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オットー・シャーマー「今の時代の盲点を考察する」(1)

2008年05月21日

今号では、社会テクノロジーとして注目される「U理論」について、ドイツ、プレゼンシング・インスティテュートのオットー・シャーマーの論文を5回に分けて掲載します。この論文は、彼が2007年に英語で発刊した著書『U理論:出現する未来からのリーダーシップ』の要約となっており、チェンジ・エージェント社が翻訳したものです。

この論文の日本文全文をお読みになりたい方は、こちらからご覧ください。


オットー・シャーマー 
「今の時代の盲点を考察する」(1)

私たちの集団的な能力を開発する

今私たちは、多くの組織の失敗から、全体として誰も望まない結果を生み出す時代を生きている。気候変動、AIDS、飢餓、貧困、暴力、テロ、そして、私たちの社会的・経済的・環境的・精神的な幸福の土台である地域社会、自然、生命の破壊。より意識して、かつ意図をもって戦略的に問題に対処するために、今の時代が求めているのは新たな気づきと集団によるリーダーシップ能力である。そのような能力を開発することで、可能性に満ちた未来を創り出すことができるだろう。

盲点に光を当てる

現代の多くの問題解決を図る私たちの試みは、なぜこれほどまでに失敗ばかりするのであろうか? なぜ私たちは今、これほど多くの苦境から抜け出せずにいるのだろうか? 私たちが集団としての失敗する原因は、リーダーシップや革新的な変化の、より奥深くにある様相が見えていないことにある。この「盲点」は、私たちの集団としてのリーダーシップにおいてだけではなく、日常の社会的相互関係の中にも存在する。私たちには、効果的なリーダーシップと社会的行為が生まれる源泉が見えていないのだ。

私たちは、リーダーたちが何をどのように行うかについては、よく理解している。だが、その内なる空間、つまりリーダーたちの行動の源についてはほとんど理解していない。リーダーシップが成功するか否かは、いかなる状況においても、リーダーたちがその状況に持ち込む注意や意思の質次第なのである。二人のリーダーが、同じ状況で、同じことを行ったとしても、行動の源となる各々の心の内面の空間の違いから、まったく異なる結果をもたらしうる。リーダーの内面空間の本質は、私たちにとって謎に包まれている。しかし、スポーツ選手の心の内面の様相についてなら、私たちは多少なりとも知識がある。スポーツ選手が大会に向けて準備する際、選手の考え方やイメージにどのようなことが起こるかの研究が行われてきたからだ。この知識から、いわゆる「内から外へ」の働きかけによって、スポーツの成績を向上させるために組み立てられたさまざまな実践が生み出されている。だが、経営や、革新的な変化を起こすリーダーシップの分野では、こういった内面空間の様相についてはほとんど知られておらず、内から外に働きかけによって経営の成果を向上させるための手法が適用されることもほとんどない。ある意味、このような知識の欠如が、リーダーシップや経営に関する私たちのアプローチの「盲点」と言える。

リーダーシップの目に見えない部分の様相が私たちの根源であるにもかかわらず、私たちはそれをほとんど理解していない。

根本的に、リーダーシップとは、個人やグループが状況に対してどのように注意を払い、そしてどのように対応するかを決定し、転換することである。問題なのは、大半のリーダーが、自分たちが組織で用いている注意の構造的習慣を、変えるどころか、認識すらできていないことだ。

どんな企業風土においても、注意の習慣を認識できるようになるには、とりわけ「聞く」ことの特殊な技術が必要になってくる。私は、10年以上にわたって組織内の人々のやりとりを観察した結果、「聞く」という行為には4つのタイプがあることに気づいた。

聞き方1:ダウンロードする
「ああ、そのことならもうわかってるさ」。

私はこのタイプの聞き方を「ダウンロード」と呼んでいる。習慣的な判断を再確認する聞き方だ。すべてのできごとが、すでに自分の知っていることを確認している場合、それはダウンロードして聞いているのだ。

聞き方2:事実に基づく
「あっ、あれを見て!」 

このようなタイプの聞き方は、事実に基づくか、または対象に着目した聞き方だ。事実や、新しいデータ、今までの知識と整合しないデータに注意を払うことによって聞いているである。判断をめぐる自分の内なる声に耳を貸さず、自分のすぐ目の前の声に耳を傾ける。すでに自分が知っていることと異なるものに焦点を当てる。事実に基づく聞き方は、すぐれた科学の基本である。データに語らせているのだ。質問をし、そしてそれに対する答えに、注意深く関心をもつのである。

