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システム思考でエネルギー・気候政策を考える(2)「時間遅れと資本ストック回転」

2022年06月10日

本シリーズ記事では、米国NPOのClimate InteractiveとMITなどが協働で開発した政策シミュレーター「En-ROADS」を活用しながら、多数のエネルギー・気候政策の選択肢及びその組み合わせがどのようなインパクトをもちうるのか、システム思考の視点から考えていきます。今回は特に、高炭素から低炭素への移行について考えます。

最大のレバレッジは何か?

前号では、En-ROADSの紹介し、気候・エネルギー政策においてさまざまな施策がある中で、1.5℃目標の達成は単一の政策・施策では難しいことを紹介しました。「銀の弾丸」に頼るのではなく、相乗効果やトレードオフなどのシステム的な効果をふまえて、組み合わせていく必要があることがポイントでした。では、どのような政策の組み合わせがレバレッジの高い効果を生み出すのでしょうか?

温室効果ガス排出の構成などを考慮しても、最大のレバレッジは、「化石燃料を地中に埋めたままにしておくこと」にあります。逆に、他のどのような施策をとっても、化石燃料を今のようなペースで燃やし続けたら、気候目標の達成はおぼつきません。下記グラフは2000-2100年までの実績及びベースライン予測のCO2排出量と一次エネルギー供給源です。

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図1:発生源別CO2排出量と一時エネルギー源(En-ROADSベースシナリオ)

温室効果ガス排出量の約73%をCO2排出量はCO2排出量が占め、さらにそのCO2排出量の84%を占めるのが化石燃料です。石炭、石油、天然ガスで構成される化石燃料の生産量及び消費量を減らすことがCO2及び温室効果ガス排出量を減らす上で最大の効果が望めます。ゆえに、自然エネなどの低炭素エネルギーへの移行を、各国が政策として掲げ努力しているわけですが、2021年までの消費を見るにコロナ禍での落ち込みを除いては上昇基調、そして、2100年までのベースライン予測でも化石燃料が増加し続けることが予想されています。一体、なぜ低炭素への移行がそれほど進まず化石燃料を燃やし続けているのでしょうか?

システムの時間遅れを理解するためのストック&フロー

システムを理解する上で有用な峻別が「ストック&フロー」という概念です。風呂桶(バスタブ)に例えると、貯まっている水の量がストックであり、水の量を増やす注水に相当するのがインフロー、そして水の量を減らす排水に相当するのがアウトフローです。例えば、電力の発電に必要なのは発電所などの発電設備です。発電設備は、概して燃料に合わせて設計されるので、当たり前の話ですが、石炭火力発電所は太陽光や風力から発電することはできず、石炭をもってしか発電ができません。再生エネで発電するには、専用の発電施設を新たに建設する必要があります。過去建設し、今なお稼働できるすべての発電設備の蓄積はストックに当たります。このストックを増加させるインフローが、新規発電設備の稼働開始であり、反対にストックを減少させるアウトフローは、古い発電設備の廃止です。発電設備容量に関するストックのフローの関係を示すと以下のようになっています。

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図2:全世界の発電設備容量のストック&フロー

今、新規に稼働開始をしている発電設備は年間当たりストックの約6%であり、一方で稼働している化石燃料発電設備は平均で35年の寿命をもち、アウトフローとして廃止されるのはストックの約3%です。

ここで、重要な施策の第一点は、インフローをできる限り低炭素のものに置き換え、新たな化石燃料による発電設備の建設を行わないことです。しかし、人口増加、経済成長、電化へシフトから電力需要が伸びていく中で、なりゆきに任せれば、35年からさらに長い期間を経なければ、発電設備容量のストックは低炭素に置き換わりません。特に、需要が成長し続けている状況では入れ替えにより時間がかかります。これがシステムにおける時間的遅れであり、この10年再生エネによる発電設備の普及は高まりながらも、全体としては遅々として化石燃料を使い続けているゆえんです。

重要な施策のポイントは、新規設備を低炭素化するだけでなく、炭素効率の悪い石炭を始めとする化石燃料による発電設備を前倒しで廃止していくことです。アウトフローを増やせば、発電設備における化石燃料の消費量を下げることができるわけです。一般に、資源や投資の観点から、社会インフラなどは長寿命で使い続けることはよいことですが、こと化石燃料に関するインフラは、資本ストックの回転率を高めて、より入れ替わりを早くすることが望ましいことになります。

