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スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン(以下、SSIR-J)の第二フェーズの開始にあたって「伝説のアーティクル」と命名された人気の論文記事を順次紹介しています。今回紹介するのは、イギリス出身のデザイン経営者・思想家であるティム・ブラウンと、ソーシャルイノベーションの実務家・研究者であるジョセリン・ワイアットによるデザイン思考の社会変革分野での応用を紹介する論文です。SSIR-Jウェブサイトで公開されている原文はこちらからご覧になれます。
「デザイン思考 × ソーシャルイノベーション」の要約
社会課題は複雑で不確実性が高いため、従来のトップダウン型計画や技術中心アプローチだけでは解決できない。そのため必要なのがデザイン思考(Design Thinking)である。デザイン思考は「人間中心」「実験的」「学習にもとづく」アプローチによって、社会課題の解決を可能にする。
在来型のアプローチによる社会的介入が失敗する典型的な理由は、技術的には正しく、経済的にも合理的にもかかわらず、利用されないことにある。それは、生活や社会の文脈を理解していないからだ。例えば、インドで安全な水を提供する浄水設備が設置されたが、多くの住民たちはそれを使わなかった。その理由として、「ユーザーにとって容器が重すぎる」「運搬方法が合わない」「営業時間と生活時間が合わない」「必要量と販売単位が合わない」ことなどが判明した。つまり問題は技術ではなく人間の生活システムとの非合致にあったのだ。
デザイン思考とは人間のニーズから出発する問題解決プロセスである。次の3つの「空間」を、線形ではなく反復プロセスとして進む。
1)着想(Inspiration):人々の生活を観察し、問題の本質を理解する
2)発想(Ideation):多くのアイデアを生成し、解決策の仮説をつくる
3)実装(Implementation):プロトタイプを作り、現場で試し、フィードバックを得て改善する
デザイン思考の特徴は、以下の通りである。
① 人間中心:解決策ではなく人の生活から問題を理解する
② 共創:解決策は専門家、市民、現場が一緒に作る
③ プロトタイピング:最初から完璧な解を作るのではなく、小さく試し、学び、改善する
デザイン思考を社会変革分野で導入する際の最大の障害は「失敗を許容しない組織文化」である。デザイン思考では「実験」「試行錯誤」を前提とするのに対し、多くの組織は「計画」「予測」「リスク回避」をを重視する。デザイン思考の実践には、「小さな実験を許す組織文化」が欠かせない。
この論文は、ティム・ブラウンの著書『Change by Design』(2009年)に基づきながら、ソーシャルイノベーションにおけるデザイン思考の有効性を示す代表的な論考です。その後、公共政策、NGOの戦略、国際開発などの分野で広く影響を与えました。
この論文の中心的な問題意識は、「善意から始まった社会的介入が、現場では受け入れられない」ことにあります。これは、「善意だけでは不十分」とするシステム思考の問題意識とも重なります。インドの浄水施設の事例に象徴されるように、社会課題の解決策はしばしば技術的には正しくても社会的には機能しません。この現象は単なる設計ミスではなく、社会問題が複雑なシステムの中で生じていることに起因することを示します。デザイン思考は、その源流においても実践においても、システム思考、そして学習する組織とは切り離すことができません。
ハーバート・サイモンの設計科学から創造的問題解決プロセスへ
論文はデザイン思考の起源をIDEOおよびStanford d.schoolにおきます。その中心人物であるディビッド・ケリーやティム・ブラウンは、デザインを単なる製品設計から拡張し、人間中心の問題解決プロセスとして再定義しました。現在よく知られるIDEO型デザイン思考よりもさらにその源流をたどると、意思決定理論や人工知能研究と結びついた学問的背景があります。その中心人物が卓越したシステム思考家としても知られるハーバート・サイモンでした。
