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新年のご挨拶2020~2020年代を展望する(1)この10年を振り返って

2020年01月10日

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明けましておめでとうございます
この正月は、新たな年の始まりであると共に2020年代の幕開けでもあります。

私どもチェンジ・エージェント社は、変化を主導して未来を創造していくための人づくり、組織づくりの支援をしています。どちらも単年ですぐに大きな結果がでる分野ではありませんし、また目の前の問題に対処していくだけでは望ましい未来創造はかないません。むしろ、より長期を見据えて、未来の市場や社会でどんな価値創造をするための人材や組織が求められるか、という視点から取り組む必要があると考えています。

2020年年始にあたって、この10年がどのような時代となるかを展望し、人づくり、組織づくりへの意味合いを考えてみたく思います。まずその前に、弊社の経験から2010年代がどのような時代であったかを、人や組織の側面から振り返ってみましょう。

●社会価値創出への関心の高まり

2010年代は、大きな地殻レベルの変化をきっかけに、乱気流のように様々な変化が現れていきました。10年代前半には世界で多様性の包摂する動きや「アラブの春」をはじめとする民主的な動きが活発化しました。例えば、同性婚を認め、「LGBT」への差別を改めるなどより多様な価値観が受容されていきました。リーマンショックの反省から、世界の数多くのビジネススクールは経済至上主義を改め、ポーターの共通価値創造(CSV)に代表されるような社会価値創造にも取り組む経営の重要性が叫ばれ、マネジメントに求めるスキルの転換が始まりました。日本でも、2011年の東日本大震災以降、多くの人たちが復興支援や社会課題への取り組み始め、企業もリーマンショック後に急激に後退した社会価値創出への動きに再び力を入れ始めます。こうした向社会的、民主的、多様な価値包摂の動きの大きなベンチマークとも言えるのが2015年の持続可能な開発目標(SDGs)と気候変動対策に向けたパリ協定の締結でありました。

日本企業も社会価値創出への回帰の動きを強め、SDGs目標とビジネス目標の統合・両立や、社会課題解決を通じた社会価値の創出と測定、そのための協働、共創などへの関心が高まっていきました。

一方、CSR活動に単に目標を割り当てたSDGsウォッシュへの批判があったり、社会課題解決の事業化や実装化が課題として浮かび上がっています。また、単独ではなくサプライチェーンまで取り組みを広げることや、方針だけでなく成果や課題を情報公開するコミュニケーションへの要請も高まっています。さらに、ソーシャルインパクトの測定、SROIなど結果をしっかりと把握する動き、その学びを活かして策定する「変化の理論(セオリー・オブ・チェンジ)」やセクター・組織をまたがって展開する「コレクティブ・インパクト」などの方法論への関心の高まりにもつながっています。

●多様性、対話の主流化

黒人のオバマ前米大統領や女性のメルケル独首相など、多様性の包摂を象徴するリーダーが活躍したのも10年代前半の特徴です。組織では、ブラック企業の問題が取り沙汰され、また労働人口の減少を見越して働き方改革が進み、主に女性活躍の文脈が中心でしたが、多様性あるいは「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」と呼ばれる施策が推進されました。

人材やマネジャーにもこうした多様性や異なるものを受け容れ、協働することが求められることが多くなりました。ハラスメントの多くが無意識に持っているメンタルモデルから生じていることに象徴されるように、自らの意識や前提を内省したり、探求する力や、異なる他者との対話し、共創する力が求められていきました。日本人という単一民族で、ともすると、壮年男性ばかりが意思決定を行っている組織にとっては風土改革や文化変革が求められ、2000年代にはごく一部の企業のみが取り組んでいた「組織開発」が主流化していきました。しかし、単一性の強い社会文化において、良い意味でも悪い意味でも今まで「あうんの呼吸」で済んでいた職場慣習の転換は簡単なことではありません。トップレベルから深いコミットメントと大胆な施策をとる組織では成果を見ていますが、ほどほどの注力にとどまる組織では成果は停滞し、極端なところでは以前の状態に回帰する動きも強まります。

●多様性、対話への反動とチャレンジ

回帰のトレンドがより鮮明に出たのが2010年代後半の政治状況です。アラブの春の展開による民主的な勢力は、保守勢力や原理主義的な勢力と衝突を長期間続け、大量の難民を発生させていきます。いくつかの国とEUが、難民受け容れに積極的な政策をとりましたが、これが保守的な価値を持つ人々の危機感をあおり、今までの古い体質を象徴し、より保守的でかつ独裁的なスタイルをとる政治リーダーたちが世界各地で選ばれていきました。そのほかの国々でも、このような多様性の包摂や進歩的な価値観を持つリーダー達への反動的な動きが相次ぎます。こうした勢力は、今までの社会変化を巻き戻すような施策を打ち出し、また、調和よりもむしろ対立的な手法をとって短期的な成果あるは断固とした姿勢を示すことで有権者にアピールしているようでもあります。

世界的なファシリテーターのアダム・カヘンは2010年の著書で、力を否定し、対話、つながり、調和などに象徴される「愛」にのみ頼るのは感傷的であり、実行力に乏しいと書きました。一方、愛を否定して、自己主張、自己実現、個別化などに象徴される「力」に傾倒するのは無謀であり、濫用を招きます。彼が主張するのは、力と愛、対立とつながり、主張と対話の双方を受け容れることです。

