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【講演録】共有価値を創造するシステム・リーダーシップとは(2)事例1/小田理一郎

2015年06月05日

前回の記事からの続きです)

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文化のアメーバ理論を上手に使ったチェンジ・エージェントの1人、グローバルなスポーツウエア企業に勤めているDさんです。彼女は環境部署で、ライフサイクルアセスメント(LCA)、つまり、商品が、原材料を作るときから、お客様が使い終わった後の処分するときまでの間にどれだけ環境負荷をかけているかについて分析するプロジェクトを行っていました。

現実の理解、必要とされる変化

彼女がそのプロジェクトに取り組んでいる1990年代当時、この会社はアジアにたくさんのサプライヤーを持っていて、製造は一切をサプライヤーに任せていたのですが、そこで「スウェットショップ」、つまり作業員が過酷な労働状況で働いていることについてメディアが報道し、消費者の間で大々的な不買運動が起こっていました。さらに1992年、追い打ちがかかります。この会社の主力製品の1つが、靴のかかと部分に弾力性を高めるエアーが入っている商品でした。そこに入っていた気体は六フッ化硫黄という物質です。、この六フッ化硫黄が国連の枠組みで温室効果ガスとして指定されて、今後地球温暖化を防ぐために規制の対象になっていくことが決まりました。さらに、彼女が行っていたLCAの分析のプロジェクトで、1足の靴が7リットルの原油を使い、Tシャツは綿の生産時に大量の水を必要とすることから1枚あたり700リットルもの水を使い、そして使った靴を捨てて燃やしたときに、ダイオキシンなどの有害物質が出るということが判明しました。LCAの観点で見たときには、販売する商品は、環境に多大な負担を掛けているという結果が明らかになったわけです。これに真剣に取り組むことになると、会社としては大変です。誰もが及び腰になるような、抜本的なデザイン見直しをしないといけなかったのです。

覚悟を背負った瞬間:「他責」から「自責」へ

まさに泣きっ面に蜂のような状況になって、彼女は悩みました。会社が大打撃を受けるようなレポートを経営陣に報告しなければいけないけど、経営陣はこれを受け入れることができるだろうか、何か行動を取ってくれるだろうか、など、いろいろ考えて悩みました。やがて報告の日が訪れ、彼女は淡々と自分がわかったことを伝えます。

経営陣は彼女の予想通り、何をすればいいか、まったくわかりませんでした。ところが彼女がひとつ予想していなかったことが次の瞬間起こりました。経営陣から、「私たちにはどうするかわからない。でも、君がここまで調べてきてくれたのだから、きっと君だったらできるだろう」と言われたのです。 彼女にとっては青天の霹靂でした。というのは、それまでは前提としては、会社の商品の環境負荷が世の中を騒がしてしまっていて、それを何とかしなければいけないのは経営者の役目だと暗黙に思っていたんです。この状況は経営者の責任なのだから経営者が行動すべき、経営者任せになっている自分自身の姿に気づいたのです。 これは彼女に衝撃的なことであり、その瞬間に彼女は、リーダーとしての覚悟を背負いました。

組織変容のきっかけとなった、社員300人からのヒアリング

こうして、彼女は持続可能性担当部長という職位につきましたが、部下は1人もいませんでした。孤独に感じることもあったそうです。しかも、問題解決のために必要な行動を取るには、商品デザイナーなどの部署を動かさなければいけないのですが、デザイナーは口々に「ダイオキシンが出ない、つまり塩化ビニールではない材料でつくるなんて無理だ。コストが見合わない」など、さまざまなやれない理由を挙げます。

そこで彼女が思い出したのがイノベーション普及理論でした。この会社はデザイナーが300人いて、全員が一度に変わる必要はない。2割の人が変わればよいと考えたのです。変わる可能性が高い2割の人が誰なのかを見出すために、300人いるデザイナー全員とアポを取って、1人ずつ話をすることにしました。やれない理由を言い続けて終わる人が多い一方で、中には「でも、これだったらできるかもしれない」とか、「それって、大事だよね」「答えはないけど、わからないけど、やらなきゃいけないよね」と言う人もいることに気がつきました。

