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先日、国際ファシリテーター協会(IAF)のアジア大会が大阪梅田で開催されました。テーマに『グループ内、グループ間の境界を橋渡しする』を掲げ、アジア地域をもちろん世界各地からのファシリテーターが集い、数多くのセッションを通じてさまざまなプロセスや技法について学び合いました。

チェンジ・エージェント社も「境界を超えるコラボレーションのためのシステム思考」というタイトルでワークショップを行いました。世界各地からの参加者たちにシステム思考を紹介しながら、それぞれの課題について話し合いあっという間の3時間となりました。この際に紹介したシステム原型が「予期せぬ敵対者」です。

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この原型は、本来コラボレーションをしようとするパートナーたちが、それぞれが自らの利益やニーズを満たそうとすることで、いつの間にか相手の利益やニーズを損ない、互いに敵対関係に陥ってしまうものです。

例えば、共同生活を通じて互いの幸せを高め合おうと願う夫婦の事例で考えてみましょう。Aさんは仕事で少し気分が滅入ることがあったとき、家に帰って、「ちょっと聞いて」という案配にパートナーのBさんに話かけます。自分のやりたいことに夢中になっていたBさんは、少し面倒と思いながら耳を貸しますが、意識はほとんどやりたいことに向いたままです。そんな生半可な態度にAさんはむっとしながら、「ちゃんと聞いてよ」といいながら話を続けます。Bさんは「やれやれ」と思いながら聞いても、脈絡のない感情的な話で、何が問題で何をしたいのかもよくわからず「それで? 何が言いたいの?」と切り返します。Aさんは、「もういい!」と腹を立ててしまいます。Bさんは、邪魔をされた上に、最後には切れられてしまって、ますますわけがわからず、自分のやっていたことを続けます。そんなBさんの様子にAさんはますます腹を立て、、、

本来は一緒に幸せを求めんとする夫婦同士が、いつの間にか敵対するかのような状況に陥ってしまうパターンを聞いたり、体験したりしたことはないでしょうか。

ここで起きているパターンをつくり出すシステム構造は、一方の便益の欠陥を修復しようとする行動が他方の便益を損ない、他方の便益を取り戻そうとする行動がもとの一方の便益を損なう悪循環の自己強化型ループです。こうした悪循環は、ともすると手に負えないエスカレートにも発展しがちです。そして、この悪循環を回し続けるエンジンは、自分の損なった便益を取り戻そうとする修復行動のバランス型ループです。相手を傷つけようとして始めることは極めてまれであり、当の本人にまったく悪気がないことがほとんどなのですが。

ここに見られる構造は、システム思考ではシステム原型の一つ、「予期せぬ敵対者」として知られています。一般的に図示すると次のような構造となります。

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本来Aの行動がBの成功に貢献し、そしてBの行動がAの成功に貢献することで、ウィンウィンの関係を築こうとします(自己強化型ループ1)。しかし、この好循環が強くなる前に、Aが自身の成功のための行動(バランス型ループ2)をとり、その行動が意図せずBの成功を阻害することがあります。それに対して、Bもまた自身の成功を修復する行動(バランス型ループ2)をとって、それがまた意図せずAの成功を阻害します。そして、Aがまた、自身の成功を修復する行動をとることで悪循環の自己強化型ループ4を形成します。

AにとってもBにとっても、自分の成功を阻害する相手の行動ははっきりと見えます。しかし、自分の修復行動が相手の便益を阻害していることが往々にして見えません。互いに悪いのは相手と思いながら、支配的なループは悪循環の自己強化型となっていってしまうのです。

このようなとき、AとBはどのように対処できるでしょうか? 第一のカギは、協力関係が両者によってどのような潜在的便益をもららすかの共有ビジョンを明確にすることです。例えば、先ほどの夫婦の例では、互いに相手にとってどんな行動が便益を生むかを話し合い、明確に理解し合います。つい話しかけるAさんの感情の奥にあるにニーズは、「聞いてもらうこと」「共感をもって受け止めてもらうこと」にあるのかもしれません。一方、Bさんの感情の奥にあるニーズは、「自分の時間とスペースをもつこと」「役に立っていること」にあるかもしれません。互いに相手の気持ちの奥にあるニーズについて探求し、どのような行動がそのニーズを満たすのかについて、話し合うことで、望ましい関係を築く好循環を強化することです。

