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世界のチェンジ・エージェント・シリーズ、前回に引き続き、世界でマルチステークホルダー・プロセスのファシリテーターとして名高いアダム・カヘンを紹介します。


聴き方/話し方の4つのモード

南アフリカはじめさまざまな国・地域でマルチステークホルダーの対話を実施して国作りや社会変革に取り組んだアダム・カヘンは、その経験―失敗からの学習と成功に必要なプロセスについて、三冊の著書にまとめています。

その成否を分けるポイントの中でももっとも基本となる動作が、メンバーたちの聴き方/話し方にあります。アダム・カヘンは4つのモードに類型化し、

  • 第一に「ダウンローディング」
  • 第二に「ディベート」
  • 第三に「ダイアログ」
  • 最後の段階を「プレゼンシング」

と呼んでいます。

この4つのモードの中で、ダウンローディングと呼ばれる話し方、聴き方は、ただ自分の知っていることに沿って話し、また相手の話を解釈するモードで、学習の観点では明らかに望ましくない状態です。おそらく、日本の組織や社会にも蔓延し、脱しなくてはいけない話し方、聴き方です。一方、他の3つは特にどれが優れているというわけではなく、そのときの目的や状況によって使い分けるのが効果的です。そして、より大事なのは、個人としても集団としても、この3つの話し方、聴き方のどれか一つのモードに固定することなく、多様性があることが重要です。

例えば、組織での議論や、社会の中での政党間の論争、企業とNGOの間の議論などでは、多くの場合、ダウンローディングになりがちで、せいぜい互いに持論を主張し合うディベートに終始していることでしょう。特に認識がすれ違い、意見がばらばらの状況では、ダイアログやプレゼンシングのモードはなかなか見られません。

アダム・カヘンはこうした状況で、厳密なプロセスと強固な器を築き、話し方・聴き方のモードを変えていきます。特に、「メンタル・モデルを保留する」「視座を転換する」「思い込みやこだわりを手放す」といった動作を場に浸透させます。

視座の転換を可能にするプロセス、『サステナブル・フード・ラボ』の事例

具体的な事例として、サステナブル・フード・ラボを紹介しましょう。世界の食料安全保障は、21世紀にグローバル経済が迎えるもっとも深刻な問題です。人口増加、生活水準と嗜好の変化、バイオ燃料増加など、増え続ける農作物商品の需要に対して、技術革新を進め、土地当たり収量を増やしているにもかかわらず、供給はなんとか追いつくのが精一杯で、この何年間も在庫が十分な状態にはありません。供給が需要増に見合うにあたって、気候、水、土壌、生態系などの環境の課題と農場の経営、労働者の健康や人権、農村コミュニティの崩壊などの社会的な課題が、複層的な制約要因となって、持続可能性が大きな懸案となっているからです。

そこで、サステナビリティ研究所(当時)のハル・ハミルトンや、ピーター・センゲらは、食品業界や小売りの大手企業、環境や貧困問題に取り組む国際NGO、生産者団体やコミュニティ団体、シンクタンク、投資家、政府のリーダーたちを召集します。

2004年それぞれの組織から、サステナビリティに関わる担当者たちが1年間の20%以上の時間を使ってこのマルチステークホルダー・プロセスにコミットメントし、32名がプロジェクトに参加します。

このプロジェクトで、ファシリテーターとして選ばれ、ハル・ハミルトンと共にプロジェクト・リーダーとなったのがアダム・カヘンでした。アダムはプロジェクトの最初の集まりで、次のように述べます。

「もしどうすればいいか分かっているなら、ここに集まる必要なんか無い。私たちは今の現実から、将来行きたいところへと向かうためにここにいるんだ。ここにいる多くの人たちはすでにそれを試みてきたことだろう。しかし、それぞれの組織が、それぞれの状況に対応することに限界を感じて、もっと大きなことをやりたいと思っているからこそ、ここにいるのではないだろうか。それこそ、このプロジェクトの存在意義だ。つまり、システムのあちこちにいる人たちが集まって、今ある現実を理解し、新しい現実を作り上げようとしているんだ。」

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立場の異なる意見をありのままに聴く。メンタルモデルを保留するということ

