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En-ROADSを活用した研修事例:HSBCアメリカ

気候エネルギー政策シミュレーター「En-ROADS」を企業における意思決定支援の目的で導入した例として、HSBCアメリカの事例を抜粋して紹介します。同社は2018~2021年に2,600人の社員に対してEn-ROADSを組み込んだ研修を掲載し、社員たちが気候-エネルギーシステムの理解を高めて社内の気候対策活動を高め、クライアントの気候リスク評価を支援し、関連するさまざまな課題へのエンゲージメントを高めて企業間の協働を促進しています。

詳細は、Florian Kampier他「Science-based analysis for climate action: how HSBC Bank uses the En-ROADS climate policy simulation」(Syst. Dyn. Rev. 37, 333-352 (2021))に掲載されていますので、こちらをご覧ください。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/sdr.1697


気候変動を議論し、深く理解し、行動する

HSBCは、国連のパリ協定目標(産業革命以前からの気温上昇1.5~2℃未満)を支持し、気候変動及びサステナブル金融政策を通じて、低炭素経済への移行することにコミットメントを表明しています。同社のサステナビリティ部門はさまざまなツールや方法論を用いていますが、中でもEn-ROADSはその中核に位置づけられます。これまでに幹部層を中心に30回にわたる「En-ROADSワークショップ」を開催して300人が参加し、また、En-ROADSを活用したリスクマネジメント研修「移行リスク研修」を開催して2,300人の銀行員と信用リスクマネジャーが受講しました。(いずれも論文執筆当時。2021年11月掲載)

HSBC社員向けのEn-ROADSワークショップは、1時間で次の流れで行われます。

  1. 導入:気候科学とリスクに関する基礎知識とEn-ROADSのデモ
  2. 探索:参加者によるEn-ROADSを使ったインタラクティブな探索
  3. 全体対話:参加者は、HSBCの気候変動への取り組みを政策レバーと関連付けて述べ、もしグローバルに展開されたときどれくらいのインパクトが出るかを予想する。ファシリテーターはその政策レバーを実行し、インパクトをグループと一緒に検討する
  4. 振り返り:参加者が自分たちの反応や感情を共有し、洞察を話し合う

研修後アンケートによれば、ワークショップ後の効果は以下の通りです。

  • 気候変動について「話す」能力に自信をもった
  • 自社コミットメントのより深く理解した
  • 気候アクションをとることへの動機付けとなった

En-ROADSによるインタラクティブな探索のおかげで、参加者自身のシナリオをつくることが可能となり、参加者たちが異なる政策や意味合いやインパクトを評価し、そしてHSBCの戦略及び自分自身の役割が何かを深く考えるように促します。また、En-ROADSの透明性と最新科学の反映により、ディベートやディスカッションの質も高まります。これらの成果は、En-ROADSが促進する共同学習プロセスによってもたらされ、ファシリテーターが参加者に主導権をもたせることで、参加者同士が一緒に学び、気候変動に関する前提を議論することができるようになります。

HSBCでは、さまざまな職位の人たちにワークショップを30回にわたり提供していますが、早期からより上位の役職者を対象に実施したことが功を奏しました。それによって経営陣の間でサステナビリティの優先順位、事業戦略におけるサステナビリティの位置づけ、サステナビリティ戦略との連動が高まり、より一貫性のあるメッセージが組織内へと広がっていきました。例えば、同社COOと不動産事業責任者は、エネルギー効率及び再エネが気候変動の緩和に与える影響を議論し、オフィス及びデータセンターのエネルギー利用の削減目標の重要性を明確化しました。

社員たちは、早期の排出量大幅削減の緊急性を認識し、同社戦略とそれぞれのアクションの結びつきを認識します。例えば、以下のようなポイントが議論されました。

  • どれくらいのスピードの省エネや電化がパリ協定に貢献するか
  • 電力セクターにおける税、補助金、規制の影響はどれくらいか
  • 化石燃料インフラの市況、座礁資産リスクはどれくらいか
  • 新技術やCCSのインパクトはどれくらいか
  • 炭素価格の価格レベルや段階的導入の異なるシナリオが同銀行の高炭素セクターの資産にどのような影響を与えるか

En-ROADSワークショップの参加者たちのよくある疑問は、1.5 - 2℃目標を実現する排出経路への移行にどれだけのコストがかかるかです。中には、そのコストが莫大すぎて行動には値しない、あるいは、緊急性が高くとも政策立案者は決して行動しないと結論づける人もいます。En-ROADSはこのような懸念についての議論も促進します。

温室効果ガス(GHG)排出量削減のコストは、気候変動によって引き起こされる物理的な損害のコストと比較検討する必要があります。これには、作物収量の減少、海面上昇、異常気象の増加、海洋酸性化、その他の影響による健康、寿命、経済生産への重大な害が含まれます。統合評価モデルは、温暖化が進むにつれて国内総生産(GDP)を減少させる「損害関数」を通じて、これらの損害を把握しますが、その推定値は研究によって大きく異なります。En-ROADSは、ユーザーが文献の範囲にまたがる損害関数を選択し、独自の仮説を検証し、2100年まで失われるGDPの正味現在価値と炭素の社会コスト(1トンのCO2 排出による経済損失)を直ちに確認できます(図1)。

