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世界のチェンジ・エージェント(1)ピーター・センゲ氏

2014年05月19日

会社名でもある「チェンジ・エージェント(変化の担い手)」を目指し、また、変化の担い手の応援や育成のお手伝いをしていく中で、社会や組織で実践を重ねる数多くのチェンジ・エージェントの方たちとお会いしてきました。そうした出会いの中でも、印象深く、大きな影響を与えてくださっている方々の実践について振り返っていきたいと思います。1回目は、20世紀の経営を大きく変えた人物の一人と評される、ピーター・センゲさんについてです。

ピーター・センゲさんは、米国MITの上級講師であり、また、世界中に組織学習の実践コミュニティをもつ組織開発協会(SoL:ソル)の共同創始者でもあります。システム・ダイナミクスを学んだ後に、専門毎に分かれていた人づくりや組織づくりの諸分野の第一人者と交流しながら、企業などでの実践する経営者たちとの議論を重ね、新しい組織のあり方としての「学習する組織」を提唱したことで知られています。80年代にシェル、ハノーバー保険などの欧米企業で重ねた実践について紹介した『The Fifth Discipline』を1990年に発刊し、世界中で100万部以上を販売するベストセラーとして読まれるようになりました。(日本では1995年『最強組織の法則』として紹介されました。)

21世紀に必要となる組織像を提示し、人と組織がそれぞれ成長、発展をする好循環を導き出すための手引き書となったこの本は、企業はもちろんのこと、学校や病院、政府組織、国際機関、NGO(非政府団体)などさまざまな組織の人たちに読まれ、その考え方やツールが実践されています。そうした広がりの様子は、最近日本語版が発刊された『学習する学校』を含む3冊のフィールドブックと、2006年に出版された『The Fifth Discipline』改訂増補版である『学習する組織』などで紹介されています。

センゲさんの貢献は数多くありますが、ポイントを3つあげてみましょう。第一に、「志の育成」「共創的な対話の展開」「複雑性の理解」という3つの鍵となる能力として捉えることで、それまでは縦割りに行われてきた、組織づくりや人材育成などの研究や実践の綜合をはかっていることです。センゲさん自身は、MITのジェイ・フォレスター教授の下でシステム・ダイナミクスを学んでいましたが、ハーバード大学のクリス・アージリス氏やドナルド・ショーン氏らに師事して組織開発の基本となるメンタル・モデルの理解を採り入れ、物理学者のディビッド・ボーム氏からチーム学習の核となるダイアログについて学び、そして芸術家兼コンサルタントのロバート・フリッツ氏と共に自己マスタリーについて深め、チリの生物学者ウンベルト・マトゥラナ氏たちと生命システムの本質に関する理解を深めるなどしてきました。学際的なアプローチで、組織の現場に必要なことをまとめていったのです。それによって、それぞれの分野が互いの弱みを補完すると共に、強みを高め合う相乗効果を出せるようになりました。

第二のポイントは、複雑性の理解です。それまで、システム思考と言えば、博士課程を終えた研究者やコンサルタントでなければ活用が難しく、普通の現場の社員や経営者にはなかなか理解できないもので、実践の普及が進んでいませんでした。センゲさんは、ドネラ・メドウズ氏が市民にもシステム思考の洞察を活用できるようにと開発した「システム原型」をビジネス分野に応用し、経験の浅い社員やマネージャーにも、長期的に起こる市場や競争のダイナミクス、プロジェクトマネジメントや組織運営の経験則を学び取りやすいものにしました。同じ頃、ゴールドラット博士がシステム思考の「制約理論」を使って生産システムの改善に大きな成果を挙げましたが、システム原型は生産分野以外への汎用性も高く、管理部門や営業マーケティング部門、或いは全社的な組織運営に活用しやすいものとなっています。

第三のポイントは、ビジネスなどにおける仕事を人生観や人のあり方、生き方と統合する自己マスタリーを深めたことにあります。ともすると、システム思考や対話などは、スキルやテクニックとして活用し、競争や利益の道具とされるにとどまりがちですが、個人や組織として定めた価値観を日々の実践で体現し、常に学び高め続けるあり方は、目的達成の手段であると同時に、それ自体がより高次な目的をなすものともいえるでしょう。中国で、センゲさんの本が爆発的に読まれているのは、こうした自己啓発を促す側面が大きな理由と言われています。また、個人の目的意識や生き方への啓発や自己変容は、U理論などにも発展していきました。