日本の組織やコミュニティでも、2010年代に引き続き対話の隆盛が続きました。当初は、より多様で進歩的な価値を持つ人たちの間での対話でしたが、やがて組織に対話が導入されるに当たって、保守的な人たちを多く含めて多様な人たちが対話をする機会が多くなりました。しかし、調和=対話であると誤解すると、えてして生ぬるいダイアログ温泉となりがちであり、一方でそれぞれが言いたいことを言うだけにとどまると、目指す変革にはほど遠いものに終わります。日本でむしろ、上手な自己主張やディベートの学び方を強め、同時に聞く能力のレベルアップが必要な状況にあると感じています。

●IT企業の躍進とシステム思考

2010年代のビジネスの動きにも目を向けていきましょう。多くのビジネスパーソンや若い子供をもつ親が実感するように、インターネットを通じたネットワークが個人の生活やビジネスにおいて身近なものとなっていきました。それと平行して、IT企業の躍進もめざましいものです。企業の業績や規模を測る指標はいくつかありますが、時価総額のランキングで見れば、10年代に上位を占めたのはApple, Microsoft, Amazon, Alphabet, FacebookなどのIT企業です。

また、非上場で時価総額の高いユニコーン企業のリストを見ても、ITに関連する企業が上位を占めます。その中でも注目されたのは、配車サービスのUber、宿泊施設・民泊を手配するAirbnbなど「シェアリング・エコノミー」と呼ばれる新しい経済モデルの概念に基づき、需要サイドと供給サイドの双方に「プラットフォーム」を提供する企業の台頭です。これらの企業は、車やホテルなどの固定資産をまったく保有しないままに、すでに業界古参の自動車企業やホテルチェーンをしのぐ時価総額を達成しています。

「人工知能(AI)」、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」などのキーワードは変化しても、こうした高度な情報技術をもとにしながら市場や業界を再定義、再編するような新しいビジネスモデルの創出は、機会であると共に多くの既存企業にとっての脅威をもたらしました。

こうした動きを背景に、2010年代は概念スキルとしてのシステム思考への要請が大いに高まりました。上述のIT企業大手やユニコーン企業でもシステム思考を当たり前のように活用しています。システム思考もいくつか流派があって、弊社やピーター・センゲらが展開するシステム・ダイナミクス学派のシステム思考と合わせて、よりモノ作り、人工物設計に特化したシステムデザインマネジメントも日本で多く見られるようになってきました。また、デザインシンキング、ビジネスモデルキャンパス、シナリオプランニングとの連携への要望が数多く出てくるようになりました。

欧米では、高等教育はもちろんのこと、初等・中等教育においてもシステム思考を教える学校が広がっており、OECDの推進する21世紀型スキルの中核にある「クリティカル・シンキング」の代表的なものがシステム思考です。日本においてもまた、産業政策の観点からも、教育政策の観点からもシステム思考への需要はますます高まり、また、その成果としての社会経済システム、サプライチェーンシステムの変容は、新規事業創出や社会課題解決、SDGsの目標達成の基盤として位置づけられることでしょう。

●鍵となる個人の発達

どんなに大きな社会や業界の変化も、また身の回りの小さな変化も、最初は一部少数の人たちから始まるものです。そして、周囲の人たちからは無視や抵抗を受けることがあっても、粘り強く夢を描き、仲間をつくり、実験を重ねては失敗や経験から学び、そして、閾値を超えて変化が広がります。

変化をつくるこうした人たちのことを、私たちは「リーダー」「イノベーター」「チェンジエージェント」「トランスフォーマー」「チェンジメーカー」など、しばしば事後的に様々な呼び方をしています。

2010年代に起きた様々な変化の背景にも、こうした個人の動きとそして仲間やネットワークの広がりが、時に意図的に、時に自己組織的に起こっていきました。変化を起こすためのプロセスあるいは組織形態として、シャーマーの「U理論」やラルーの「ティール組織」などの概念が注目されることになりました。どれも、「学習する組織」と同様に、組織やその周囲の人たちのコミュニティを、機械的なシステムではなく生命システムと見立ててアプローチし、またシステム科学や他の洗練された手法を織り交ぜて展開します。

こうした変化プロセスを主導するのに鍵となるのが、発達した個人の存在です。日本でも2010年代、キーガン、ウィルバー、あるいはトルバートなどのさまざまな発達段階モデルが日本のビジネス界に紹介されました。どのモデルであったとしても、20世紀の典型的なリーダーではなく、新しい時代のリーダー像であることが特徴です。自身だけでなく他者とともに共有ビジョンを築く、自らの変えるべきは変えることで他者の変容も促す、弱みや不安を自らさらけ出す、対立・矛盾・摩擦の間に身を置くなどが、そうしたリーダーのとる行動の一例です。

また、関連して「マインドフルネス」「レジリエンス」「ネガティブ・ケイパビリティ」など、複雑なシステムの中で変化を導くリーダーに求められる行動習慣や能力について次々と紹介されていきました。

2010年代に日本のビジネス界で主流化した対話、組織開発、システム思考、あるいはコーチングやファシリテーションのように、上述のような新しい概念や手法は、2020年代においてその必要性が高まっていくでしょう。自らその必要性を感じて自己研鑽を行う人は、多かれ少なかれより洗練された手法やプロセスを学んで実践を試みることでしょう。一方で、人材育成のROIで問う場合、その研鑽の成果はしばしば長期に、また、予想外の状況で効果を発揮することが多いために、日本のビジネスや他の組織の間でどこまで普及するのか、今後の展開次第でもあります。

(執筆:小田理一郎)

(つづく)

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