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図3:電力消費における再生エネの割合と電源別の電力消費(En-ROADSベースシナリオ)

図3にあるように、世界では、再生エネの発電設備導入が進んでおり、徐々にですがその比率を高めています。2021年、電力消費量に占める再生エネ電力の割合(上記グラフ左のクリーン電力では「再生エネ」のみを指定)は約25%まで増加していて、なりゆきシナリオでは今後も再生エネなどの着実な上昇が見込まれます。

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図4:用途別・エネルギー源別の最終エネルギー消費(En-ROADSベースシナリオ)

電源での低炭素化は進む一方で、最終エネルギー消費に占める電力の割合は21%に過ぎません(図4左)。残りの79%は建物や産業で使う熱や輸送のための燃料で、そのほとんどは化石燃料に頼っており、エネルギーの低炭素化のためにはこれらの分野にも踏み込んでいく必要があります。その手段の一つは、低炭素で発電された電化に移行することですが、前提となる電化の進捗について運輸部門の電化率(図5左)は2%強、民生・産業部門の電化率(図5右)は34%、差し引いた残りのほとんどは化石燃料(一部バイオ燃料)です。

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図5:運輸部門及び民生・産業部門における電化率(En-ROADSベースシナリオ)

インフローだけでなくアウトフローも重視する

ストックによる時間遅れは、自動車や建物内の空調などの設備に関しても言えます。これらの設備は、発電設備に比べると寿命は短いですが、それでもなりゆきでは平均7~15年程度使われるものが多くあります。政策として、省エネ機器、低燃費機器、電化による輸送機器や建物設備などを推奨し、インフローに占める比率を高めることに焦点があたることがしばしばあります。その一方で、ストック内にはエネルギー効率の悪い機器や化石燃料を使う機器が長く残ったままでは、使用され続けるとCO2の排出が長く続くことになります。

買い替えへのインセンティブがつけられることもありますが、まだ新古や最近の中古の機器との買い替えに終わってしまうとその効果がだいぶ相殺されてしまいます。よりレバレッジが高いのは、既存の古いストック、環境効率の悪いストックのスクラップにインセンティブをつけると、資本ストック回転率が高まり、より政策効果と経済効果が得られやすくなります。この政策を実施したのが、2021年8月にインドの車両スクラップ政策で、商用車15年以上、乗用車20年以上の車両は環境効率などの基準を満たしていなければ、スクラップしなければならないとするものです。(米独加中にも類似の政策があるようです)

今、ロシアによるウクライナ侵攻もあって、石油・天然ガスへの依存を減らす動きが急激に高まっています。しかし、燃料と設備はセットですので、設備の入れ替えが進んだ範囲に置いてしか燃料転換は進まないのが現実です。また、多くの人は、既存のインフラの選択にロックインされています。今、車やオートバイでしか通えない場所に住んでいる人は、石油価格が高騰して支払い困難になったり、そもそも入手が困難になると、仕事に出かけることもできず、収入すら途絶えてしまうことが起こりえます。こうした設備、インフラに関しては、長期的な目標に基づく誘導がより効果的になっていきます。危機が現実となったとき、即座に燃料転換に応えるのは難しいですが、設備資本のストック&フローの構造を踏まえて、中長期に取り組むことが求められるでしょう。

そのような視点で考えたとき、2050年のネットゼロ目標は、けして次世代の課題ではありません。残り28年しかないわけですから、今からインフローを低炭素化し、さらにはアウトフローでの高炭素の廃止を加速してようやく実現する目標です。これが気候変動において2030年までのアクションが極めて重要であることの一つの理由です。システムにおける時間遅れを理解するのは、重要なシステム思考の実践の一つです。

次回は引き続き、いかにしてインフローに占める低炭素の割合を増やすかについてのシステム的な影響について考えます。(つづく)

システム思考でエネルギー・気候政策を考える(1) ~(4)
https://www.change-agent.jp/systemsthinking/practice.html#energy
En-ROADSシミュレーターはこちら
https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.4.0&lang=ja
基本的な使い方はこちら
https://www.change-agent.jp/news/archives/001369.html

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小田理一郎

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