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コロナ禍について考える「食のサプライチェーンへの影響」

2020年05月30日

5月27日放送の「クローズアップ現代+」にチェンジ・エージェント社会長の枝廣淳子が出演しました。テーマは「新型コロナ"食"への影響は? 生産現場ではいま何が?」についてです。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020107204SA000/

感染の拡大と医療体制の崩壊の懸念から新型コロナウィルス対策がとられ、そして、感染の拡大に対しては一定の効果があったとみて、緊急事態宣言こそ解除されました。しかし、本当のチャレンジはこれからと言えるでしょう。第二波の感染拡大を起こさないように、慎重な経済活動の再開の道を探っていかなくてはならないからです。

感染が拡大した3月下旬頃から、外出自粛、休業要請などによって、生活者の消費活動が大幅に減少し、また、多くの産業で働けないために生産活動に制約がかかりました。それぞれの生活者や労働者の活動の減少が対策期間中に生じたことはわかりやすいですが、これから時間的な遅れを伴って、経済の需給両面での影響がさまざまに現れてくることでしょう。それは、私たちの経済社会が生産から流通、消費までのサプライチェーンを構築しているためです。

このサプライチェーンへの影響について、 "食"を題材にして、この2-3ヶ月を振り返り、そして今後について考えてみましょう。

図1:新型コロナウィルスによる食のサプライチェーンへの影響(1)出荷の減少

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(矢印の「O」は、変化に関する因果関係の影響の向きが「逆」であることを示します。「B1」「B2」などは、バランス型フィードバックループがあることを示します。青は通常のサプライチェーンの連鎖、紫は新型コロナウィルスの影響の連鎖を示します。)

新型コロナウィルスへの対策は、休校、営業自粛・休業要請、外出制限つまり「ステイホーム」要請などの形式をとりました。それによって、学校給食向け、飲食店・旅館等向けの出荷や、あるいは輸出市場向けの高級和食材出荷の大幅な減少となりました。一方、在宅機会が増えて、スーパーなどから食材を購入するための出荷は増えていることで減少を相殺しています(B1ループ)。但し、多くの食材には業務向けと消費者向けとがあり、業務向け食材がそのまま消費者向けに振り分けられません。とりわけ、レストラン、旅館などで料理人が調理する高級食材や、輸出用の高付加価値食材に関して言えば、在宅での消費に振り向けることは簡単なことではありません。

番組では、和牛、鯛などの例が紹介されていました。肉牛の飼育期間や約20ヶ月、真鯛の養殖期間は約2年間かかります。今年はオリンピックの開催予定でもあったことから、インバウンド始め高級食材の需要拡大を見込んだ増産、投資増加を行った後に、いよいよ出荷も近いという時期になって"カウンターパンチ"を受けた状況とも言えるでしょう。

発注元が休業、あるいは施設の利用者が激減しているために市場在庫が膨らむ状況では、生産者価格が低下し、さらに新たな農作物は行き場を失って、生産者(あるいは輸入業者や食品流通者も同じ)の手元に大量の余剰作物として残ります。多少出荷期を延ばすことができても、大きくなりすぎた養殖魚や野菜は売り物にはなりません。結果として、畑にすき込む、海に放流する、廃棄するなどの措置をとらなくてはならない状況となります(B2ループ)。

番組を見て切なく感じたのは、需要が大幅に下がっていても、生産量を簡単には絞れない場合もあるということです。学校が再開し、給食が開始となるのは、いつかいつかと関係者たちが探りながらも、再開日を確定することも、予定通りに実施することもままならない状況です。しかし、小松菜の栽培期間は種付けから収穫まで約30日間ですので、1ヶ月後に再開するかもしれない状況では、たとえ捨てることになるかもしれなくても「種付けをやめるわけにはいかない」と農家の方のコメントが語られていました。

食材を学校、飲食店、旅館等での利用の再開、回復に合わせて行く中で、生産量の確保の視点も欠かせません。

図2:新型コロナウィルスによる食のサプライチェーンへの影響(2)労働力・輸入減

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図2では、農業生産量及び農作物輸入量についての新型コロナウィルスの影響を追加しました(左半分の太線部分)。まず、国内外の新型コロナウィルスの影響として、国内外で国境を越えた人の移動の制限がかけられています。