GDPloss.png
SocialCost.png

図1 En-ROADSで試算されるGDPの損失額と炭素の社会的コスト
左上グラフは、さまざまな損失関数の推定毎に示された気温上昇に対するGDP損失額を示す。ユーザーは独自の損失関数を前提諸元メニュー選択してシナリオを策定できる。このシナリオでは、「ディーツ&スターン」の損失関数を選択(2℃で2.6%減少、最大減少率98%)、現在価値を算定するための社会的割引率は広く使われている年率2%を選択し、気温は3.5℃の上昇が見込まれる。右上グラフはGDP世界合計、左下グラフは気候変動による世界のGDP損失額を示す。2100年にはベースラインの723兆ドル(右上黒線グラフ)対して気温上昇による損失を加味すると517兆ドル(右上水色グラフ)となり、206兆ドルの損失(左下青線グラフ)が見込まれる。この金額を2022年の現在価値に換算したのが左下赤線グラフである。右下表に示すように、GDP損失の累積額の現在価値は1,088兆ドルとなり、排出されるCO2あたりに換算した社会的コストは、CO2トンあたり1,505ドルと算定される。
シナリオリンク: https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.7.0&p243=2.6&p242=98&p252=2&g0=54&g1=139&lang=ja
(論文執筆当時の2021年バージョンから2022年バージョンに更新されたため、論文図表の金額に多少の差異が生じています)

コストベネフィットの議論において、もう一つ重要な不確実性は、排出削減コストです。風力発電、太陽光発電、蓄電池、電気自動車などの気候変動にやさしい技術のコストは劇的に低下しており、En-ROADSのモデルにも内生的に組み込まれています。

より重要なのは、GHG排出量を削減する多くの政策が、経済厚生を改善する「コベネフィット」を生み出すことです。Climate Interactiveのベス・ソーインは、GHG排出量を削減し、短期的な雇用創出、健康増進、コミュニティの回復力向上、社会的・環境的正義の向上などのコベネフィットを生み出す行動を表すために「マルチソルビング(複数の社会課題解決)」という用語を定義しました。

マルチソルビングは緩和コストを削減し、場合によってはそれを上回ります。例えば、健康のコベネフィットは緩和コストを1.4対2.45で上回りました。例えば、以下のようなものです。En-ROADSのPM2.5 排出量で示されるように、石炭生産量の減少は直ちに大気の質を改善し、すべての人々、特に発電所やその他のPM2.5 発生源の近くに不当に住んでいる歴史的に不利な人々に恩恵を与えます。マルチソルビングは、ESG投資に対する金融業界の要求が高まる中で、ますます関連性が高まっています。

これらの社内での議論は、同社のクライアントや各セクターでの協働者たちとのアクションにもつながっていきます。

低炭素社会へ移行する影響のアセスメント

En-ROADSは、低炭素社会への移行に伴う移行リスク分析にも活用できます。移行リスクは、ネットゼロまたはマイナス排出への移行を加速させる行動から生じる企業の財務リスクを把握するものです。化石燃料業界の物理的な資産の座礁資産化は明白ですが、さらに、ビジネス及びバリューチェーンが直接・間接に化石燃料や規制枠組みに依存していることによって、例えば電力供給、分配、価格など、さまざまな攪乱のリスクが存在します。

2300人の銀行員と信用リスクマネジャーが、リスクマネジメント・トレーニングの一環でEn-ROADS活用を活用しました。この研修の冒頭、ファシリテーターは自動車部品業界にとって、輸送セクターにおける電化の影響に関するシミュレーションを見せて、移行リスクに関するディスカッションを始めて、パリ協定シナリオが、炭素集約型セクターの顧客に影響を及ぼす特定の移行リスクにどのように影響するかを考えます。

  • 規制リスク(内燃機関自動車フェーズアウトの政策方針)
  • 技術リスク(自動車業界の電化に伴う破壊的技術の採用)
  • 最終ユーザーの需要リスク(電気自動車やハイブリッド車に対する消費者の嗜好変化)

パリ協定目標(上昇1.5-2度未満)を実現する排出経路はどれも急速な脱炭素化を必要とする一方で、低炭素・ゼロカーボンのエネルギーミックス、エネルギー効率、森林や炭素除去を通じたマイナス排出など異なる政策の組み合わせがありえます。

例えば、図2は共通社会経済経路(SSP4.5)における排出経路の2シナリオで、グラフはエネルギーミックス(左上)と天然ガス需要(右上)を示します。両シナリオとも、土地利用などの温室効果ガスに関する基本的な政策は同じである。また、シナリオ1(図2上)では、炭素価格が110米ドル/トンで、10年かけて段階的に導入されます。炭素価格が上昇するに従い、天然ガスを含むすべての化石燃料の需要と価格が低下し、天然ガス需要はベースラインより大幅に減少していきます。一方、シナリオ2(図2下)では、エネルギー効率と電化の向上により、石炭の段階的な廃止が急速に進みます。シナリオ2では、天然ガスが石炭に取って代わり、天然ガスの需要がベースラインより数十年も増加していきます。

