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アダム・カヘン『敵とのコラボレーション』出版記念講演(2018.11.1)での質疑応答【前編】

2019年10月28日

『敵とのコラボレーション――賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』(英治出版)が発売されて、まもなく1年となります。

昨年、発刊された翌日の2018年11月1日、東京でアダム・カヘンの新著『敵とのコラボレーション』出版記念講演会が開催されました。その際の講演録はこちらからご覧いただけます。

本編では2回に分けて、講演後に会場に集まった300人の中から先着で質問12件をいただき、それにアダム・カヘンが回答した質疑応答の記録を紹介します。日本の対話やコラボレーションの実践者たちからの質問に対するアダム・カヘンの経験に裏付けられた実直な回答には、講演そのもの以上に多くの洞察が含まれていると感じています。

Q1.なぜ対立が生まれるのか

対立は日常的な現象です。対立が生まれる原因は、違いが存在するからでしょう。違いは常に存在しています。しかし、私たちは違いが存在しないかのように振る舞います。フリをしたからといって、違いが存在しなくなるわけではありません。

私はモントリオールの出身ですが、モントリオール出身のシンガーソングライターで詩人のレオナルド・コーエンをご存知でしょうか。彼は、最新作の前のアルバムの中でこう書いています。

"Although all may be one in the higher eye, down here where we live, it is two."
「高い場所から見ればすべては1つかもしれないけれど、私たちの住むこの場所から見れば2つなのだ」

そう、高い場所から見れば、私たちは1つなのかもしれません。しかし、私たちが暮らすこの場所において、私たちは"多数"です。そこから生まれる対立は避けられません。対立は生産的なものかもしれないし、腹立たしいものかもしれないし、その両方でもありえます。しかし、無視することはできません。これが第一のストレッチのポイントです。私たちは1つであり、同時に私たちはそれぞれであります。この両方が正しいのです。だから、そのどちらの側面にも向き合ってほしいのです。

Q2.「敵」とは何か

敵とは、私と違う誰かのこと、私たちが脅威とみなす誰かのことです。この本で主張するのは、私たちにとって敵が存在しないわけではありませんが、思っているほど敵は多くないということです。極限の状況下で私たちは他者を敵と見なします。この本は、そのような敵の話ではない場合でも、他者との間での違いや対立に対処する一般的な状況について書いたものです。

Q3.テロリズムにどう対処すればよいか

私にはテロリズムにどう対処すればよいかはわかりません。ここでは違う視点から回答しましょう。

敵を生み出すとき、つまり他者を敵として見るとき、そこにはいつも恐怖があります。恐怖が正当な理由による場合もありますが、実際には、そうでないことが多くあります。恐怖に関する問題の一つは、人々はえてして極端な例を持ち出してしまうことです。

この本が完成するまでの過程で章ごとにインターネットで公開し、多くの人にフィードバックをお願いし、多くのコメントをいただきました。その中で、章を公開する毎に「一体どうやってイスラム国(IS)とコラボレーションができるというのか?」とのコメントが含まれていました。この「同意できないこと」から「イスラム国」へといつも飛躍してしまう傾向が、二極化、鬼畜化、そして「敵化」へとつながり、あらゆる状況をさらに困難なものにしています。このことこそが、世界中のあらゆるところで、刻々と深刻さを増す問題なのです。

違いや対立があるという事実が、「いやいやいや、私はこいつらとと同意なんてできない、こいつらは悪魔だ、悪魔に協力すると私たちも悪魔になってしまう!」と飛躍してしまっています。私は、どんな違いも「敵化」へとエスカレートしてしまう傾向が、とてつもなく危険だと考えています。明日の新聞を見てみれば、そんな事例を見つけることができるでしょう。

Q4.(コラボレーションを起こすために)他者をどのように説得するか

いつも受ける質問です。私の著書に関する議論でも、誰かしら必ず「どうやって、人に~させることができるか?」と尋ねます。英語では日常的に使われるフレーズでもあります。

端的答えるならそんなことはできやしません。誰にも、どんなことであっても「させる」ことはできないのです。とても根本的なことであり、これが第三のストレッチのエッセンスです。

「他の人に何かさせよう」とあれこれ考えることは、生産的な活動ではありません。私は土曜日にタイから日本へと来ました。タイは現在軍事政権です。軍事政権ならば、人々を思いのままに動かせると思うかもしれません。しかし、タイの首相となった将軍でさえも、「私が命じたことの1%も実行されない」と言っています。このような状況ですら、他者に何かをさせることはできないのです。

