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アダム・カヘンの新著とセミナーからの学び(後編)

前編はこちら)

「全体」は一つか?

いつ協働すべきかを見いだしたら、ついでどのように協働すべきかについて考えます。アダムは、従来型コラボレーションにおいてごく当然とされていた前提が効果を出さずもしろコラボレーションの失敗を助長することをしてきます。

従来型コラボレーションによる対話・協働の擁護者は、しばしば、それぞれの部分はつながっている全体の一部に過ぎず、全体最適のためにつながりの受容を求め、また、全体性を強調したホールシステム・アプローチを提唱します。

しかし、ここでいう「全体」とは何を意味するのでしょうか? システムは数多くのサブシステムによって構成されます。逆に言えば、どのシステムにもより上位の全体があるものです。アダムは、「ホロン」という、それ自体が全体性を持ちながら、同時により大きなシステムの一部であるサブシステムの概念を用いて、全体というのはけして一つではなく、多数の全体があることを強調します。

多様な利害関係者によるチームを集め、そのチームの全体のために話し合おうといったところで、そのチーム全体の利益と個々の利益が一致するのは、せいぜい主催者とファシリテーターだけであることについて、アダムは自らの実践を痛烈に内省しています。

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多数のホロンが入り交じる構造に鑑みれば、他者との協働には、それによって単独ではなしえない新しい機会や便益の可能性がある一方で、所属する集団から敵視される人たちとの協働はその集団内の仲間たちからは裏切り行為にもなりえます。この協働の二面性がもたらす緊張関係に鑑みるならば、参加者を元の集団から切り離して協働チームの全体を考えよというのは虫のよい話です。

「高い場所から見ればすべては1つかもしれないけれど、私たちの住むこの場所では2つなのだ」という詩人レオナルド・コーエンの引用をもとに、全体のために部分や個を軽視することを戒めます。アダムは、部分の間のつながりだけを強調するのではなく、部分間の対立もまた受容する姿勢を求めます。

問題、解決策、計画への合意は必要か?

賛同できない、好きでもない、信頼できない人との協働がうまくいかない一つの理由は、多くの対話は合意形成を目指しながらも、計画や解決策はもちろんそもそも何が問題かにもなかなか合意形成できないことと言えるでしょう。

目的、成果、そのための戦略や行動に関して合意をとるのは、ファシリテーターもクライアントもごく当たり前の前提として抱き、その前提に基づく仕事の進め方をしてきました。しかし、異質な他者とのコラボレーションにおいては、この当たり前こそが、前進を阻む壁の一つであるというわけです。

正確に言えば、「一つの合意」へのこだわりが協働を阻みます。アダムは、合意が一つにまとまらなくとも、前進すること、そして、未来の道筋を探る実験することを提唱します。

アダム・カヘンの取り組んできた協働の取り組みでは、基本的な対話に臨む姿勢やグラウンドルール、信頼関係の構築、何が起こっているかの状況の共通理解、あるいは共通言語の構築を目指しますが、必ずしもビジョン、戦略、行動計画への合意の範囲にはしません。このことは多様な他者を巻き込む上で、特定の行動へのコミットメントを当初から求めないことが重要な入り口になります。

また、アダムは多様な利害関係者によるシナリオ・プランニングの手法を多用します。この手法は、みなで話し合うことで状況の理解の共通化を図ると共に、異なる解釈を認め、未来に何が起こりうるかについては意図的に複数の可能性を探究します。この複数の可能性を認めることが、一つの合意へのこだわりを手放す上で方法論上大いに役立ちます。

実験と言えば、アダムはU理論、レゴなどによる直観法などのさまざまな手法を使い、また、チェンジ・ラボ、ソーシャル・ラボなどのさまざまなラボラトリー学習を展開します。業界やプロジェクトによっては、実験が一つしかできない場合もあるかもしれませんが、多くの場合、複数の実験が可能です。アダムがファシリテーションを行ったサステナブル・フード・ラボでは当初40団体ほどの企業、NGO、シンクタンク、政府機関が集まりましたが、実際の実験はその場にいた2-4団体程度のイニシアチブが自己組織的に多数立ち上がっていきました。

意見を一つにまとめるこだわりを手放し、複数の有力な意見の余地を残すことが、前進を生み出します。実験には失敗がつきものですが、そこに学習が生じて成功への道筋が浮かび上がります。「何もしない」という失敗のコストを明らかにすれば、実験におけるリスクの許容度もより適切に判断できるでしょう。

「一人のリーダー」への依存

私たちは「どうしたら○○(他者)は~~してくれるだろうか?」と考えがちです。セミナーでのアダム・カヘンへの質問の多くも、この形式をとるものでした。しかし、アダムは他者の行動を変えることに主眼をおくことは、どれほど心理的に心安まることではあってもまったくもって生産的ではないと一蹴します。

システム的に考えれば、他者の認知や行動は、状況によって誘発され、その状況とは他者自身だけでなく、"そのほかの"他者の行動よって構成されています。"そのほかの"他者には、"あなた"自身も含まれている可能性が大いにあるでしょう。

経営学者ビル・トルバートの言葉「問題の一部でなければ、解決策の一部になることはできない」を引用しながら、変えることができるのは自分自身の行動のみであることをあらためて確認しています。そして、変化を他者に求めたくなる状況において、自らも変化の準備でもある脆弱性を認めることが必要となります。

従来型コラボレーションにありがちな前提は、「一人のリーダー」が俯瞰し、変化の方向性を指揮することが望ましいと考えることです。「自分には問題も解決策もよくわかっている。それは○○が変わることだ」と発言する人は、自分こそがその状況におけるリーダーであり、他者がフォローさえしてくれればよいという前提を持っているということです。

