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オットー・シャーマー「今の時代の盲点を考察する」(2)

2008年05月28日

深い注意と意識

注意と意識の深まった状態は、一流スポーツ選手たちの間でよく知られている。たとえば、史上最強のバスケットボール・チーム(13年間に11回優勝したボストン・セルティックス)の中心的選手だったビル・ラッセルは、この領域でプレーするという経験について、次のように述べている。

「セルティックスの試合は、時としてものすごい熱気を帯びて、体や精神のレベルのゲームを通り越して、マジックみたいになった。その感覚は言葉にするのが難しく、現役の間にそれを語ることはまったくなかった。ひとたびその状態になると、私は自分のプレーが新たなレベルに昇華するのを感じた。いつも起こるわけではないし、続くのは5分から10分間、あるいはもう少し長いくらいだ。3つ、4つのプレーくらいではその状態にはならない。その感覚は、私やセルティックのチームメイトだけでなく、相手チームの選手や審判までも包みこんだ。

その特別なレベルに達すると、あらゆる不思議なことが起こった。試合は白熱した競り合いとなったが、それでも私はどういうわけか競争心を感じなかった。そのこと自体が奇跡だ。私は最大限の力を出し、体を酷使し、肺が飛び出るかと思うほど息を切らせて走ったが、決して痛みは感じなかった。試合はものすごい速さで動き、一つひとつのフェイントやカット、パスがあっと驚くようなプレーになったが、それでも私はどんなプレーにも驚くことはなかった。まるでスローモーションで動いているような感じなのだ。その状態が続いている間は、次のプレーがどのような展開になるか、次のシュートがどこから出るかが、ほとんど直感的にわかった。相手チームがボールをインバウンズに入れる前でも、私にはそうなるということを鋭く感じることができたので、チームメイトに「そこに来るぞ!」と叫びたいと思ったものだ――ただ、もしそう叫んだら、すべてが変わってしまうことがわかっていた。私の予感は常に的中し、そんな時の私はいつも、すべてのセルティックスの選手はもちろん、相手チームの選手のこともそらでわかったし、彼らもみな私のことをわかっていると感じた。選手生活の間に、感動したり喜びを感じたりしたことは何度もあったが、背中にゾクゾクする感覚が走るのを感じたのは、こういった瞬間だった。

......この特別なレベルで試合が終わったことが5回か10回かあったが、そのときの私には、文字通り、試合の勝敗はどっちでもよかった。もし負けたとしても、私は空を飛ぶ鷹のように高く自由だった」
(ウィリアム・F・ラッセル著、『Second Wind: The Memoirs of an Opinionated Man』、1979年)

ラッセルの描写によると、プレーが通常の状態から最高点へと向かうとき、時間の進み方は遅くなり、空間が広がり、コートの全景を認知し、選手間の境界が――相手チームの選手との間にさえ――なくなる、という経験をする(図2の、領域1と2から領域3と4への動きを参照)。

 世界中の一流スポーツ選手やチャンピオン・チームが、最高のパフォーマンスの段階へと向かう洗練されたテクニックの獲得に取り組みはじめて、ラッセルが語るような経験が起こりやすい状態を作り出している。その一方で、ほとんどの企業のリーダーたちは、このようなテクニックをもたずに行動している。実際のところ、このようなテクニックがあるということすらまったく気づいていないのだ。

 効果的なリーダーになるためには、私たちはまず、自分の行動の元になっている領域、つまり内面の空間を理解しなければならない。U理論では、このような「注意の領域構造」を4つに分け、そのうちにどの領域構造にあるかによって、4つの異なる行動様式が生み出される。これらの異なる空間構造が、私たちの聞き方に影響を与えるだけでなく、グループのメンバーがどのように互いに意思の疎通を図るか、そして、組織がどのように彼らの力の構造を形成するかということにも影響を与える(図2)。


図2.注意の構造が社会的出現の道筋を決定する:

私たちの時代の主要な課題に対処するためには、領域1や2を元に行動を起こすのではなく、全システムのレベルでの行動を領域3や4のレベルまで高めていく必要がある。


図2の4つの列は、人々が通常自明の前提としている社会的領域の4つの基本的なメタ・プロセスを表している。

・考える(個人)
・会話する(グループ)
・構造化する(組織)
・生態系と協調する(全地球的なシステム)

 アルバート・アインシュタインが、「問題を生み出したのと同じレベルの意識では、その問題を解決することはできない」と言ったことはよく知られている。おおむね19世紀や20世紀の現実を反映した「反応」型のメンタルモデル(領域1と領域2)をもって21世紀の私たちの課題に対処しても、欲求不満や皮肉、怒りを高めるばかりである。4つのメタ・プロセスのすべてにわたって、深く生成的な根源から対応することを学ぶ必要がある。

要約すると、状況に対する私たちの注意の払い方が、個人であっても集団であっても、そのシステムのとる道筋と、それがどのように出現するかを決定する(図2)。4つのレベルすべて――個人、グループ、組織、全地球――において、受身の対応をして症状レベルに応急処置を施すこと(領域1と2)から、全体の根源的問題に対処する生成的な対応(領域3と4)に移行することが、私たちの時代におけるリーダーシップの課題として最も重要である。


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