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システム思考でエネルギー・気候政策を考える(4)施策への抵抗

2022年10月12日

本シリーズ記事では、米国NPOのClimate InteractiveとMITなどが協働で開発した政策シミュレーター「En-ROADS」を活用しながら、多数のエネルギー・気候政策の選択肢及びその組み合わせがどのようなインパクトをもちうるのか、システム思考の視点から考えていきます。今回は、エネルギー政策に見られるフィードバックの中でも、政策効果を相殺するフィードバック、「施策への抵抗」を見ていきます。

リバウンド効果

一生懸命体重を減らしたのに、体重が元に戻ったり、かえって増えてしまうダイエットの「リバウンド効果」を耳にしたことはないでしょうか。リバウンドとは本来「跳ね返り」を意味しますが、効果が相殺されたり悪化したりする状況においてよく使われる言葉です。

省エネにおいても、このリバウンド効果がしばしば認められます。省エネは本来経済と環境のウィンウィンにつながるケースがよくあります。エネルギー効率の高い輸送機関や建物設備を使うことで、光熱費や燃料費が削減されると共に、資源利用やCO2の排出量を減らせるからです。1970年代のオイルショックに始まり、温暖化対策や電力不足への対応など、ことにつけて省エネを進めてきました。ところが、今でもエネルギー消費の絶対量やエネルギー起源のCO2排出量は増え続けています。人口の増加など他の要因もありますが、リバウンド効果によるところが大きいでしょう。

例えば、一家で車を一台保有しているとて、家計で払える燃料代は一台分が精一杯だったとします。そんなとき、自動車業界の努力もあって燃費が大幅に改善したとしましょう。燃料代が減る分家計も節減して助かります。しかし、節減できたお金はどこへいくのでしょうか? そのお金を貯金したり、教育への投資などに回したりすれば、エネルギーへの支出額は減っていくはずです。しかし、多くの場合は、燃料代が節減できたことでもっと大きな車に買い替えたり、二台目の車を買ったり、あるいは別のエネルギーを消費する乗り物や家電、通信機器に回すことがよくあります。つまり、せっかく省エネで浮いたお金の多くの部分を別のエネルギー消費に回してしまっているのです。これが、省エネにおけるリバウンド効果であり、システム思考では「施策への抵抗」と呼びます。

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図1:エネルギー効率最大化シナリオの効果

En-ROADSのシミュレーションでは、運輸部門(自動車など)と民生・産業部門(建物設備)エネルギー効率を改善する政策レバーがあります。ベースラインでは、年率1.2%の改善となっていますが、政策レバーを最大の省エネ効果にすると、新規の自動車や建物設備の効率が年率5%改善することを想定しています。それによって、GDP当たりのエネルギー消費量がベースラインに比べて低下していくことがわかります。
(シナリオの青線がベースラインから離れるまで時間遅れがあるのは、第2回で紹介した資本の回転率のためです。また、最終エネルギー消費のCO2排出係数の青線が微妙に高いのは、需要低下によって再生エネなどの新規設備の資本回転が遅くなるためです。)

En-ROADSでは、人口と一人当たりGDPはつまり所与の変数(外生変数)として扱っています。政策レバーで人口やGDPの成長率を調整することはできますが、エネルギー効率を改善して、光熱費や燃料費が減っても、GDPがそれに応じて下がるわけではありません。日本や海外諸国のエネルギー計画でも、基本は人口やGDPを所与とした上で需要や供給のシミュレーションを行うことが常態です。結果的に、現状のなりゆきにはリバウンド効果を織り込まれていることになります。

GDPは、経済の健全性を見るのに不完全な指標です。エネルギー価格の高騰や戦争などによって支出が増える場合でもGDPは増えて、経済が成長していると安心につながり、逆に省エネや戦争回避などで支出を減らすとGDPが減って、経済が成長していないと不安につながったりします。GPI(真の進捗指標)などの代替指標や、マテリアルフローに対する効率を測る指標など、経済の進歩の測り方をより統合的なものにする必要を示すポイントとも言えるでしょう。

価格弾力性の効果

エネルギー価格は、純粋に需要と供給だけでなく、しばしば補助金や税金などによって、政策的な奨励や抑制のツールとしても使われます。例えば、低炭素の再生エネルギーを推進するために、発電設備の設置や発電に対して補助金を設定すると、再生エネの価格が相対的に下がるので、その利用が推進されます。

しかし、こうした補助金が低炭素にどれくらい貢献できるかについては、相殺するフィードバック、つまり施策への抵抗がおこりがちです。

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図2:再生可能エネルギー補助金政策の効果

図2では、再生可能エネルギーの補助金のレバーを一番右までもっていった場合(kWh当たり3セント相当の補助金)のシミュレーションです。なりゆきの3.6度に比して3.4度ですから、温室効果ガスの削減と気温上昇の抑制には貢献できています。しかし、効果が思ったほどではないと感じる向きもあるのではないでしょうか?
 それは相殺するフィードバックが働いてるからです。再生エネへの補助金によって、エネルギーコストがベースラインに比して大幅に下がっています(2100年時点で14%減少)。しかし、経済の実態として、価格が下がれば需要が増加します。右側の最終エネルギー消費を見てみると、青い線がベースラインの黒線を上回わり、2100年時点ではベースライン対比で4.8%需要が増加するシミュレーション結果となりました。

