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システム思考事例「ピープル・エキスプレス航空」(前半)

2021年09月21日

ストーン監督の映画『ウォール街』
オリバー・ストーン監督によるヒット作『ウォール街』をご存じでしょうか? 証券会社で働く野心的な若者バドが、父の務める航空会社の内部情報を使って、凄腕の投資家のゴードン・ゲッコーへと近づきます。ゲッコーは、「強欲は善だ」「金は眠らない」など言い放ち、その拝金主義の権化のような立ち振る舞いはむしろ若者の野心をくすぐります。

バドの父の航空会社買収に乗り出すゲッコーのために、バドは汚れた仕事に手を染め、同時に都市での高収入生活に酔いしれます。しかし、組合役員を務める父からたしなめられ、さらにゲッコーの真の狙いは買収後会社を解体、資産売却する単なる金儲けでしかないことを知ってゲッコーと袂を分かちます。その後の展開は中略しますが、バドは最終的に金に執着した生き方を見直して映画が終わります。バブル崩壊の引き金となるブラックマンデーの起きた1987年に公開され、過剰な資本主義と倫理観崩壊の危機に警鐘をならす映画として一世を風靡しました。

「資本主義を悪者に変える経営者」
この映画のモチーフになった一連の航空会社買収劇があります。1970年代、規制緩和に向かう米航空業界に新しいビジネスモデルを築いたことで知られるテキサス・インターナショナル社のフランク・ロレンツォは、経営危機にある航空会社を買収しては、コストと賃金を切り詰め、路線撤退と航空機売却で益を出し、買収合戦に敗れたときですら株価売却で利益を手にしました。ある航空会社を買収した際には、会社を一度倒産させることで全従業員を解雇した後、大幅な賃金カットを受け入れる従業員のみ再雇用して、倒産による運行停止からわずか3日後には運行再開するという荒技で世間を驚愕させます。

そんなロレンツォの考え方を示すCEOから従業員向けのメールです。「全従業員は不平不満を言うのを直ちにやめなさい。あなたの給与は私が支払う以上でも以下でもなく、組合結成を主張するなら、明日から運行停止にして、この会社のわずかばかりの資産を全部売り払います。」

アメリカの著名人たちからは「資本主義を悪者に変える経営者」「アメリカでもっとも嫌われている男」と評されました。特に彼の従業員たちからの嫌われぶりは相当だったようです。ロレンツォは、毒盛りをおそれて、自社航空機で提供される栓の開いた飲み物をけして口にしなかったほどだったと言われています。

人を大切にしたい思いから「ピープル・エキスプレス社」設立
そのロレンツォのもとで働き、ビジネス手腕に磨きをかけたのが、ドン(ドナルド)・バーです。バーはハーバードMBAをもつ飛行機好きの若者で、当初はウォール街の投資会社に勤めていましたが、より現場に関わりたいと、テキサス・インターナショナル社の重役となりました。バーはそこで、長距離バスとも競争できるような大幅な割引運賃「ピーナッツ・フェア」を試行するなど、航空機運営における集客やコスト削減、そして、ロレンツォばりの優れた交渉能力を身につけていきました。しかし、彼はボスの人を人とも思わないような振る舞いが耐えがたく、もっと人を大事にする会社をつくろうと仲間と一緒に新会社設立を決意します。

こうして1980年4月「ピープル・エキスプレス」が設立されます。当時ドン・バーは39歳、他の共同設立者もバーより若いメンバーばかりでした。規制緩和を背景に、ニューヨークシティに程近いニューアーク空港をハブとしてアメリカ東部において低コストで運行する「ローコストキャリア(LCC、格安航空会社)」の基本戦略は、規制当局や投資家たちにも受け入れられて、同年のうちに外部資金調達とIPO、事業認可の取得を成し遂げます。翌年4月には定期便の運行が開始されました。

001403-01.png写真:Aero Icarus from Zürich, Switzerland, CC BY-SA 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0>, via Wikimedia Commons

