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コロナ禍について考える2021(2)

2021年06月30日

新型コロナウィルス(COVID-19)感染で亡くなられた方のご冥福を祈り、また、闘病されている方とご家族へお見舞い申し上げます。医療や保健、生活インフラのために最前線で働かれる皆様には感謝申し上げます。また、行政の要請や需要変化など事業環境変化によって、転換する苦難の中にいる事業者、正規・非正規の従業員の皆様に、今の過渡期が乗り越えられるようエールを送ります。

私は医療・公衆衛生の専門家ではありませんが、システム思考や組織学習の視点から、医療や保健関連の方たちの出している知見、提言について、わかりやすく、意思決定者や市民の方たちにコミュニケーションをすることを意図しています。人の死を数字として扱う不遜をお許し頂きたく、何よりも一人でも多くの救える命を救うためにコラムを書いています。

小田理一郎

前回のコラムでは、世界の感染状況の推移が、ベルカーブのように急激な増加の後に減少に転ずるにとどまらず、その後第二波、第三波などが広がっているグラフを紹介しました。疫学などで用いられるSIRモデルSEIRモデルは、こうした第二波以降の波における再び上昇に転ずるメカニズムや、あるいは現在コロナ禍であるような行政の介入策などはモデルに入っていません。本コラムでは、どのように第二波以降が起こるのかについてのシステムモデルを紹介します。こうしたモデルでは、市民や国の感染リスクへの反応を、「外因」として扱うのではなく「内因」としてモデル化します。市民のなりゆきの反応をシステムの内部構造と見立てることによって、政策の介入や経済との兼ね合いについて、ベースラインシナリオを確立し、どのように違いをつくるかの議論がしやすくなります。

今回も引き続き、MITのHazhir Rahmandadらの論文からモデルを紹介します。ちょうど、査読を終えて、5月19日Systems Dynamics Review(Volume 37, Issue 1)に掲載されました。

Behavioral dynamics of COVID‐19: estimating underreporting, multiple waves, and adherence fatigue across 92 nations (wiley.com)

感染者のストック&フロー(拡張SEIRモデル)

論文では、無症状感染者、検査・報告体制、PCR検査による偽陰性など、正確な感染症の統計を把握しづらい状況に対して、ストック&フロー図を使って、報告された陽性者数、死者数と実際の感染者数、死者数の関係について整理します。

図1:拡張SEIRモデルにおける主要なストックとフロー
COVIDSEIRStocksFlows.png

図1のストック&フロー図では「感受性人口(S)」「発症前感染者数(E)」から、「感染者数(I)」については、確認の有無や入院・自宅療養の別によって複数の経路に分け、それぞれが確認または未確認の「累積回復者数(R)」「累積死者数(R')」にたどりつくまでの経路を示しています。

2020年1月から12月22日までで1000以上の報告感染者数と分析に必要な統計のある世界92カ国(対象人口49.2億人;統計データの整備状況のため除外された主要国には中国とブラジルがある)を対象に分析を行っています。

確認された感染者数の対象になるのは青枠部分ですが、未確認の感染者数を含めた「実際の感染者数」は赤枠の範囲となります。また、「報告された累積死者数」は青枠右下部分にあたりますが、「実際の死者数」は黒枠部分になります。報告される各国の統計や発表論文の分析から、筆者らは実際の感染者数は報告の7.03倍、実際の死者数は報告の1.44倍と推定しています。また、無症状感染者数の比率は約50%と推定され、Oran & Topol(2020)の論文の発表とも整合します。

感染者数の増加をもたらす構造

図2は、過去の挙動を再現し、将来の政策検討に使うために抽出された主要なフィードバックを示します。

図2:主要なフィードバックループ
COVIDFeedbackLoops.png

ループ図のほぼ中央にある「感染者数」は、感染したが回復も死亡もしていない、既存の感染者数のストックと考えるとよいでしょう。(実際のシミュレーションモデルでは、発症前後など細かく分けていますが、主要なフィードバックを示すループ図においては表現を簡略化することがしばしばあります。)