そうして何十人も会っていると、5分もすれば、この人はどんな人か見つける勘も備わってきました。その中から仲間を見出し、広げていきました。彼女は何十人かの仲間をつくって対話を重ねていきます。対話を重ねるうちに、材質を塩ビから非塩ビに変えなければいけないだとか、強い温室効果ガスを別の気体に変えなければいけないとかのチャレンジは、テクニカルな問題ではなくて、マインドセットの問題だと気がついてきます。もし、マインドセットがもっと主体的に、自分たちが心からやりたいことだと捉え直しができるようになったら、きっとやるだろうと確信していきます。

対話が導いたリフレーミング: 制約条件からイノベーションの「可能性」へ

そこで彼女が提案したのは、「Who are we?(私たちって何者でしょう)」という問いかけです。「私たちは何者か」という、とてもシンプルですけれども、力強い問いです。もちろん表面的に「私はデザイナーです」「私は靴を開発しています」「Tシャツを開発しています」と、やっていることを話します。ところが、「私たちは何者か」ということを対話すると、もっと奥深くに向かっていきます。石切職人の話で、ただ石を切る仕事をしているのか、それとも、後の世代に寺院や人々の平穏な心のための場所を残すために仕事をするのかで仕事への向きあい方、仕事の質が変わるという話があります。まさに、彼女は仲間たちと、私たちはどういう価値を創造するのだろうという対話を繰り広げていきました。

そして、彼女たちが対話で行き着いた答えが、「私たちは、イノベーションを起こす人々である」ということでした。これは、実はこの会社の設立の精神でもあったんです。この会社のスローガンは日本語にすると、「やってみなはれ」とか「やってみたら?」のように、あまり難しく考えないでやってみればいいといったニュアンスの言葉でした。

それまでは、やれ「環境に負荷をかけているから」とか、「社会で問題になっているから」といったことを開発の制約条件と看做していました。それを、自分たちのイノベーションの「可能性」としてリフレームできたのです。今までは、「非塩ビの材質にするなんて、今までそうじゃなかったのにできるわけがない」と言っていた人たちが、「非塩ビにして、性能も美しさも今まで通りの製品が出たら、それって素晴らしいよね」と、語り方が変わっていきました。

ビジョンが導いた組織のシステム的な変容

語り方が変わると、チームの動き方が全然変わってきました。そして、技術的な問題がどんどん解決して、結論としては材質の変更を進め、強い温室効果ガスも使わない製品も開発できました。水を大量に使うのは原材料である綿の生産段階で起こることですが、それをオーガニックコットンに替えることで、水の使用量を減らすことにも着手しました。DFE(環境のためのデザイン)が、デザイナーの中では当たり前の共通言語になっていきました。また、Dさんが女性であるということもあって、女性のエンパワメントを進めるために女性向けのスポーツ振興なども進めました。かつては社会的な側面で消費者の評判が低かったのですが、こうした変容を通じて、CSRのランキングでも、業界上位に位置づけられるようになりました。

もちろん、この会社が完璧なサステナビリティができている会社と言うわけではありませんが、彼女らが植え付けた組織風土があれば、これからも新しいチャレンジをしていけることでしょう。 Dさんは、「持続可能性を格好よくできる会社があるとしたら、うちの会社しかないだろう」と自負を語ってくれました。

この事例では、変化の担い手が組織のシステムの中の人たちについて、それぞれアメーバの中のどのような役割があるかについて、300人全員と話をすることを通じて、それぞれの性質を見極めて、変化の戦略をつくっていきました。そして、みんなの心を1つにするために、「自分たちは何者か」というシンプルな問いの対話を続けていったことが組織のシステム的な変容をつくっていたのです。

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