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図3:低炭素向け補助金に伴う価格低下の影響

このことを、ループ図で示すと図3のようになります。つまり、低炭素向けの補助金は、エネルギーの炭素集約度の低下を通じて温室効果ガス排出量の削減を狙いますが、全体としてのエネルギー価格の低下にいたると需要を増やして、エネルギーの需要と供給を上昇させるために、その効果が相殺されてしまいます。

さて、省エネのリバウンド効果にしても、低炭素向け補助金にしても、政策上やむを得ないトレードオフと捉えることもできますが、制度設計として見れば工夫の余地も大きいと考えます。

例えば、現行のエネルギーに関する補助金は、再生エネよりもむしろ化石燃料に対して多くの金額が割り当てられています。再生エネの相対的魅力を上げる方法の一つは、既存の化石燃料への補助金を見直し、削減していくことです。再生エネは世界ではすでに化石燃料並みのコストとなっていて、学習効果によって今後ますます低下していくでしょう。そうしたコスト低下に足並みを合わせて、化石燃料への補助金を引き下げや廃止を行っていけば、エネルギーコストは下がらず、エネルギー需要を上げることもありません。

エネルギー効率施策の潜在可能性

一般に、ガソリン代にしても冷暖房の費用にしても、市民の生活や事業の経費上の影響が大きく、政治問題となりやすいので、時宜を見た政策の導入や調整が求められることでしょう。

例えば、地政学的な不安定からエネルギー供給が厳しくなる見通しの時には、原油価格等エネルギー価格は高くなりやすいものです。こうした時期に省エネを進めても、エネルギーコストの総額が高まっている時期なので、リバウンドは起こりにくいでしょう。原油価格が高い今は、省エネを徹底的に進めやすい時期でもあります。
エネルギーの効率化や節減は、中長期的な意思決定が必要です。例えば、燃費のよい車やエネルギー効率の高い機器に買い替えたり、職住近接やリモート化を進めたりなどです。しかし、短期的には買換や引越などが進むとは限らず、かといって通勤頻度や機器の利用頻度を下げることが難しい場合もあるでしょう。こうしたときには、通勤における乗り合いや機器のシェアリングなど、現実的な施策も必要です。それに加えて、設備の買い替え、レトロフィット、構造やデザインの見直しを進めていくことが求められます。

日本は、世界の中では比較的省エネが進み、自動車の燃費もエネルギー効率も相当進んでいるので、これ以上の効率化は難しいと感じる場合もあるかもしれません。こうした場合は、機器単位で見るよりも、建物や生産設備といったシステム単位でものごとを見ることも有用です。

「エネルギー効率のアインシュタイン」の異名を持つロッキー・マウンテン研究所のエイモリー・ロビンスは、パッシブデザインを進め、自然光を最大限採り入れることで熱源でもある電灯の必要性を下げ、また、断熱性能や放射の仕組みを推進することで、空調そのものの必要性を最低限にすることで大幅な建物のエネルギー効率を高めました。レトロフィットで4倍、新規建築なら10倍の改善ポテンシャルがあると見られています。

エネルギーの半分は産業によって利用されています。その中でも、ポンプは大きな割合を占めますが、ポンプのエネルギー利用の大きな要因は、パイプ内を通過する際の摩擦です。パイプが細く、長く、曲がりくねっていると、摩擦が大きくエネルギー消費が大きくなりますが、現行の産業ではパイプは副次的に設計されることが多いためにムダがあちこちに見られます。施設デザインそのものを見直して、太く、短く、曲がりの少ないパイプに変えることで80-90%エネルギー消費を抑えることができます。

自動車の燃料消費の駆動要因は重量である一方で、乗用車であれば1-2トンにも及び、車そのものの重さが大半を占めるので、その荷重を減らせれば、エネルギー効率が高まります。エイモリー・ロビンスは、カーボンファイバーの利用などで軽量化することで、必要なバッテリーや汚染対策装置も軽量化でき、車体荷重を4分の1程度にし、それによって燃費を8-9割削減可能になります。BMWなどはこうしたコンセプトの車を2013年から販売していますが、今後ますます軽量化した乗用車やトラックは増えていくことになるでしょう。軽量化を進めることは、今後拡大が求められるバッテリー製造に必要な資源や充電ステーションの設置容量の投資規模を縮小できるなどの相乗効果が大きいと言えるでしょう。

エイモリー・ロビンスは、こうしたシステム的な観点から俯瞰して、統合的なデザインを進めることで、既存の技術を使うだけでも全世界のエネルギー供給の8割が節減できると試算しています。En-ROADSにおける政策レバーでの最大値は、対象とする新しい設備資本エネルギー効率が年率5%削減、つまり10年で40%削減、30年で88%削減を想定していますが、システム的なアプローチをとれば現存する技術をもってしても十分可能な範囲でしょう。

またこうした潜在可能性に鑑みるならば、施策への抵抗(相殺フィードバック)を避ける一つの方策が、節減されたエネルギー支出をさらなる節減のための新規資本獲得やレトロフィットに再投資することです。成果を出せば出すほど、ますます社会全体のエネルギー効率が高まり、エネルギー需要を減らすことで、新しい発電施設や付帯する蓄電・充電などの関連設備、エネルギー資源の供給源の新たな開拓などを抑えることもできるでしょう。

小田理一郎
(つづく)

システム思考でエネルギー・気候政策を考える(1)〜(3)記事はこちら
https://www.change-agent.jp/systemsthinking/practice.html#energy

En-ROADSシミュレーターはこちら(外部サイトへジャンプします)
https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.4.0&lang=ja

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