実際に、センゲさん自身、自らを学習者として、或いは主体的な学習者の支援者としてのあり方を貫こうとしています。本にも紹介されていますが、センゲさん自身はどちらかというとせっかちで、チームの目標達成のために、気合いと根性で仕事をするタイプだそうです。しかし、実際にお会いして一人ひとりと接する様子を見るに、そんなことはまったく感じられません。

初めてセンゲさんと出会った共通の友人のホームパーティーでのできごとですが、私たちと日本のことについて会話をしているときに、その家の子どもたちが興奮して「ピーター!ピーター!」と駆け寄ってきました。センゲさんは、落ち着いて私たちに「失礼します」というと、子ども達の目線にあわせてしゃがみ、顔をしっかりと見つめながら、子どもたちの興奮した話を集中して聞きました。センゲさんにしっかり話を聴いてもらった子どもたちは満足げに走り去っていきました。そして、彼は私たちとの間の会話に戻ったのです。ほんの数十秒のことでしたが、どんな相手にも敬意を払って集中して聴くことを実践されていることに感嘆しました。

センゲさんは、今でもMITで教鞭をとり、企業や国際組織などの経営者、マネージャーの能力開発に携わる傍ら、世界の経営者、政治家、市民活動家、科学者、宗教家などのさまざまな分野の第一人者たちを集め、対話を広げています。さらに、話し合いだけでなく具体的な行動や成果につなげる数多くの国際プロジェクトを起ち上げ、実施の支援を行ってきました。その代表的な例をいくつか紹介します。

サステナブル・フード・ラボは、栄養不良・健康問題や食料危機、不平等などの脆弱性が指摘される食料システムの改善を目指して、五大陸をまたぐ民間・政府・市民セクターが協働するプロジェクトです。システム思考やU理論を活用して、自己変容や協働ネットワーク構築を促し、従来の組織の論理では考えられなかったようなたくさんのイニシアチブを生み出して数多くの成果を生み出しています。センゲさんは、リーダー開発、能力開発やプロセスデザインの面で指導しています。

気候変動問題では政府間交渉が思うように進まない中、米中欧などの鍵となる国々の交渉団やメディアに対して、科学的な知見をもとに政策毎にどれくらいの温室効果ガス排出量削減や温度変化を実現できるかをシミュレーションするC-ROADというシステム・モデルを提供して、政策や交渉の議論を促進しています。センゲさんは、そのモデルの親善大使として、各国の有力者に働きかけています。

今後のグローバルな課題解決の鍵を握る中国については、急成長するエネルギー使用に対して、エネルギー計画用に作られたEN-ROADというシミュレーションソフトをさらに中国の地区単位で検討できるようにモデルを開発しています。センゲさんは、頻繁に中国に足を運び、中国の地方政府や大学に働きかけて、地域ごとのエネルギー効率を向上し、温室効果ガス排出に歯止めをかけるための後押しをしています。また、中国の意思決定者たちだけでなく、これからの将来を担う子どもたちへのシステム思考の教育にも力をいれ、東洋思想と近代的システム思考を統合した教育の普及も行っています。

センゲさんの夢の一つは、東洋と西洋が手をとって、グローバルな課題の解決のために境界を越えて話し合い、協働する風土と人材を広げて行くことです。1997年にボストンで設立されたSoL(組織学習協会)は、今では世界40ほどの国や地域に実践コミュニティを広げていきました。また、今までにワールド・カフェ・コミュニティやアート・オブ・ホスティング、プレゼンシング・インスティテュート、チーム・アカデミーなどのさまざまな組織や実践ネットワークが生み出されています。

2012年には、世界のSoLコミュニティのネットワークのネットワークである「SoLコミュニティグローバル連盟(通称:Global SoL)」が発足しました。この5月には、2005年から始まったSoLグローバルフォーラムの4回目がフランスのパリで実施されます。世界67カ国から450名が集まり、各地でのSoLの実践を紹介しあいながら、ピーター・センゲさん、アリー・デ・グースさん、アダム・カヘンさんらをはじめとするSoLのリーダーたち、多くの若者達との対話と学習の場がもたれます。

学習する組織を駆動するエンジンは「大志」であるといっていいでしょう。センゲさんは、複雑なグローバルな課題に対して、「世界の多様な人たちが協働して解決する」という大志を共に掲げる仲間を広げ、互いの腕を磨きつつ、実践と振り返りの深い学習サイクルを回しながら、世界の人たちが必要とする成果を一つ一つ積み重ねています。

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