もう一つのカギは、どんなに相手が自分の便益を害しているように感じても、相手は害することを意図して始めたわけではないと心得ることでしょう。それぞれの行動の目的は、相手を害することにあらず、自身の害された気分や便益、ニーズを修復しようとしているに過ぎません。とりわけ、私たちは自分自身の行動が、どのように知らず知らずのうちに相手を害する可能性があるかに無自覚であることが多いものです。視野が狭いために起こっているのであって、相手を傷つけるというのは大抵意図的ではないのです。頭ごなしに行動を避難しても相手はなぜそれが問題か理解できないし、そもそも相手は必要に迫られてとっている行動です。感情的な反応を抑えながら、自分が相手の行動や言動によってどのように感じているかを伝え、また、どのようにすれば自分が害されることがなく、相手のニーズや便益を高めることができるかを探求してみましょう。

ビジネスの事例も一つ紹介しましょう。1980年代の少し古い事例ですが、大手消費者メーカーと大手小売りが互いの規模と協力による相乗効果を目指して提携を結びました(自己強化型1)。新聞を賑わすような大きな提携でありながら、互いに協力しようとした現場のマネジャー同士は相手とは口も聞かないほど犬猿の仲に陥ってしまいました。何が起こっていたのでしょうか?

メーカーは利益目標に到達しない状況に窮して、価格プロモーションへの協力を小売りに求めます(バランス型ループ2)。しかし、当時は手作業で値札を貼り、レジの登録価格をしていたために、価格をプロモーション期間の直前に値段変更し、直後に元に戻すのは、現場の人件費に大きな負担になっていました。そこで、小売りは増えた人件費のために減った利益を改善しようと、プロモーション期間中に大量の発注をして安く仕入れ、期間後元の値段で販売する在庫の仕入れ原価を抑える「買い溜め」を行いました(バランス型ループ3)。

ところがこの小売りによる買い溜めは、メーカーの受注量の変動を大きくして、受注量の大きい時期に合わせた設備投資を迫られる一方、通年では受注量が低い時期も多いために平均稼働率を下がって製造コストを増加させます。そして、コスト増加のために損なった利益を改善しようと価格プロモーションを行っていたのです(自己強化型ループ4)。

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このような利益を損なう互いの行動に対して、それぞれが相手のせいであるとして敵対関係が強まっていったのです。さすがに両者間の関係は、当事者同時で解決することは難しかったため、「学習する組織」を実践するコンサルタントが仲介しました。なぜこのような悪循環が起こるかの構造を可視化して話し合い、それぞれの行動が相手を害することを意図するものではなかったことを理解し合いました。

そして、相手の利益を損なわないように自社の利益を高めるにはどうすればよいか、あるいは、提携の本来の目的をかなえるために、それぞれが相手の利益を高めるためにどのような行動をとればよいか、を共同で探求しました。そうした対話の結果、小売りの手作業を増やすことなくプロモーションを行えるクーポン券、年中通して一定の低価格をとる新価格政策、あるいは生産・開発計画などの改善につなげる小売りのPOS情報を共有など、その後の業界慣行を大きく変えるようなさまざまなイノベーションを生み出しました。まさに危機をチャンスに転換した事例といえるでしょう。

あなたの周りでも、意図せずにパートナーと敵対関係に陥ることはないでしょうか? 「予期せぬ敵対者」のパターンや構造に陥っているとき、相手が自分を害そうとしているという思い込みを保留し、共感的に話しながら内省的に話す対話を通じて相手のニーズと自分のニーズを両立するような行動を探求するとよいでしょう。そして相手の成功を支援することで、相手も自分を支援する好循環の共有ビジョンを築く真のパートナー関係を目指してはいかがでしょうか。

関連図書

アダム・カヘン氏の新著「敵とのコラボレーションーー賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法ーー」好評発売中です。(2018年10月31日発売)

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アダム・カヘン氏は、南アフリカでの白人政権や黒人政権へのスムースな移行、さまざまな派閥間で暴力的抗争や政治腐敗の続いたコロンビアの近年の復活、互いに敵対しがちなセクター横断でのサプライチェーン規模の取り組みなど、対立や葛藤状態にある複雑な課題を、対話ファシリテーションという平和的なアプローチで取り組み、成果を残してきました。

世界50カ国以上で企業の役員、政治家、軍人、ゲリラ、市民リーダー、コミュニティ活動家、国連職員など多岐に渡る人々と対話をかさねてきた、世界的ファシリテーターが直面した従来型の対話の限界。彼が試行錯誤のすえに編み出した新しいコラボレーションとは?

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