現在、労働力の減少している日本の農業は、その労働力不足を2000年に始まった外国人農業実習生の制度に頼っています。2015年からほぼ倍増し、2019年には31,888人の外国人実習生が日本の農作業の現場で働きました。しかし、農業実習生の多くが、現在新型コロナウィルスによる人の移動制限によって滞っています。入国手続きの遅れ、また、入国後の2週間の自主検疫が必要となり、収穫期の労働力をいかに確保するかが問題となっています。

食のサプライチェーンにおいて労働力を確保できるかどうかの問題は日本国内にとどまりません。海外の農場でも他国からの出稼ぎ労働者などに依存するケースが多く、人の移動の制限による影響が今後強まっていくことでしょう。

また、新型コロナウィルスが他のサプライチェーンの労働者の健康に与える影響も無視できません。アメリカの食肉工場では、労働者がベルトコンベアラインで密集して作業していることが多く、複数の鶏肉工場、豚肉工場などで感染クラスターが発生し、工場を操業停止にせざるを得ない状況に追い込まれています。食肉工場の経営者たちは、労働者の健康安全を確保して再開に踏み切りたいとする一方、低コスト化、効率化を重視した工場ラインの設計上、ソーシャルディスタンシングをとり、また、飛沫感染を避ける環境へと生産ラインを変更するのは容易なことではりません。難しい選択の中、ギリギリの操業を続けていますが、こうした大量生産に依存した食肉はスーパーでは手に入りにくい状況が報道されています。

農作業と言えば、しばしば野外等の広い場所で行う光景が浮かびますが、食事をとる場所、宿泊施設、加工や仕分けや出荷作業をするような場所において、感染対策が必要になることは言うまでもありません。

こうした労働者の感染による健康問題や感染対策による生産の滞りは、国内外それぞれ流通のリードタイムの分だけ遅れて、消費者に明らかになります。特に輸入品など、現在はオリンピック需要を見越した大量発注の在庫が、食品倉庫や棚を埋めている状況ですが、今年の終盤あるいは来年頃になって、その遅れの効果を実感することも珍しいことではないでしょう。食材、作物によって異なりますので、皆さんにとって大事な食材がどこでつくられ、生産開始からどれくらいの期間で皆さんの手元に届くのかを考えてみるとよいでしょう。

生産や輸入の減少の理由が需要減に合わせた調整であっても、あるいは労働力不足によりものであっても、今後需要が回復していく過程で今度は在庫不足の"カウンターパンチ"が発生する可能性もあります。ひとたび底をついたサプライチェーンが再び十分な在庫で満たすには、需要の見通しの調整、生産のための投資、農作物の栽培・飼育期間などのさまざまな遅れを経るため、こうした見通しを誤った作物では、数週間から数ヶ月間にわたって入手困難が続くリスクがあります。

では、こうしたサプライチェーン内の過剰や不足にどのように対応すればよいのでしょうか? 

図3:食のサプライチェーンにおける対策

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(赤字・赤線が対策を示し、緑線はその効果の連鎖を示す)

NHKの番組でもそうした動きの一部を伝えていました。まず、農家などのサプライチェーン内の余剰作物について、余剰食品を消費者に伝え、生産者からの直接購入を促すサービスが紹介されていました。高級食材であれ、その他一般の食材であれ、消費者がいつ、どこに余剰食材があるかを知ることができれば、それを必要としていたり、応援したい人がインターネットなどで生産者・事業者に発注できる仕組みです。小口・個別の出荷ですから、事業者の失われた売上を回復するまではいかないまでも、食品ロスの減少、仕入れ代金の一部を現金回収でき、また、生産者は消費者との新しい関係性を築くこともできるでしょう。消費者にとってもまた、生産者の顔を見て、食材について学んだり、新しいレシピに挑戦するなど食に関する生活を豊かにする付加価値もあるのではないでしょうか?

