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学習する組織/システム思考に効く読書(9)新刊『システム思考がモノ・コトづくりを変える』の紹介

2019年12月03日

稗方和夫さんと高橋裕さんの書いたシステム思考の新しい書籍『システム思考がモノ・コトづくりを変える』を紹介します。筆者達は、複雑化する高度システム化社会において、モノづくり・コトづくりに不可欠な要素である顧客の要望や自社のコア技術などを俯瞰的に捉えて見える化し、適切に検討して創発することで、デジタル技術を活用した新しいビジネスモデルの確立や企業・事業変革(=デジタルトランスフォーメーション:DX)を果たすを目指しています。そして、DXの推進・実現に有効な思考法であるシステム思考について紐解きます。

 構成は、以下のようになっています。

    • 第1章 新たなモノづくり/コトづくりに必要なもの――AI+IoTのその先へ
    • 第2章 良い「創発」を生み出す――システム思考と工学的アプローチ
    • 第3章 システムをより深く理解する――機能分析と設計項目のモデル化
    • 第4章 システムへの理解を「創発」につなげる――コア技術と効果的・創造的な解決策
    • 第5章 想定外を想定し、最適解を得る――システムの動的・定量的な分析
    • 補章  ケーススタディ――システム思考を用いた新製品プロジェクトの分析

すでにシステム思考の書籍を読んだことのある方には、特に第3~4章の機能分析、システムアーキテクチャ分析などはなじみがない方もいらっしゃるかもしれません。実は「システム思考」の応用範囲はとても広く、古今東西で500ほどの流派があると言われています。ピーター・センゲやドネラ・メドウズらによるシステム思考は、システム・ダイナミクス学派のものであり、本書では第5章に該当し、より動的な分析やさまざまなシステム間の相互作用、相互依存性に重点を置いています。

本書の大きな特徴は、システムアーキテクチャやシステムエンジニアリングなど、人工物の設計デザインのアプローチであるシステム・デザイン・マネジメント(SDM)の方法論の取り入れて、よりモノづくりのプロセスそのものを詳しく掘り下げて紹介している点にあります。そして、本書で統合するように、SDMとシステム・ダイナミクス学派のシステム思考は、互換性、相互補完性に優れていると考えます。

おおまかに、第1章では複雑化する高度システム社会においては、なぜカンと経験、AIによる置き換えではうまくいかないのかを多数の事例を交えて紹介する一方、わずかな視点の転換が新たな発想を生むことを紹介します。例えば、下記のような例を挙げています。

  • 海運業界:球状船首を持たず遅い運行の船が燃料コストを下げる
  • 物流センター:入庫する在庫を空いているスペースに次々と詰め込むフリーロケーション方式によって荷役費を下げ、スペースを有効活用する
  • 航空業界:セキュリティ検査後のレストラン、ショップ、ラウンジ利用を充実させることが定時運航率を高めることにつながる

第2章では、多くのシステム思考流派に共通する、そもそもの目的や要求を明らかにすることの重要性について紹介します。ツールとしてステークホルダー・バリュー・ネットワーク(SVN)分析、機能要求と非機能要求の分析を紹介します。とりわけ、マーケティングの重要命題でもある真のニーズの見極め、時代の転換期や想定外の事態における価値とコア技術の見極めなど、人や組織のメンタルモデルに根ざす課題についてわかりやすい事例と共に紹介します。

第3章では、要件定義とシステムアーキテクチャ分析、オブジェクト・プロセス(OPM)方法論を紹介して、前章における機能要求分析をさらに掘り下げてロジック分解を行います。さらに第4章では、設計ソリューションを構築するために設計選択肢やトレードオフの分析について紹介します。ここでは、そもそもその機能は必要か、といった問いかけや、要素技術・コア技術の転用、深化などのテーマを事例と共に紹介しており、人工物のシステムデザインの実務イメージを提供します。

第5章では、コトづくりとして位置づけながら、システム思考入門者にはおなじみの因果ループ図分析、さらには定量的にシミュレーションを行うシステムダイナミクスを紹介します。設計したソリューションが、さまざまな利害関係者の関与する実社会でどのようなパフォーマンスを示しうるのか、さまざまなシナリオや感度分析を用いて意思決定を支援するプロセスを紹介しています。また、補章のケーススタディでは、システム思考を用いた車載機器の新製品開発のプロセスについて、2~5章で紹介したツールを活用するプロセスの流れを紹介しています。

本書はモノづくりに関わる技術者の方々、あるいは技術者と仕事をする企画、マーケティング、事業開発を行う方々にお勧めします。

本書を通読することで、モノづくり、人工物の設計に関わる技術者の方にとって、システム思考がどのような視点を提供してくれるかわかりやすく示す、よい入門書になると感じます。また、マーケティングや事業開発に関わる人にとっても、技術者の方々と協働する上で設計上どのような情報が必要となるのか、あるいはニーズとシーズをどのように掛け合わせればよいのかを知る上で有用と感じます。

私自身、メーカー勤務時代にプロダクトマネジャー及び事業開発担当者として、製品の改良や新製品開発のプロジェクト50件ほど関わりました。マーケティング部署を軸足にしていたことから、ユーザー、購買決定者や他の利害関係者の要求をまとめては、社内外の技術者の皆さん達と丁々発止に議論したものでした。その際に、断片的ではありますが、この本に紹介されているいくつかの方法論を用いて仕事を進めていました。今にして思えば、当初からこうした方法論を体系的に学んでいれば、技術者の気持ちにもっと早く寄り添い、あるいはより効果的に要求事項を伝達できただろうと振り返ります。

本書を起点としながら、システムアーキテクチャやシステムエンジニアリング、デザインシンキング、あるいはシステム・ダイナミクスなどの分野にさらに掘り下げていくのもよいでしょう。あるいは、多様な利害関係者の要求、ニーズ、価値について考えていく上では、さらに社会システムに関するさまざまなアプローチ、とりわけ認知行動論や行動経済学、組織学習論などを掘り下げることも有用です。

本書が提示するように、システム思考が、モノづくりの基盤をしっかり抑えながらコトづくりへと発展させ、自然科学と社会科学の融合して、人工物システムが人や組織や社会や自然などの生命システムと響き合うような、よい創発・共創のための基盤と共通言語を提供してくれることを願います。

(小田理一郎)

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