デザイン思考の理論的出発点は、ハーバート・サイモンの著書『The Sciences of the Artificial』(1969)にあるとされます。サイモンは、自然科学と設計科学を対比して、「自然科学は『あるもの』を研究する、設計科学は『あるべきもの』を創る」と述べました。そして、デザインとは、美的な創造作業ではなく、望ましい状態を設計する知的プロセス、つまり現状をより望ましい状態へ変えるための問題解決としています。このデザインを問題解決にあるとする理解は、その後のデザイン思考にも引き継がれています。
しかしここで重要なのは、社会問題の多くが「定義されていない問題」であるという点にあります。論文の中で、ソーシャルイノベーションの典型的な失敗パターンとして紹介される浄水施設の例では、解決策として設置された浄水施設は「安全な水を供給する」「価格も手頃」「距離もユーザーに近い」という条件を満たしていながらも、十分な数の市民には利用されなかったというものです。その理由は製品そのものの問題ではなく、生活の構造、つまり、「ユーザーにとって容器が重すぎる」「営業時間と生活時間が合わない」といったシステム全体のデザインにあったわけです。
こうした状況は、システム的には「厄介な問題(wicked problem)」として理解されます。つまり、社会問題は概して、「問題の定義が明確でない/変わる」「一つの正解あるわけではない」「解決すると別の問題が生まれやすい」「利害関係者が多い」という特徴を持ちます。故に従来の分析型アプローチでは対応できず、ここにデザイン思考、さらにはその基盤としてシステム思考が必要になる所以があります。
サイモンの理論は、その後デザイン教育やイノベーション研究の中で発展して、今日のIDEO型デザイン思考につながります。その特徴は、深い観察による洞察を通じて「着想」し、多様なアイデアの生成する「発案」後、プロトタイピングによる学習を通じて「実装」へと向かう3つの空間を、反復する探索プロセスとして進めることにありました。デザインは創造的問題解決プロセスとして発展していったのです。
なぜソーシャルイノベーションはデザイン思考だけでは不十分なのか
デザイン思考は、社会課題に対して人間中心の視点を導入し、観察とプロトタイピングを通じて実践的な解決策を生み出す強力な方法論です。ゆえに、大きな注目を浴び、日本でもデザイン思考がしばしば実践されるようになりました。
しかし、ソーシャルイノベーション分野における実践においては、デザイン思考だけでは不十分な状況が多く起こります。その理由は、社会問題が単なる製品やサービスの設計問題ではなく、制度、文化、経済、行動が相互作用する複雑な社会システムの中で生じているからです。デザイン思考は、ユーザーのニーズを深く理解する点では非常に優れていますが、実践において問題を生み出している構造そのものを分析することには必ずしも強くありませんでした。
2023年のMITテクノロジーレビューの記事で、ライター兼デザイナーのレベッカ・アッカーマンは、「デザイン思考は世界の問題を解決するはずだった」が、組織がデザイン思考プロセスから生み出されたアイデアを実装することはほとんどないと指摘した。アイデアが実装されない原因は、問題への理解不足、もしくは組織的・文化的文脈の複雑さへの理解不足、あるいはその両方であるという。
アンヌ=ロール・フェイヤード、サラ・ファサラー「デザイン思考は期待外れだったのか」(SSIR-J、2023年)
フェイヤードらの記事では米国の学区が2013年にIDEOに依頼し、学区のカフェテリアを再設計したケースを紹介します。5カ月のデザイン思考プロセスの結果、共同キッチンの創設や技術を使用してカフェテリアの列を減らすなど、10の提案が出されました。しかしその実行にあたったコンサルタントは、IDEOは提言を実行するための手続きや規制への対応を考慮に入れていなかったことを指摘します。こうした問題に取り組むためには、問題を出来事としてではなく構造として理解するシステム思考の視点が不可欠になります。
システム思考による観察と構造の探求