このプロジェクトが最初に行ったことは、ひたすら徹底的に観察することでした。システム思考を用いて、食料にかかわるさまざまなプレイヤーの行動が、どのようにサプライチェーン全体を悪化させていくかを観察しました。そして、多くの人たちは、それぞれ問題を違うように捉え、従って違う解決策を模索していました。

ある企業の人は言います。近い将来、90億人の人たちが飢えずに食べていくためには、収量の増加が必須であり、化学肥料や殺虫剤なくして供給量を満たせない。たとえ、世界中の蝶をすべて殺してしまおうとも、自分たちは人間を飢えさせないためにはしょうがないのだ、と。

環境NGOの人は言います。肥料の過剰利用が土壌劣化とリン・窒素汚染を招き、殺虫剤によって害虫だけでなく益虫まで殺して生態系をシステム的に劣化させ続けている。蝶や蜂がいなくなったら、多くの作物は受粉できないために、増産などかなわないのだ、と。

立場が違うと、こうしたディベートが頻出し、平行線になることが多くあります。話し方・聴き方のレベル2の状態です。このレベルでは、企業側はNGOが経済を理解していないロマンチストと考え、NGOは企業が環境の現実を理解していない強欲者と考えるなど、ステレオ・タイプや決めつけが横行し、相手が何を主張しているのか、その背景にどのような目的や価値観、思いがあるのか、などを聞く耳を持ちあわせないことがしばしばです。

アダム・カヘンは場の質を高め、関係性の質を高めることで、たとえ自分の意見と違っても、相手を知性や感性を持ち合わせた人間として尊重し、自らの偏見やごり押しを脇に置いて、相手の話していることをありのままに聴くことを求めます。これがメンタル・モデルの保留です。

レベル2「ディべート」からレベル3「ダイアログ」のモードへ

チームはさらに、「ラーニング・ジャーニー(学びの旅)」を行い、ブラジルの生産者たちのもとを訪ね、世界の食料生産の問題を目の当たりにします。多くのマネジャーたちは、自分の経験や頭の中の知識だけでものごとを判断で、農業生産の現場、特に途上国で何が起こっているか見たこともなかったため、目にする現実に多くの衝撃を覚えます。

ラーニング・ジャーニーは、単に、見たことのなかった現実を見るだけでは終わりません。多様なメンバーで構成されるチームは、訪問後すぐにグループで何を見て、何を感じたか、その振り返りを共有します。同じ現場を見た上でも、ある人は「ベスト・プラクティスだ」「すばらしい」といい、別のある人は「問題が多い」「改善のチャンスがたくさんある」と評します。こうした意見の違いの大元には、現実を捉える枠組みであるメンタル・モデルが大きく影響しています。多様なメンバーが、互いの意見やその理由を話し、互いに聞きあうことで、一人では気づき得ない自らの視点―メンタル・モデルへの気づきを重ねていきます。

こうして数日に及ぶ旅を経て、チームは互いへの信頼関係を築いていきました。もはや、互いを対立する「敵」と捉えるのではなく、側に寄り添って課題に取り組む「仲間」あるいは少なくとも中立的な「協力者」として、互いを尊重し、相手の立場になって考え、共感することすらできるようになっていきます。これが視座の転換であり、レベル3のダイアログの状態を築きます。

多くの組織的な課題においては、このレベル3へ進むことで十分であることも少なくありません。しかし、食料問題のようなサプライチェーン全体に及ぶような大きな課題においては、多くのジレンマに葛藤があって、相手の立場を理解する視座の転換ができたからといって解決は未だ困難なままです。

レベル3「ダイアログ」から、レベル4「プレゼンシング」のモードへ

そこで、アダム・カヘンは、メンバーを米国アリゾナ州の砂漠へと誘い、それぞれが48時間を孤独に過ごす思索の旅へと送り出します。それぞれが、行き詰まりとも思えるような状況の中で、自分には何ができるのか、何をなすべきかを考え尽くします。そして、2日後、メンバーが孤独な旅から戻り、再びチームメンバーと一緒になったとき、一同で輪を作ってのダイアログが行いました。