低コスト運営とマーケティング戦略
燃料効率の高いボーイング737航空機を安価で調達し、ファーストクラスと調理室をなくすことで座席数を最大化、また手荷物サービス有料化に連動して荷物スペースを拡大し、さらに整備の外注化と空港での滞在時間短縮で1日当たりの平均飛行時間も増やしました。貨物用だったターミナルを改装した質素な空港設備、電話予約のみで座席指定チェックイン無し、など徹底的な低コスト運営を図っていました。人件費については、給与レベルは業界中位程度としながら、生産性を高めることで抑えます。航空機の運行に必要な社員数は大手で1機当たり200人以上のところ、ピープル社では、効率化やマルチタスク化によって1機を60人以下で運行していました。

航空業界では、しばしば「座席マイル」、つまり距離に座席数を掛け合わせた指標を分母として価格やコストの分析、比較が行われます。業界平均の座席マイルあたり総コストが9¢前後であるのに対して、ピープル社は5.2¢と業界最小のコストで運営していました。

その結果、価格面でも画期的な価格を提示します。中距離帯では座席マイルあたり16¢が業界の平均であるのに対して、ピープル社は8-9¢と半額に近い価格で提供できました。例えば、ニューヨークーマイアミ間(1090マイル)を他社が1090 x 0.16 = 約174ドルで運行しているのに対して、ピープルは1090 x 0.09 = 約98ドルでの価格づけとなり、戦略的路線ではさらに安値が提示されました(1981年の1ドルをインフレ調整すると2021年の3ドルに相当します)。まさに、長距離バス並の価格で潜在顧客を引き込んでいきました。

価格だけでなく効率的なオペレーションも、顧客のメリットにもつながりました。ピープル社は「スマート・トラベラー」のメッセージと共にバジェット意識の高いビジネス顧客をターゲットとします。最新鋭のボーイング737機で頻繁な運行スケジュールに加え、電話予約のみで搭乗・発見手続き無し、手荷物預け無しで広く機内荷物台を使えることから、出張での移動時間や待ち時間が短縮し、より短日数、頻繁な出張を可能にしました。

しかし、顧客にとっての最大の魅力の一つは、「顧客サービスの質」にありました。ピープル社マーケティング方針として、空の旅をできる限り楽しく、心に残るものとするために、礼儀正しく、思いやりにあふれ、陽気でエネルギッシュな人たちが従業員として選ばれ、配置されました。ファーストクラスも無料サービスもありませんが、従業員の挨拶と笑顔、エンターテインメントのようなアナウンスなどで機内はアミューズメントパークのように、心に残る楽しげなサービス体験をして、それが多くのリピート客や口コミを広げることにつながったのです。消費者調査では、地上及び機内でのサービス・おもてなしの評価が5点満点中4.7点と最高レベルの評価を受けていました。

付加価値を生み出す人事戦略
そして、これらの高い生産性と顧客サービスの質を創り出すのが従業員たちにほかなりません。起業にあたってのバーは、人と人が協力するもっとも良い方法を編み出したいと、人にもっとも重きをおいて社名やロゴを考案しました。それまでの経営の主流だったX理論(性悪説)に基づいて人を監視、管理するのではなく、Y理論(性善説)に基づいて、会社が人を信頼してその成長にコミットメントすることで、従業員たちの高い献身とエンゲージメント、柔軟性、クリエイティブな生産性が発揮されるとすることを戦略の柱としました。実際に、ピープル社の6つの会社指針を打ち立てますが、その筆頭に来るのが、「人の成長への貢献とコミットメント」でした。同社の従業員と人事戦略こそが、ピープル社の提供価値の源泉であり、同社を際立たせるものとなっていました。

バーと一緒に人事戦略を立てたのは、人事担当役員のローリ・デュボースで、当時まだ28歳でした。バーと彼女らの練り上げた人事戦略は、業界の模範しいては全企業の模範となるような高い生産性と顧客サービスを提供する強い目的意識と、セルフマネジメントを中核とするものでした。

組織について特徴的だったのは、最小限の序列しかなかったことです。CEO、6人の執行役員、8人の部長、そして残りの常勤社員たちはすべてマネジャーとする4階層でした。秘書やアシスタントはCEOのバーを含めておらず、役職に隔たり無く電話を取りました。デスクスペースは役員を含めて全社員共有で、バーはいつも役員会議室で仕事をするようなフラットな運営でした。

