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【講演録】共有価値を創造するシステム・リーダーシップとは(3)4つの話し方・聴き方

2015年07月08日

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前回の記事からの続きです。チェンジ・エージェント10周年記念シンポジウム(2015年4月25日)、小田の基調講演の内容を数回に分けてご紹介しています。)

対話のアプローチというのは、システムの変容を図る上でとても重要です。答えを押しつけるのではなくて、みんなの内にあるものを引き出そうというときには対話がとりわけ重要な役割を果たします。

対話の第一人者と言えば、私たちの友人であり、またメンターであるアダム・カヘンです。彼は、去年も日本に来ていただきましたけれど、彼を世界的に一躍有名にしたきっかけは、南アフリカでの利害関係者間の対話のエピソードです。

1991年アパルトヘイトをやめることを決めて、白人政権から黒人政権にどうやって移行するかという難題があった際に、民族融和を図るファシリテーターとしてアダム・カヘンが呼ばれました。その対話の結果、南アフリカの経済政策は、国際的には驚くような大きな成果を残したのです。

アダムは、おととし亡くなったマンデラさんからも絶大な信頼を受けていたファシリテーターで、それゆえに彼には、ほかの難題を抱えた国々から、「うちの国でも、対立して行き詰まった状態を何とかしてほしい」と声がかかりました。

一大プロジェクト「ビジョン・グアテマラ」

グアテマラにも1998年に呼ばれたのですが、当時のグアテマラは、96年まで37年続いた内戦がようやく終わったばかりでした。もともとアメリカ寄りの軍事政権による政府軍と、その前の政権の軍部でソ連とかキューバの後ろ盾を受けたゲリラ軍との間で内戦が37年にもわたって続いてしまったのです。

この泥沼の内戦に加えて、深刻な状況にあったのは先住民の人たちです。先住民は、伝統的に土地の権利とか認められていなかったので、土地の自由化を強く訴えました。でも、土地の自由化を訴えることによって、アメリカ寄りの政権からは共産主義だ、ソ連寄りだと見なされてしまって、先住民は政府軍からの虐殺の対象になりました。

この国は700万人いて、その半分以上が先住民です。そして、三十数年の間に700万の人口のうち3%近い20万人が虐殺されました。加えて100万人が強制で住む所を追われたのです。それも政府軍自体が人々を殺したり、追い出したりすることを指揮していたのです。南アフリカのアパルトヘイトは国連から人類への罪として断罪されていましたが、グアテマラでもまた、人種差別に端を発してアパルトヘイトに匹敵するような大きな人類の問題がありました。

こうした状況で、アダム・カヘンがグアテマラを訪ね、南アフリカで行ったように、多様な利害関係者を集めて対話を進めます。政府軍の将軍、ゲリラ軍の幹部、人権活動家、先住民、地主など、多様な人たちが集まりました。中にはこれからの未来を築く若者もいました。マルチステークホルダーの対話では、ただ力のある有力者を集めるだけではなくて、違った視点、違った意見を持っている人を集めることがポイントだからです。ここに「ビジョン・グアテマラ」と銘打った、一大プロジェクトが開始されます。

レベル1:ダウンローディング

対話を進めるに当たってとても重要なことですが、ただ多様なメンバーが集まれば対話ができるわけではありません。自動的には対話は起こらないのです。本当の意味で対話が起こるためには、対話をする能力を集団として上げていかなくてはいけません。システム・リーダーシップというのは、いかに目の前にいるチームの人たちがその能力を上げられるかを支援します。グアテマラの未来を話すために、過去や現状や未来がどうなり得るかといった対話の中身だけではなくて、同時に能力開発、自分たちの対話をするための力をつけていくということを、ファシリテーターはデザインしていきます。

このマトリックスはオットー・シャーマーが作ったものをアダム・カヘンが改変して使っているものですが、縦軸は過去を志向するのか未来を志向するのか、横軸は全体を志向するのか部分を志向するのかによってマトリクッスになっています。話す方法、聴く方法で一番レベルが低いのは、過去を志向し、全体を崩さないようにするという、「過去の再現」です。英語ではダウンローディングと言います。要は、過去にメモリーされたことをただただ再現しよう話し、聴くので、ダウンローディングという言葉が使われているわけです。

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聴いているときには、「この人は政府の人だから、またこういうことを言うだろう」「この人は軍の人だから、こういうことを言うだろう」と、話を始めた瞬間から、「この人はどうせこういうことを言うに決まっている」という予測の聞き方をするわけです。その予測に合うことがあれば、「やっぱりそうだ」と思うし、予測と違うことを言っているときは通り抜けてしまう聴き方です。

話すときには、「どうせ言っても場は変わらない。全体は変わらない(あるいは変えてはならない)」と思っているので、ものすごく丁寧、礼儀正しいけど、肝心なことは話しません。あるいは、話すときは壊れた再生テープのように同じことを繰り返し、それ以外のことを言うのはものすごく不安な状況が起こります。

これを、シャーマーはレベル1の会話という言い方をしていますが、この状態は、対話をする上で最も望ましくないものです。「こういうふうにお茶を濁しておきましょう」みたいなことをやっていたら、行き詰まった状況の中でいつまでたっても前に進まないわけです。

レベル2~4:ディベート、対話、プレゼンシング

前に進むためにはディベート、少なくてもそれぞれの人が思っていることをはっきり言う必要があります。はっきり言うことによって、場合によっては意見の衝突が起こるかもしれません。こういうときの聴くモードは、「どっちの言っていることが正しいんだろう」「どっちの言っていることがメリットになるんだろう」という判断のモードです。ビジネスでは、このモードはおなじみですね。ディベートして、「どの戦略がいいんだろう」とか、「どうデザインするのがいいんだろう」と。こういう議論をするときはディベートを使うことが普通です。多様な関係者で集まったときも、元々レベル1のモードからスタートしている場合は、まずディベートに移るのは望ましい変化の一つです。

しかし、お互いただ主張するだけでは、特に社会的な問題においては、ただGDPを増やせばいいとか、雇用を増やせばいいとか、成功の軸が1つだったら、比較的合意は可能かもしれません。だけどそもそも経済だけでいいのと。もっと社会とか文化とか教育も考えましょうよということだったり、いろんなトレードオフがある中で、そもそもモノサシが1つではない状況において、ディベートをやってもその成果を簡単にはジャッジができませんからなかなかうまく進みません。

ビジネスではまだそのモノサシに合意しやすいから、ディベートが有効になることがありますが、社会の中の多様な利害関係者の間ではなかなかうまくいきにくいのです。そこで必要になってくるのが対話です。

対話というのは、話すときには、自分が「自分よがりのことを言っていないだろうか」「勝手な解釈をしていないだろうか」と内省的に話をすることができるし、聴いているときには、自分はその立場ではないけれど、相手の靴を履いて、相手の帽子をかぶってみて、その立場にいるとこういうことなんだねと、共感的になれるような会話の仕方です。こうした会話ができるようになると、ディベートではなくてダイアログ(対話)に変わるわけです。

そしてダイアログからさらに上に行くこともできて、プレゼンシングとかフロー状態というのがあるのですが、これは後ほどまた戻ってきます。次に、ここの変化がどういうふうに起こったかということを、グアテマラの話に戻ってお話をします。 

 (つづく)

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