感染者は隔離を行わない限り、日常的に他の人たちと接触します。その中でも、発症直前の感染性を持ち始める期間以降に、免疫を持たない「感受性人口」に属する人との接触の回数が、「感染しうる接触数」にあたります。季節効果やリスク対応の効果の影響も受けて、新規感染となって、新たな感染者数を増やします(R1:感染ループ)。その一方で、感染した人は未感染の感受性人口をその分減らすバランス型ループを形成します。著者は「集団免疫」ループと呼んでいますが、それが自然のなりゆきで形成されることを想定しているわけではありません。(著者たちの作成した政策シミュレーターにおいて、ワクチンの効果はこの感受性人口を減少させることに対応させていると考えられます。)

感染者数のストックは潜伏期間(平均5日間)、発症後治療期間(平均15日間)を経て回復(重症化の場合はより長期日数必要)するか、あるいは感染致死率(IFR)に応じて死亡するかとなります。ループ図では、回復や死亡によって感染者数ストックを減らすバランス型ループは省略されています。

感染者数を減少させたリスク緩和対応

データ分析を通じて筆者らが見いだした世界共通での感染者数削減の経路は、感染による死者数の増加を通じて、「認識するCOVIDリスク」が高まり、「リスク対応」の行動変容を起こすことです。初期に日本や諸外国で「ただの風邪」の論調も見られましたが、身近に感じる人の死や増加する死者数統計の増加によって、このパンデミックに関するリスク認識が高まっていきました。そして、それが行政主導であったにせよ、市民のリスク認識主導であったにせよ、リスク対応の行動変容につながります。例えば、外出を控える、マスクを着用する、3密を回避する、ソーシャルディスタンスをとることなどを通じて、感受性人口に属する人々及び無自覚に感染性を持った人たちが接触する回数を減少させ、もって新規感染と感染者数を減少させます。

感染の増加局面においては、既存の感染者数ストックや新規感染を減少させることは容易ではありませんが、先行指標として実効再生産数(Re)の変化を見ることで、行動変容が効果を出しているかを見極めることができます。筆者らの分析では、死者数の増加が報告されてから、92カ国の平均で38日間(標準偏差53.4日間)の遅れがあり、そのばらつきも極めて大きいものです。

この極めて長い遅れを伴うバランス型ループ(B2:リスク緩和対応)によって、指数関数的成長傾向が反転し、さらに既存の感染者数ストックが20日間の期間を経て回復していくに従って、新規感染は加速的に減少し始めます。やがて、死者数も減少に転じますが、そうすると人流や接触の制限で押さえ込まれていた経済社会活動へのニーズが高まって、認識するリスクを低下させ、リスク対応行動を減らして、人流や接触数を再び増やします。これが、「ハンマー」で感染を減少させた後、しばしば、季節効果を伴って、再び第二波や第三波が起こってくる基本メカニズムです。なお、死者数の減少から新規感染や実効再生産数の上昇に転ずる遅れは平均245日間(標準偏差188日)と増加局面よりもより長期になっています。

検査に関わる非線形のフィードバック効果

定量的にベースラインを確立し、政策選択肢の効果を検討する上で、重要な影響を及ぼすのは無症状感染者数の存在、検査体制、陽性判定に伴う偽陰性などがあります。実際の感染者数が増えれば、PCR検査の感度である70%の割合で確認感染者数が比例して増えるわけではなく、非線形の効果が加わることをB3の検査による抑制ループが表しています。とりわけ、特殊な機器、試薬、材料、手技訓練を受けた採取者などを必要とするPCR検査は、当初限られた検査キャパシティを余儀なくされる国がほとんどでした。1日に実施できる検査数が少ない状況においては、重症度やリスクなどに応じて疑いの高い人を対象に検査が優先的に実施され、高い陽性率につながります。逆に、検査体制が整うと検査の対象が軽症の患者や無症状感染者にまで広がりますが、陽性率は下がり、感染者に対する確認感染者数の比率は下がっていきます。なお、このモデルでは、確認感染者数の増加がリスク認識を上げる効果よりも、下げる効果が高いことが示されています。そこから推測される市民のロジックは、確認感染者数が桁違いに増えたとしても死者数が相対的に伸びていない場合、むしろ「インフルエンザや風邪程度」などと認識して行動変容は行わないのが世界全体の状況だったと推察されます。