また、農業実習生の入国滞りなどによる労働力不足に対して、番組では旅館や飲食店など現在休業中の職種の従業員が応援する仲介サービスが長野、群馬、福島などで展開差入れていることが紹介されていました。これもまた、地域内での過剰のリソースと不足のリソースを融通するよいアイディアです。また、収穫期の期限などの問題に対しても、もし地域内や業界内で融通が利けば、事業者と実習生のそれぞれにメリットを出せるでしょう。

サプライチェーンは通常、直接接する一つ一つのチェーン毎に、発注、在庫、入荷などの情報が行き来することが多いものです。そして、それが効率的と考えられてきました。今回のコロナ禍のような状況においては、改めてサプライチェーン全体の在庫や受注残、それぞれの入出荷、そして両端にある需要や生産の全体像を理解することが重要です。そして、チェーン毎の順次の調整だけではなく、より大きな視点での調整機能を構築することが必要になります。そうした調整が、労働力の融通のように地域単位で行われることもあれば、新しい情報プラットフォームに売り手と買い手が集うことで調整されることもあるでしょう。

また、サプライチェーンに発生する振動は、長いチェーンの連鎖やリードタイムがある状況では、調節機能だけでは簡単には収束しません。そうした状況では、思い切って鎖の数を減らしたり、流通に必要なリードタイムを減少することも有効です。上述の、生産者と消費者をつなぐサービスが有効なのは、鎖やリードタイムの減少を同時に行っているからです。但し、生産者にとって、1世帯毎の個別・小口発送はけして効率がよいものではなく、また、消費者からも箱単位の購入は、賞味期限内に消費するには過剰になってしまうことも多いでしょう。取引コストも大きくなりがちです。従って、食品の流通の役割はけしてなくなるものではなく、むしろ戦略的な調達を通じて、仲買の付加価値を出すことが期待されます。

マクロで見れば、海外の輸入に頼ることは、チェーンの数もリードタイムも長くなってしまいますから、1-2年先の需要を読み、在庫の振動を収束させることは簡単なことではありません。もし代替がある食材ならば、国内、できるならば地域内の生産者に振り向けることが、サプライチェーン安定の打ち手となるでしょう。アメリカのスーパーでは、外出制限がかかり始める頃、同じ町中のスーパーでありながら、輸入や大量生産工場に頼っている店舗では棚が空となっていたのに対し、地元の食材を扱っている店舗では、小口で頻繁に入荷補充があるため、食品棚が空になることはなかったというエピソードが紹介されていました。

外的な衝撃に耐え、いち早く回復できる力のことを、システム思考では「レジリエンス」と呼んでいます。今回のコロナ禍による衝撃は、私たちの経済社会システムの中で、脆弱性の強い構造を明らかにするものでもあります。これを機会に、サプライチェーンそのものの構造を見直すことも、重要な介入になるでしょう。地域内の小さな循環の比率を高めることは、グローバルなサプライチェーンでの衝撃を緩和し、食のニーズを満たす機能を持続可能なものとする有効な手段の一つです。

番組の中で、枝廣淳子は、私たちの食のニーズを満たす方法が3つあることを指摘します。一つは、お金でスーパーや生産者から購入することですが、そのほかに、家庭菜園など自分で食物をつくることや、あるいはつくったり、入手した食材を「お裾分け」することを指摘しました。一つのルートだけに頼るのは、平時に効率は高くとも、外部の衝撃があった際には機能麻痺してしまうことも少なくありません。複数のルートを持つこと、特に効率は一見悪くとも、別の価値を生み出すことで持続できることを加えることは重要なレジリエンスの知恵と言えるでしょう。

今回は、食をテーマに新型コロナウィルスがサプライチェーンに与える影響を概観しました。しかし、サプライチェーンに関する基本的な構造は、パラメーターの違いこそあれ多くの別の産業にも援用できる考えが多くあります。それは、多くの産業で、私たちが効率化のために経済を分業化させ、各産業にサプライチェーンを構築しているからです。皆さんの関わるサプライチェーンにおいて、この3ヶ月ほどにどんな影響が生じているでしょうか? また、サプライチェーンの構造を可視化したとき、向こう1-2年でどのような影響が出るでしょうか? 需要、供給能力のダメージと回復のシナリオはどのようなことが考えられるでしょうか? ほとんどの産業において、今回ほど大きな衝撃がサプライチェーンの需給に与える影響は、年単位で生じると考えたほうがよいでしょう。そして、単なる行動変容ではなく、構造そのものの変容について考えるときではないかと思います。

(小田理一郎)

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