ピーター・センゲは、提唱する「学習する組織」の中で、従前のシステム・ダイナミクスで求められる定量化、定式化を省き、もっと一般的に実践しやすい定性的なシステム思考を重要なディシプリンとして位置付けます。とりわけ、システム思考は本質的に「観察と探求」のディシプリンであり、本来デザイン思考で意図されていた「着想」段階における人々の生活を観察し、問題の構造と本質を理解することがその弱点を強化してくれることでしょう。(フェイヤードの記事では、クリティカルシンキングを用いた「批評的デザイン思考」を提言しますが、世界でもっとも汎用的に使われるクリティカルシンキングの一つがシステム思考です。)
システム思考においては、「出来事」「パターン」「構造」の3つのレベルの視点で掘り下げます。多くの解決策は「出来事」あるいは「パターン」のレベルで編み出されますが、システム思考においては課題のより大きな全体像やそもそも問題を生み出している構造のレベルでの解決策を模索します。
オリジナル論文の浄水施設の事例においても、「生活習慣」「ジェンダー役割」「物流」「支払い制度」といった社会や経済における構造を変えることとあいまって、その効果が実現されました。また、ポジティブ・デビアンスの事例もシステム思考の観点が反映されたものです。ベトナムの栄養改善プログラムでは、外部専門家による栄養補助食品は効果を上げなかったのに対し、小エビ、カニ、カタツムリといった地域の食材を使う家庭を観察することで解決策が見つかりました。つまり、解決策が地域コミュニティのシステムの内部に存在していました。問題を外部から「解決する」のではなくシステムから学ぶことが決め手となりました。
U理論による組織文化の変容
「デザイン思考は期待外れだったのか」の記事で指摘されるもう一つの課題、組織的・文化的文脈の複雑さへの理解不足については、ブラウンらの論文においても、デザイン思考の導入には組織文化の障壁、つまり、失敗への恐れが立ちはだかることが指摘されていました。デザイン思考は「小さく試す」「失敗から学ぶ」ことを前提としていますが、こうした行動指針は多くの在来型組織は「計画」「予測」「管理(リスク回避含む)」を重視するため、実験的なプロセスを受け入れにくくなっているのです。
センゲの提唱する学習する組織においては、「失敗は問題ではなく学習のためのフィードバックである」との認識へとリフレーミングする組織文化の変容を通じてこの障壁を乗り越えます。しかし、このような組織文化の変容は、容易なことではありません。
学習する組織の系譜には、デザイン思考と近い思考法として、MITの研究者であるオットー・シャーマーが提唱した「U理論」があります。U理論は、複雑な社会問題に取り組む際に、既存の思考パターンを手放し、深い観察と対話を通じて未来の可能性を探求するプロセスを示したものです。問題解決のプロセスをU字型のプロセスとして捉えるゆえにU理論と呼ばれます。つまり、まず「現実を深く観察する(co-sensing)」段階、次に「既存の前提を手放して未来の可能性を感じ取る(presencing)」段階を経て、その「洞察をもとに小さな実験やプロトタイプを通じて実装する(prototyping)」段階へと進みます。
このU理論の流れは、デザイン思考の「観察による着想」「アイデア生成」「プロトタイピングによる実装」と驚くほどよく似ています。いずれも、計画や分析から始めるのではなく、現実の観察から洞察を得て、小さな試行を通じて学習しながら解決策を発展させるプロセスを重視しているからです。一つ異なる特徴は、デザイン思考が主として問題解決の実践的な方法論として発展してきたのに対し、U理論は個人や組織の意識や認知の変容により強く焦点を当てている点にあります。プロセス設計の観点からデザイン思考をシステム思考、U理論と統合する価値が大いにあるでしょう。
デザイン思考・システム思考・U理論の関係
ここまで見てきたように、デザイン思考、システム思考、そしてU理論は、複雑な社会問題に取り組むための方法論として互いに補完的な関係にあります。
デザイン思考は、人間中心の観察から出発し、アイデア創出とプロトタイピングを通じて解決策を実装する実践的なイノベーション手法として発展しました。その理論的源流はハーバート・サイモンの設計科学に遡り、問題解決を創造的な探索プロセスとして捉えています。
一方、システム・ダイナミクスから派生したシステム思考は、ピーター・センゲやドネラ・メドウズらの功績によって発展し、社会問題を個別の出来事ではなく、相互作用する構造として理解する枠組みを提供しました。システム思考は、問題を生み出している構造を可視化し、より根本的な介入点を見つけることを可能にします。