もう一つ観察された非線形の効果は、認識リスクが高まると検査需要が高まって、確認感染者数が増加することです(B4:恐れによる検査需要ループ)。このループ上の変数表記に関して一部説明が不足しているところもあると感じます。論文に記されたポイントは、無症状、軽症者からICU治療を必要とするような重症者まで、症状の重度や潜在リスクによって、検査体制や病院体制での優先漬け順位が行われている現場の実態を織り込もうとしていることにあります。重症度をクラスターに分けてシミュレーションするのではなく、過去のデータに適合する確率分布と平均値を活用して政策シミュレーションを行いやすくしています。

順守疲れ

諸国のデータを見て明らかなのは、波によって死者数の増加への反応の仕方が異なることです。一般に、後の波になるにつれて、リスク対応が鈍くなって、感染者数と実効再生産数の減少のインパクトが逓減しています。このモデルでは、リスク対応の指標として、Googleの人流に関するデータを用いて、国ごとに直近の接触数のパンデミック前との比を指標化し、リスク対応の減少効果(B5:順守疲れループ)を勘案しています。認識リスクの変化が与えるリスク対応行動への影響の感受性は1.24倍としており、もし順守疲れがなく第一波当初のように行動の引き締めを行っていたならば、2020年12月22日までに2.65億人(47%)の感染者と118万人(45%)の死者を回避できていただろうと算出されています。

感染致命率への影響

感染致命率(IFR)は、未確認の感染者の調整を含め、0.51%と推定され、カタールの0.04%からフランスの1.99%まで幅広いばらつきがあります(日本は92カ国中53位)。医療施設は、新型コロナウィルス以外の患者へ医療サービス提供を続けながら、増加する感染者数に対処します。感染者の重症度に応じた適正な医療施設のキャパシティがあるか否かが、年齢構成と合わせて感染致命率(IFR)に大いに影響を与えます(B6:「医療崩壊」による非線形の致命率上昇効果ループ)。

一方で、累積感染者数と経験の増加に伴う学習効果に加え、高齢者や基礎疾患を持つ高リスク群の人々は第一波で亡くなると共に、生き残った高リスク群の人々は、より高いリスク認識とリスク対応行動への順守があるために高リスク群の死亡数が減少し、より若く、低リスクのグループに死亡例が移行していきました(R2:致死率低下ループ)。

致命率低下要因を合わせた効果は、累積患者数の倍増ごとに感染致命率を32.5%減少させると推定されます。一方、インドやロシアなどに見られた医療体制の崩壊によって、実際のグローバル平均の感染致命率は上昇基調に転じています。

図3:感染致死率(IFR)(a)国別IFR推定値、(b)グローバル及び主要国IFRトレンド
COVID_IFR.png

複数の波(振動)をもたらす「遅れのある調整」

実際の感染者数と死者数に関するシステムの挙動は、第一波における急激な成長に対して、リスク緩和対応がとられますが、死者数の減少に伴いリスク認識とリスク対応行動が鈍って再び上昇に転じては、減少を繰り返しています。この挙動を生み出す基本構造は、システム原型「遅れのある調整」であり、それにいくつかの非線形効果が組み合わさっています。(遅れのある調整は、MITで開発された「ビールゲーム」の基本構造とダイナミクスでもあります。)

加えて、コロナ禍の感染状況に対して、基礎疾患や年齢によって異なるリスク状況や安全目標を持つ市民、経済活動を維持・再開したい事業者や安全ニーズに応えたい事業者、医療体制や検査・疫学調査体制の範囲内で対処を迫られる現場、そして、政治的な利害も絡んだ中で安全と経済の舵取りを使用とする行政の間で、バラバラな状況認識と目標設定が起こると、振動の挙動はさらに複雑なものになるでしょう。

次回は、経済とのトレードオフや政策効果を考えます。世界の状況を見るに行政が政策を発動してもしなくても、市民はリスク認識や自衛によって、外出や接触の制限を自ら発します。日本でも、最初の緊急事態宣言の発令の前に、市民のリスク認識の高まりや行動変容が始まっていました。行政や事業者は、この市民・消費者の行動をベースラインに組み込んだ上で、どのような政策や施策を考えるか、モデルからの洞察をひもといていきます。

(つづく)

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