シナリオ1
CP110Scenario.png

シナリオ2001489-02.png図2 気温上昇抑制のさまざまな政策、行動、ビジネスへの影響シナリオ
上図も下図も同じ共通社会経済経路における異なる政策ミックスのシナリオを示す。共通する政策は、森林破壊抑制、メタンなどの温室効果ガス削減、植林の推進である。異なる政策について、上図シナリオ1では「炭素価格」=111ドル/tCO2としている一方、下図シナリオ2では、新規の石炭インフラ建設を2025年に停止、輸送のエネルギー効率を年率3%改善、輸送の電化率50%、民生・産業のエネルギー効率を年率3.5%改善、民生・産業の電化率60%改善とした。
上図シナリオ1リンク:https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.7.0&p39=111&p57=-7&p59=-30&p65=30&g0=2&g1=7&lang=ja、
下図シナリオ2リンク:https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.7.0&p211=1&p47=3.5&p50=3&p53=50&p55=60&p57=-7&p59=-30&p65=30&lang=ja
(論文執筆当時の2021年バージョンから2022年バージョンに更新されたため、論文図表のシナリオ1の110ドルを111ドルに微調整しています)

2100年までの温度上昇予測は両シナリオで同じですが、異なる政策により、エネルギー需要・供給ミックスは著しく異なり、特定の経済セクターとそのビジネスへの影響も異なります。シナリオ1(図2上)における天然ガスの急速な減少とそれに伴う低価格は、天然ガス資源とインフラの価値を低下させ、座礁資産損失をもたらすでしょう。しかし、シナリオ2(図2下)では天然ガス需要が増加し、今後10~20年間は天然ガス資産の収益性と価値が高まります。カスタマイズされたEn-ROADS Proは、異なる産業部門の営業利益やオンライン版では利用できないその他の変数など、異なる経路がもたらすと思われる財務的影響を捉えています。2100年時点で同じ気温をもたらす2つの経路が、今後数十年の間に大きく異なる財務リスクと結果をもたらすことを理解している経営者は、自社の融資や投資ポートフォリオの移行リスクをより適切に評価することができるでしょう。

En-ROADS研修の成果と実施上の課題

HSBCにおけるEn-ROADSの活用は、気候・エネルギーシステムに対するより深い洞察、顧客行動に対するHSBCの取り組みのより深い理解、そして気候変動緩和の可能性に対する楽観的な見方をもたらしました。HSBCの社員たちは、金融商品がどのように HSBCの環境および社会的目標の達成に役立つかをよりよく理解しています(例:グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンなど)。また、気候変動と信用リスクの関連性についても、より深く認識されるようになりました。En-ROADSは、気候変動対策に関するビジネスチャンスと、それがHSBCの戦略や銀行のリスク許容度にどのように適合するかを、銀行員に説明する方法を提供しました。

En-ROADSを活用した研修を展開する、HSBCにとっての重要な課題であり、また他の導入企業にもかかわるかもしれない課題は、第一に経営陣の賛同、第二に適切な人的リソースの確保です。

サステナビリティ部門は、各エリアの経営陣の賛同を求め、経営陣がワークショップに参加したエリアではEn-ROADSワークショップへの明確な指示がありましたが、そうでないエリアでは社員によるワークショップの参加は限定的でした。

HSBCでは試験運用から展開までの反復的な学習プロセスに18ヶ月を要し、一人のファシリテーターがClimate Interactiveの支援を受けながら、5-30人を対象とする各セッション後のフィードバックを元にワークショップの構成の改善を続けていきました。ファシリテーターの能力の開発は重要です。当初、熟練したファシリテーターの集団を準備する予定でしたが、複雑な気候科学とダイナミック・モデルに精通し、同社のサステナビリティ戦略をしっかりと理解し、人前で話す能力に優れ、自律的に適応できる人材は、そうそういるものではありませんでした。プログラム責任者及び3人のメンバーによる共同ファシリテーションにして、また、開催規模を縮小して質の低下を避けるようにしました。

その後、米国から他国へ展開するにあたっては、経験豊富な米国のプログラムリーダーが仏、独、UAEの各国で選定されたメンバーたちにトレーニングを提供し、また共同ファシリテーションを展開することで有機的なファシリテーターの拡大につながりました。さらに、必須受講となっていた「移行リスク研修」にEn-ROADSを組み込むことで、世界2300人以上の社員が経験することにつながりました。

必要に応じて、Climate Interactiveに支援を要請したり、2021年11月現在世界に410名登録しているEn-ROADS Climate Interactive親善大使を採用することは社内チームの能力開発を加速するでしょう。

フィードバックを通じてワークショップの質をモニターし、実際に施策の変更や行動変容につながっているかを評価しながら、継続的改善に取り組むことが重要です。

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