もっとも、日本でもほかの国でも、このリーダーシップに伴う責任は引き受けたくないと考える人が多数です。そこで、「お上」、大臣、行政、経営者などがリーダーシップをとるべき、とまたほかの誰かになんとかして欲しいという考えが重層的に生じます。

しかし、「一人の優れたリーダー」モデルが、経営でも政治でも強く求められる風潮があるとはいえ、現実には機能していないか、あるいは多数の犠牲のもとに薄氷の上でなりたっているとも言えるでしょう。

私たちを取り巻くやっかいな複合的な問題状況においては、自分であれ権威であれ、どの一人のリーダーにも問題解決を図ることができない、と悟ることが重要だとアダムは説きます。一人ではなく、大勢のリーダーによる「共創」が必要となるのです。

日本において「共創」という言葉は近年よく使われていますが、私たちはつい前のめりになってついてこない人たちを責めたり、反対にほかの誰かが立ち上がるまでは様子見になっていることが多くないでしょうか。共創型コラボレーションでは、指揮者でも観察者でもなく、共にフィールドに足を踏み入れ、一緒にシステムとダンスする人たちが必要であることを求めます。

コントロールへの依存を手放す

ここまで見てきたように、従来型コラボレーションがもつ前提は、「一つの全体」「一つの合意」「一人のリーダー」であり、共通して言えるのは状況に対するコントロールを強化することが解決の指針であることです。この方法は、階層が明確にあってそこへ参加する人たちが自身を犠牲にしてでも受け入れるような状況では機能したこともあります。

しかし、アダム・カヘンの25年の経験では、このコントロールへの傾倒こそが、階層の成り立たない、多様で異質な人たちの集団が複合する集団や社会においては、機能しないだけでなく問題を助長していると考えています。

アダムはそれに変わって、「多数の全体(ホロン)」「多数の可能性」「多数の共創者たち」という前提にした新しいコラボレーションのモデルを求めます。私たちの構成する社会システムにおいては、コントロールよりもはるかに有用なことは理論上も経験上も理解できます。しかし、無意識にコントロールへ依存する多くの私たちには大きな難題となります。それゆえに、アダム・カヘンはこの新しい非従来型のコラボレーションのモデルを「ストレッチ・コラボレーション」と名付けました。

新刊の最大限の意義は、なぜ多くのコラボレーションが多様な集団によって構成される複雑な社会状況においてうまくいかないのか、私たちの頭や心の深層にありがちなメンタル・モデルと、そしてそれに代替する新しいコラボレーションに求められる前提を、いままでよりも鮮明に命名していることではないか思います。

また、今回の新刊で、対話と協働へのアプローチがよりシステム的になりました。今までの対話は、「ホールシステム・アプローチ」のために大宇宙(マクロコスモス)を代表する小宇宙(ミクロコスモス)を集めよ、とするくらいで、実際にどのようにシステム的に協働するのかの記述が限られたものしかありませんでした。

しかし、今回はよりシステム的な観点から練られた構造的な洞察が多く見られます。3つのストレッチは、それぞれシステムの境界とホロン、システムの自己組織化あるいは進化、システムの内因性・代表性の考え方に対応しています。複雑系システムへ対処する新しいコラボレーション・モデルが前作よりもはるかに明確になったように思います。

従来型コラボレーション対ストレッチ・コラボレーション

そして、従来型コラボレーションとストレッチ・コラボレーションのそれぞれの前提を意識することで、状況によって意識的に最適のコラボレーション・プロセスの設計を行うことができるでしょう。

この対比は、ロジカル・シンキングとシステム思考の関係にも似ています。すなわち、問題の性質によって、どちらの考え方を採用するかは意識的に選択すればよく、しばしば補完的に併用すればよいということです。

協働においてもストレッチ・コラボレーションを使う必要性が常に起こるわけではありません。同質的で、階層が強いシステムの中では、全体の範囲を定義し、計画の合意をとって、明確な指揮命令系統で行うことが有効な場合もあるでしょう。ストレッチは必要なときにすればよいのです。

一方で、アダム・カヘンが経験してきたように現代社会の諸問題において、ストレッチを必要とする状況が増えていることも見逃せません。ますます異質な他者たちと向き合う必要性が高まっている日本社会において、ストレッチによる協働の能力を、個人として、集団として培うことは、「複雑・不確実・脆弱・あいまい(VUCA)」時代の乱流の中で持続的にパフォーマンスを出していく上での重要な組織課題、教育課題であると感じています。

(小田理一郎)

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アダム・カヘン氏は、南アフリカでの白人政権や黒人政権へのスムースな移行、さまざまな派閥間で暴力的抗争や政治腐敗の続いたコロンビアの近年の復活、互いに敵対しがちなセクター横断でのサプライチェーン規模の取り組みなど、対立や葛藤状態にある複雑な課題を、対話ファシリテーションという平和的なアプローチで取り組み、成果を残してきました。

世界50カ国以上で企業の役員、政治家、軍人、ゲリラ、市民リーダー、コミュニティ活動家、国連職員など多岐に渡る人々と対話をかさねてきた、世界的ファシリテーターが直面した従来型の対話の限界。彼が試行錯誤のすえに編み出した新しいコラボレーションとは?

職場から、社会変革、家庭まで、意見の合わない人と協働して成し遂げなくてはならないことのある、すべての人へ。相手と「合意」はできなくても、異なる正義を抱えたままでも、共に前に進む方法を記した新著です。

アダム・カヘン氏の新著『敵とのコラボレーションーー賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法ーー』好評発売中です。

変化の理論(TOC)

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