聞き方3:感情移入する
「うん、そうだね。きみの気持ち、すごくよくわかるよ!」 

このように深いレベルで相手を聞くのは、感情移入した聞き方である。真の対話を行い、注意深く関心を寄せると、そもそも聞くことの根源の場所で起こる重大な変化に気づく。私たちは、ものごとや人や事実という客体の世界(「それの世界」)を見つめる段階から、生きて進化する自身(「あなたの世界」)の話に耳を傾ける段階へと移行する。私たちが「気持ちはよくわかる」と言うとき、頭で抽象的に知ることを強調しがちだ。しかし、私たちが、他者がどう感じているかを本当に「感じる」ためには、心を開かなければならない。開かれた心だけが、私たちに、内面から他者と直接結びつく感情移入の力を与えてくれる。そうすることで、私たちは関係性の新たな領域に入りながら、深遠な変化を感じとる。自分自身の立場を忘れ、他の誰かの目を通すと世界はどのように見えるかが見え始めるのだ。

聞き方4:生成する
「自分が経験していることをことばで言い表せない。私の存在全体がスローモーションのようだ。私は今までになく静かで、ここに存在して、真の自分を感じている。自分を超える大きな存在とつながっているのだ。

このタイプの聞き方は、現在の領域を超えて進展し、私たちをさらに深い出現の世界へと結びつける。私はこのレベルの聞き方を「生成的な聞き方」と呼ぶ。つまり未来の可能性という、出現しつつある領域から聞くことである。このレベルで聞くには、私たちは自分の開かれた心にアクセスするだけでなく、自分の開かれた"意志"――出現するかもしれない未来の最高の可能性とつながる能力――にアクセスする必要がある。私たちはもはや外側にある何かを探しはない。もう目の前の誰かに共感するわけでもない。私たちはすっかり別の状態になっている。この経験の感覚にいちばん近い言葉はおそらく、「聖餐」または「恩寵」であろう。

レベル1の聞き方(ダウンロード)から行動を起こすとき、会話は、すでに知っていることを"再確認する"ものになる。自己の考え方の習慣を再確認するのだ。「ほら、あの人ときたらまただ!」というように。レベル2の聞き方(事実に基づく聞き方)から行動を起こすとき、すでに知っていることを"反証し"、そこにある新しいことに気づく。「おや、今日はこれがものすごくちがって見えるぞ!」という感じだ。レベル3の聞き方(感情移入した聞き方)から行動を起こすことにすると、ものの見方の"視座が変わり"、他者の目を通して状況を見るようになる。「いやはや、今ならきみがこのことをどう感じているか本当によくわかる。感じることもできるよ」と。そして最後に、レベル4の聞き方(生成的な聞き方)から行動を起こすことを選ぶと、会話が終わる頃には、その会話を始めたときの自分とは別人であることに気づく。未来の最善の可能性と最高の自己について知る、あなた自身を知ることによって、深い根源へとつながる、微妙ながら深遠な変化を経験するのだ。

あとがき

今号でご紹介しているオットー・シャーマー氏とは2007の11月にお会いしました。とても誠実で、思慮深い人物であり、ファシリテーターとして彼の課題に対して真摯に向き合う姿勢にはとても感銘いたしました。

比較的変化が画一的だった20世紀では、問題のパターンをすばやく認識して、すでに持っている答えをあてはめるだけでも、他の人よりも速く、効率的であれば一定の成果を挙げることも可能でした。

ところが、複雑で変化の激しい21世紀においては、この問題のパターン認識とダウンローディング的な反応では通用しないことが明らかになっています。まさに、「ジェネレイティブ(生成的な)」思考とリーダーシップが求められています。

彼の論文は、新しいリーダーシップのあり方について、シンプルでわかりやすく、それでいて深遠な形で私たちに語りかけてくれます。21世紀に組織や社会でリーダーになっていく人たち、そして組織やコミュニティを開発、デザインするすべてのプロフェッショナルの方にお読みいただきたい論文です。


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