さらに、オットー・シャーマーが提唱したU理論は、深い観察と対話を通じて未来の可能性を感じ取り、その洞察を小さな実験を通じて具現化するプロセスを示します。U理論は、問題解決の方法論というよりも、個人や組織がどのように現実を認識し、どのように新しい可能性を生み出すかという意識と学習のプロセスに焦点を当てています。
この三つを整理すると、それぞれが異なるレベルの役割を担っていることが見えてきます。
- システム思考:問題の構造や本質を理解するためのレンズ
- U理論:新しい可能性を生み出すための認識と学習のプロセス
- デザイン思考:解決策を探索し実装するための方法論
複雑な社会問題に取り組む上では、これらを単独の手法として使うのではなく、相互に補完的に組み合わせることが有用です。システム思考によって問題の構造を理解し、U理論によって新しい可能性を洞察し、デザイン思考によって具体的な解決策を実験しながら実装する。こうした統合的なアプローチこそが、ソーシャルイノベーションの実践において重要な意味を持つでしょう。
システムチェンジに向けての統合アプローチ
近年、ソーシャルイノベーションの分野では「システムチェンジ」という概念が重要視されるようになっています。社会問題は単一の原因によって生じるのではなく、制度、文化、資源配分、行動パターンといった複数の要素が相互作用するシステムの中で生まれます。そのため、個別のプロジェクトやサービスの改善だけでは十分ではなく、問題を生み出している構造そのものに働きかける必要があります。
ティム・ブラウンとジョセリン・ワイアットの論文が示したデザイン思考の価値は、単に新しいサービスや製品を生み出す手法としてではなく、人間中心の観察と実験的学習を通じて社会システムに働きかける方法を提示した点にあります。その意味で、デザイン思考はシステムチェンジの実践における重要な入り口とも言えるでしょう。
しかし同時に、社会システムの変革には、問題構造を理解するためのシステム思考、そして人々の認識や関係性の変化を促す学習プロセスが不可欠です。こうした観点から見ると、デザイン思考、システム思考、そしてU理論は、それぞれ異なる役割を持ちながら、複雑な社会課題に取り組むための統合的な実践フレームワークを構成していると理解することができます。ブラウンとワイアットもまた、2021年に「システム変革を加速するためにはデザイン思考の進化が必要だ」と題する論文を通じて、こうした視点を取り入れながらもシステムチェンジを目指すより統合的なアプローチを指し示しています。https://ssir-j.org/the_next_chapter_in_design_for_social_innovation/
ブラウンとワイアットのオリジナルの論文が提示した問いは、単に「より良い解決策をどう設計するか」にとどまりません。それはむしろ、「善意を現実の変化につなげるために、私たちはどのように社会システムを理解し、学び、行動すべきなのか」という問いであり、方法論そのものの改善、学習、進化-ー特にシステム思考やU理論など学習する組織の実践を組み込むことによって、今日のソーシャルイノベーションにおいてもなお重要な意味を持ち続けていくでしょう。
小田理一郎
(出典)
ティム・ブラウン、ジョセリン・ワイアット「デザイン思考 × ソーシャルイノベーション: 善意を空回りさせず、成果を生み出す方法」(SSIR-J)
https://ssir-j.org/design_thinking_for_social_innovation/
アンヌ=ロール・フェイヤード、サラ・ファサラー「デザイン思考は期待外れだったのか」(SSIR-J)
https://ssir-j.org/design_thinking_misses_the_mark/
ジョセリン・ワイアット、ティム・ブラウン、ショーナ・キャリー「システム変革を加速するためにはデザイン思考の進化が必要だ」(SSIR-J)
https://ssir-j.org/the_next_chapter_in_design_for_social_innovation/
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