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学習する組織と東洋思想(2)

2021年07月21日

保険業界中堅ランクの会社に「学習する組織」を導入することでトップランクの企業にまで育てあげた経営者ビル・オブライアンは「システムへの介入の成否は、介入者の心のあり様に依存する」と述べています。また、リーダーシップは習得できる技術であると同時に、その実践ではあり方(Being)が大切といわれます。なぜ、あり様、あり方が大切なのでしょうか。

リーダーシップに関わる意識と能力の4つのレベル

組織学習協会(SoL)メンバーで長らくエグゼクティブ・コーチングやシステム思考の指導をしてきたリック・カラシュは、リーダーシップに関わる意識と能力には4つのレベル、「知識」「スキル」「姿勢・立ち位置」「あり方」で捉えることを提唱しました。

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この4つのレベルは、下のレベルを基礎にしながらその上のレベルが重なることで、より高い効果を発揮できるようになると説明しています。つまり、同じようにマネジメントやリーダーシップに関する「知識」や「スキル」を持つリーダーであったとしても、その人の「姿勢・立ち位置」「あり方」によって、効果は大きく増幅されたり、逆に大増に相殺されたりもするのです。

中国、北宋の時代に活躍した政治家の司馬光は、司馬遷と並ぶ歴史家、儒学者として今日に伝わっています。その司馬光は『資治通鑑(しじつがん)』で、「徳は才能が正しく発揮されるように導く役割を担っている。ただし同時に、徳は才能の助けや支えがあってこそ、発揮される」といっています。

リーダーシップとは、フォローしてくれる人々がいて成り立ちます。リーダーとフォロワーたちが、共通の目的に向けて情熱を傾けてその能力を発揮してくれることで成り立つものです。では、フォロワーたちはなぜ情熱を傾けて自らの能力を発揮したいと思うのでしょうか? それは、首相だからとか、社長だからということではありません。また、その人の才能やマネジメント知識やスキルは、ないよりはあったほうがよいですが、リーダーの姿勢が受け身であったり、いざというときには放り出したり、あるいは、人として尊敬できない振る舞いや発言をしていたら誰もついてはいかないでしょう。一緒にことを始めるときは才覚であることはありますが、一緒にやってられないと思うのはその人のあり方だったりします。つまるところ、洋の東西を問わず、衆知を集め、人々の行動や変容を促すのは、人々にとって志を共にし、一緒に仕事をして自らの知性や努力を傾けたいと思うような、仁徳やあり方のような人間性の成長、発達にあると言えるでしょう。

では、どのように姿勢やあり方を磨くことができるでしょうか? その答えは実践にあると考えます。学習の基本として、「わかる(知識)」と「できる(スキル)」は違うと言います。その違いを生み出すのは、何度も繰り返し練習すること、習熟するまで繰り返すことです。さらには、単に「できる」だけでなく、自身よりも大きな目的のために実践し、また目的のために意識や能力を磨き続ける際に、その姿勢やあり方が問われるのではないでしょうか。

困難、失敗、挫折に対して、現実的な楽観主義や希望をもって目的にコミットメントを維持すること、自分や他者を責めたり、コントロールの効かないことをやみくもにするのではなく、何がコントロールできるかに意識を向けること、そして、自身や他者の思考や行動にチャレンジして能力を広げ続ける、などです。

こうしたやり抜く力を鍛え、飽くなき実践を継続する上で重要なのは、何のためにそれを行うのか、目的とビジョン、つまり志を明確に抱くこと。困難にあっても、なぜ自分たちがそれをなすのか、明確な目的意識やそれができたときに自分たちの行動が周囲の人々にとってどのような違いや変化を生み出すのかを明確に描くことです。

「自己マスタリー」と「修己」

三国時代、蜀の宰相だった諸葛亮孔明は、子孫に残した『戒子書』の中で「じっくりと構えて自分を練磨し、何事も控えめに振舞い、人の模範となる行動を身につけることである。無欲でなければ、大志を抱き続けることはできないし、また、じっくり構えなければ、大きな仕事は成し遂げられない。じっくり構えるだけで自分を磨く努力を怠ったのでは、能力を高められず、大志を失っては、自分を磨く努力を継続できない。」と述べました。

これはまさに、ピーター・センゲの重視するディシプリンである、個人の成長と学習を継続するうえでの原動力となる「自己マスタリー」の本質に重なるものです。自己マスタリーは、組織の中で個々人が、それぞれの道、マスタリーを究めるために、自らの意識と能力を磨き続けるプロセスです。マスタリーの探究は、志を原動力とし、また、志は自らの「源」につながることで強固なものとなります。自らの内的基盤があってこそ、激動のVUCA時代において、変化に適応しながらもぶれない軸、衝撃に対しても折れない心を持ち続けることができるでしょう。

また、姿勢やあり方を鍛えるには、古典に学び自らを省察することも有用でしょう。そして、日本人である私たちにとって、東洋思想がより身近であり、また、グローバル社会におけるユニークな貢献にもつながりうるでしょう。

東洋思想の中でも儒学は一言でいえば「修己治人」の学問と言われ、2500年来リーダーシップの教科書として用いられてきました。日本でも時代をこえて渋沢栄一氏、稲盛和夫氏をはじめとしてあまたのリーダー、経営者が学び指針としてきました。儒学を学ぶ上で最初に読むべき書とされる『大学』では、「天子から一般に至るまで、おしなべて自分の身を修めることが根本である」と書かれています。「修己」つまり、己を修める道、修養に励んで徳を高め、まず自分という人間を作りあげる、つまりあり方を磨き続けることがまずリーダーにとっての根幹にあるされておりその目的、方法、実践についての哲学、智惠が伝えられています。

書籍『学習する組織』の中で、「自己マスタリーのディシプリンの起源は東洋と西洋の両方の、宗教的、非宗教的な伝統にも起源がある。」と書かれているように、学習する組織における「自己マスタリー」と儒学における「修己」の概念には共通点や互いをより深く理解するためのヒントを見出すことができるのではないかと考えています。


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【関連コンテンツ】

動画:学習する組織における「学習」とは?
https://www.youtube.com/watch?v=v2zUtXJeCEw

学習する組織と東洋思想(1)
https://www.change-agent.jp/news/archives/001250.html

枝廣さんに聞いた「現代に効く」東洋思想の力(1)
https://www.change-agent.jp/news/archives/001346.html

枝廣さんに聞いた「現代に効く」東洋思想の力(2)
https://www.change-agent.jp/news/archives/001462.html

東洋思想から学んだチェンジ・エージェントたち(1)
https://www.change-agent.jp/news/archives/001314.html

東洋思想から学んだチェンジ・エージェントたち(2)
https://www.change-agent.jp/news/archives/001331.html

東洋思想から学んだチェンジ・エージェントたち(3)
https://www.change-agent.jp/news/archives/001367.html

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