従業員(マネジャー)の仕事は、パイロット、整備、カスタマーサービスの3つに分類され、それぞれ3-4人に作業チームを形成し、スタッフ職・ライン職の垣根なく、多様な仕事を毎月くじびきによる交代制で実施しました。伝統的な監督・管理は存在せず、社歴一年以上の先輩従業員が率先して意欲をかき立て、学習を促進するようにしていました。

採用は、クリエイティブ、柔軟、誠実、勤勉でエネルギッシュなチームプレイヤーを厳選しました。カスタマーサービス職では、航空業界よりもむしろ他業界の人材を積極的に登用し、採用倍率は100倍にもなりました。

従業員たちは、やりがいがありかつ現実味のある目標を自分自身で設定し、自ら情報収集やフィードバックを集めて改善サイクルを回し、必要となる他者の意見、支援や資源を求める仕組みでした。勤務評定も、上司ではなく同僚6名によって、その人の素晴らしい点や今後の改善のフィードバックを中心に行うものとしました。

マルチタスク、交代制、セルフマネジメントなど従業員への要望が多いことに対して報酬面も厚いものでした。現金で受け取る基本給は、職種別に決められ業界中位程度で階層間の差も少なくCEOと執行役員も一般社員の3倍弱です。魅力的だったのは、医療保険料全額負担、生命保険加入などの福利面、そして、業績に連動する利益配分制度でした。さらに従業員が株式を購入するための制度と手厚いストックオプションを導入して、役員・従業員持ち株に占める一般の従業員の割合は85%にも及びました。ピープル社では、すべての従業員が会社のオーナーでもあったのです。幹部や従業員たちはIPO前は1ドル足らず、上場後も概ね5~10ドルで購入できた株が、成長と共に20ドル以上で推移し、さらなる購入への意欲と会社への献身を強めていきました。

最低限の序列とセルフマネジメントといった施策は、近年注目されている「ティール組織」の特徴にも重なります。実は1980年代のアメリカ産業界では、日本の品質マネジメントを推し進めたQCサークルをヒントに、セルフマネジメントに強い関心が寄せられていました。ドン・バーもまた、そうしたムーブメントの火付け役となって、アメリカのマネジメント慣行を変えようとした一人でした。母校ハーバード・ビジネス・スクールでの凱旋講演で「三角形の組織構造を丸くする」と熱弁するドン・バーの組織論にはとても新鮮なものを感じました。ただし、アメリカで広くセルフマネジメントが受け入れられるにはまだ30年早かったのかもしれませんが。

ピープル・エキスプレス社の大躍進
さて、画期的な人事戦略によるエンゲージメントと生産性に優れた従業員を誇り、業界最安値レベルの価格で、心に残る良質なサービス体験を提供するピープル社は、就航しては、口コミで瞬く間に顧客を集めて稼働率を高め、その収益からさらに航空機購入と新規航路を開拓して成長拡大を続けます。

1981年4月のサービス開始時点では3機だった航空機数も、2年後の83年3月には40機に成長し、5月には国際便にも進出してロンドン便を就航します。さらに2年後の85年2月には保有機数72機まで増え、従業員数も4000人となります。同年、ドン・バーは航空会社の買収に積極的に打って出て、1985年第4四半期のうちにデンバーに拠点を持つフロンティア航空など3社を買収し、規模でなんと全米第5位の航空会社へと躍進します。ドン・バーとピープル・エキスプレス社は、ビジネス雑誌「Times」の表紙を飾るなど、もっとも勢いのある新興企業として注目されました。

後半へつづく

振り返り

1) 事例ピープル・エキスプレス社(前半)を読んで、どのような点が印象的でしたか?

2) 1981年から1985年までの5年間で、航空機数、旅客マイル数、売上は急成長を遂げます。どのような構造によってこの急成長が実現できたか、変数を抜き出してループ図を書いてみましょう。

3) 1985年以降、ピープル社には、どのようなことが起こりうるでしょうか? 潜在的なループを2)で書いたループ図に加えてみましょう。

セミナーのご案内

チェンジ・エージェント社では、ピープル・エキスプレス社の事業環境や初期条件を元に開発されたビジネス・シミュレーション「ピープル・エキスプレス」を活用した1日のワークショップを提供しています。開催予定は2021年10月28日です。

▼詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.change-agent.jp/events/001393.html

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