私ならこう問うでしょう。少なくとも私のアプローチとしているのは、いかに人に何かさせようとするかではなく、いかにして「自分たちは行き詰まっている」とすでに考えている人たちを見つけ出すかです。メキシコの事例がそれにあたります。彼らはすでに、自分たちが望むところへは辿り着けないと気付いていました。だから、多くの場面で同意できず、好きではなく、信頼できない相手と協力することを選んだのです。実践的な問いは「前進する唯一の道は何か?」となります。

Q5.緊急事態の後もコラボレーションを持続させるにはどうすればよいか

いくつかのシナリオが考えられるでしょう。役に立つコラボレーションなら持続します。協力することで単独では生まれなかった成果が生まれ得ると感じる場合です。だが、そうでない場合もあります。一時的なコラボレーションによってニーズが満たされたなら、元の通り単独に、あるいは仲間や友人との間だけの取り組みに戻るのです。

だからこそ、私は4つのオプションがあることが、とても大切だと考えるに至りました。コラボレーションというオプションは必ずしも安定的ではありません。とても困難なやり方だからです。従って、水平なつながりよりも、縦のつながりで取り組むことの方が多くなります。その方がすんなりいくのです。組織構造の中でのほうがより簡単に進められます。複数の組織を巻き込むと複雑になるのです。

サステナブル・フード・ラボ(SFL)の事例については詳しい人もいるかもしれません。2003年から続くグローバルなコラボレーションです。SFLでは、(数十の)参加組織が他者と協力して行う活動もあるし、それぞれ別々に行う活動もあります。つまり、これらの組織は単独で活動すると同時に多数と協力して活動を行っているのです。

4つのオプションがあることを強調している理由は、どんなことでも全員を巻き込んで行い、単独では何もやらないことなど不可能だからです。従って、常に問うことは、どんな状況において、誰と協働するのか?です。この見極めが重要なのです。

Q6.コラボレーションにあたって自身の抱く恐怖にどのように対処するか

他にもできることがあるでしょうが、もっとも重要なことは、平常心でいるということです。そして、困難な状況において恐れを抱いていても、落ち着いてコラボレーションを続けられるという例を示すことです。

何年も前にコーチングの師匠レン・ブラニック・ケアーは、教室で話し合っている際にみんながひどく感情的になったときに、ティッシュを皆に手渡してこう言いました。「さあ、続けて」と。「確かに私は怖がっているが、私はやめようとしない。きっと怖いだろうけど、私は続ける」ということがディシプリンなのです。自分の持っていた恐怖は、時として現実になることもありますが、それでも前に進み続ける道を見つけるのです。

特に大切なのは、自分自身の恐怖がシステム全体の恐怖を増幅させないことです。師匠は増幅システムを「ステップアップ」させるのではなく「ステップダウン(一歩引く)」するようにと話しました。リーダーにもっとも重要な資質の1つは、自分自身の受身な反応をコントロールして、前に進み続けることです。

Q7.どのように(参加者の)心理的安全を確保するか

私は、誰ひとりさえ心理的安全を保障できるかは定かではありません。私が経験してきたような状況で「みなさんは安全です」と言うことは、非倫理的であるとさえ思います。安全かどうかなど分からないのですから。安全かもしれないし、そうでないかもしれません。「みなさんにとって政治的、心理的に安全かどうかは、ご自身で判断してください」そして「ご自身の安全のために必要な対処を行ってください」と伝える方が倫理的に正しいでしょう。

対立をはらむ状況においては、怒りを覚えることがあり、危険を覚えることがあるのは避けられません。みんなが「そうだ。私は合意できないあの人たちと話したんだ。そして、議論を交わし、まだこうして生きている。そして、これからも考えの違いはあっても議論を継続し、協力し続けている」ということに気がつきます。これは大きな違いです。

これは達成して得られることであり、だからこそ、私はサントス大統領の言葉には重い意味があると考えています。決して合意できなかったし、これからも合意しえないであろう相手と協力することができるという学びです。これは本当に興味深いことです。私たちは往々にして、合意できなければ協力できないと考えています。しかし、その考えこそが分断と極化につながっているのです。

後編に続く

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