなら一人で、遠くまで行きたいなら大勢で行け」なのです。これからます大きくなる組織や社会の課題に対して、対話と協働に関するリテラシーと方法論はますまますす有用性を増していくことと確信しています。

 アダム・カヘンがこの日本で発想を得て、また自らの30年以上に及ぶ試行錯誤を通じて磨き上げられた本書が、世界で、またこの日本で役に立つであろうことを切に願っています。

2018年9月
小田理一郎

11月1日(木)アダム・カヘン氏招聘「敵とのコラボレーション」出版記念講演開催します。本人から日本で学べる貴重なこの機会をぜひご活用ください。

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