このダイアログにおいて、多くの人は自己のこだわりや思い込みを手放し、悟りにも似た境地で、私たちの文明が迎える大きな課題について、自らの志や使命について穏やかに語り、そしてチーム全体が自分たちを超える大きな一体感に包まれた感覚で、互いの話を聴きます。それはあたかも、何か大きな意思がそれぞれの人の体を通じて言葉を紡いでるかのようです。高度なプレイを展開するプロスポーツ選手の「フロー」状態、あるいはU理論でいうところの「プレゼンシング」と呼ばれるレベル4の状態の話し方・聴き方です。

強い信頼感と結束、そして、大志を共有したメンバーたちは、ホテルのミーティング・ルームへと戻り、食料サプライチェーンの課題について、さまざまなアイディアを創発、共創し、プロジェクト提案とつなげていきました。そこから、多くの企業とNGOが協働プロジェクトを立ち上げ、共に遂行していきます。

立場を越えた協働によって、生み出されつづけている数々のプロジェクト成果

ある食品流通企業は、化学物質の使用量を半分以上減らしても収量を維持し、環境を大幅に改善する農薬利用のガイドラインを策定し、購買基準に埋め込むことで、数多くのサプライヤーの調達・農業慣行の改善を達成しました。

大手小売に勤める社内弁護士は、いかに生産者への公正な支払いを行うかを課題として、サプライチェーン全体での損益状況の互いに開示するプロジェクトに取り組みました。交渉相手に損益状況を見せることは、どの会社にとっても簡単なことではありません。彼女は、まず自分の会社役員を説得して、まっさきに自社が開示することを宣言することで、ほかの会社の開示をとりつけます。その結果、生産者への支払額を見直して、「フェアトレード」といえるような取引構造を創り出しました。

ある食品大手は、調達する魚について持続可能な漁業(MSC)認証取得、茶についてはNGOの認証を受ける方針を立て、消費者に価格転嫁をすることなく、サプライチェーン内の協力で効率的に認証プロセスをすすめ、すでにほとんどの商品は認証済みとなりました。

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参加者のリーダーシップ開発にもたらした影響

こうしたプロジェクトは、参加者としてのリーダーとしての能力開発に深遠な影響を与えます。主力製品の認証化を進めたマネジャーは、部隊の仲間を増やし、その後も数多くの調達商品で同様の措置を進め、社内に「コミュニティ・オーガナイザー」的な働きで、サプライチェーン内の協働するリーダーを次々と育てていきました。事業部門にはまだサステナビリティに後ろ向きの経営者たちが多い中で、会社全体として数年間で単位当たりの二酸化炭素排出量及び水使用量を半減し、すべての商品の持続可能な調達を行う方針を打ち立てます。現場が短期的な視野に陥っているのをみると、四半期毎に報告を義務づける株式市場での上場をとりやめることによって、現場マネジャーが戦略的な意思決定ができるような環境作りを進めて行きました。

システム改革の可能性を示す「マルチステークホルダー・プロセス」

これらのプロジェクトは、今までに比してめざましい成果を残してはいますが、数社の先鋭的な企業の取り組みだけでは、世界的な食料問題の解決にはいたりません。しかし、こうした先例が築かれることによって、アダム・カヘンの進めた対話とシステム的課題に立ち向かうリーダー育成のプロセスは継続的に広がっていき、今や欧米の小売り・食品業界の最大手が続々と、類似するプロジェクトに取り組みを始めています。

マルチステークホルダー・プロセスは、関わる利害関係者たちの複雑なしがらみや意見の相克から、けして容易なことではありませんが、場やプロセスを適切にデザインすることによって、一組織、一セクターではなしえないような、システム的な改革と大きな成果を残すことが可能であることを示しています。

システム的な課題が山積する今日のグローバル社会において、アダム・カヘンが醸成したリーダーシップはますます必要とされることでしょう。どんなに大きなシステム改革も、常にごく数人の思いを持った仲間たちから広がっていくのですから。

関連セミナー

2018年11月in御茶ノ水
アダム・カヘン氏招聘特別セミナー
「合意できない人たちと未来を共創するには~ストレッチ・コラボレーション」


アダム・カヘン氏書籍

社会変革のシナリオ・プランニング――対立を乗り越え、ともに難題を解決する』(英治出版)

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南アフリカのアパルトヘイト問題や、コロンビアの内戦など、世界のさまざまな紛争や対立状況において数多くの解決や進歩を生み出したアダム・カヘン氏の第三作「 Transformative scenario planning」の日本語版です。

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