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アダム・カヘン氏講演録:社会システムに変容をもたらすためのラディカル・コラボレーション: 愛・⼒・公義に取り組み、「共に」「前へ」「進む」(前編)

2023年04月28日

アダム・カヘン氏特別講演イベント
「コラボレーションをみつめ直す:いかに違いを超えて、システムを変容するか?」講演録

社会システムに変容をもたらすための
ラディカル・コラボレーション

愛・⼒・公義に取り組み、「共に」「前へ」「進む」 (前編)

アダム・カヘン、レオス・パートナーズ社

2023年3月12日 東京


はじめに

希望を持てるストーリーをご紹介しましょう。

昨年11月、私は国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)に参加するため、エジプトに行きました。グローバルな気候危機は、人類全体の脅威となっています。この危機には、3つのレベルで複雑かつ困難な一連の課題に取り組むことが求められています。1つ目はエネルギー・産業・食糧・輸送・金融システムのレベルでの変容。次に、基盤である経済・政治・文化システムのレベルでの変容。そしてより根本的には、私たちの互いの関わり方、そして私たち全員のふるさと、地球との関わり方のレベルの変容です。

誰もが気候変動の脅威にさらされていて、誰もがこうした変容への貢献に一般的な関心を持っていますが、人や組織、国によって、具体的な関心や能力、理解、熱意は大きく異なります。ケニアの非常に貧しい農家とドイツの炭鉱労働者、米国政府と中国政府、企業と活動家、若い学生と中産階級の退職者の違いを考えてみてください。必要な変容をもたらすためには、こうしたステークホルダーが協働する方法を見つけなければなりません。しかし、これは簡単なことでも、一筋縄でいくことでもありません。
エジプトには、政府の代表、NGOのリーダー、実業家、科学者など、世界中から3万5000人がこうした変容に取り組むために集まりました。自分ひとりの力ではたいしたことはできない。だから、同意できない、好きではない、信頼できない人も含め、他者と協働しなければならない、ということは誰もが分かっていました。彼らは2週間、毎日、パネル、ワークショップ、交渉など、何百もの会議を並行して行い、共に前に進む方法を模索しました。公式の代表者たちが出入りできる主なエリアは、1階建ての巨大なプレハブ建築物3棟から成り、それぞれの建物には側面を開放したパビリオンの長い廊下があり、1日中あらゆる種類の会議が同時進行で行われていました。それは、あらゆる方向に広がっていき、騒々しい音が響く、社会変容のバザールでした。

この経験は、刺激的でもあり、圧倒されるものでもありました。会議を終えて振り返ることができた時、いくつかのシンプルな事柄がより明確になったことに気づきました。会議でのコラボレーションは進展をもたらしましたが、気候変動によるさらに多くの大災害を防ぐ軌道に乗るには、決して十分ではなかったのです。今後数年間でうまく軌道に乗る可能性はあまりありませんが、あり得ないとはいえません。軌道に乗るには、さらに多くの、さらに良いコラボレーションが必要となり、そうしたコラボレーションは可能なのです。

哲学者モーゼス・マイモニデスはこう言いました。「希望とは、起こりうることの中での必然だけでなく、可能なことの中でのもっともなことを信じることだ」と。

私には希望があります。

過去30年間にわたって、自問自答してきた最も重要な問いがあります。「現代の非常に困難な課題に取り組むために、多様な他者と協働するには何が必要だろうか?」あるいは、もっと基本的な言い方をすれば、「今求められている、共に取り組み、共に生き、共に存在するための方法とはどういうものだろうか?」という問いです。私は実践的な実務家です。自分たちが所属している社会システムに変容をもたらそうとする、多様なステークホルダー間のコラボレーションのファシリテーターを務めています。私がこの仕事を始めたのは1991年の南アフリカで、同国が人種的抑圧政策から人種差別のない民主主義へと変容していった時期でした。この変容は、一筋縄でいくものでも、簡単なものでもありませんでした。というのも、南アフリカの人々の間には、植民地主義とアパルトヘイトによって生み出され増幅していた、立場、イデオロギー、文化、ニーズの深い相違があったからです。私はモン・フルー・シナリオ演習というプロセスのファシリテーターを務めました。この演習に参加した28人の南アフリカのリーダーたちには、黒人も白人も男性も女性もいて、左派、右派、野党、体制派に属する人々や、政治家、実業家、労働組合員、コミュニティ・リーダー、学者などがいました。彼らは1年間にわたって、自分たちの国に変容をもたらす道筋を立てるために協働しました。この演習の参加者たちは、南アフリカを変容させるために大きく貢献したのです。

私はこの特別な経験を通して、自分の天職はファシリテーターだと分かりました。それ以来数十年にわたり、レオス・パートナーズ社の同僚たちと私は、このような多様なステークホルダーによるあらゆる規模のコラボレーションのファシリテーターを世界各地で何十回も務めてきました。それらは、健康、教育、食糧、エネルギー、開発、公義、安全保障、ガバナンス、平和、気候など、あらゆる種類の社会変容に関するものです。南アフリカのような特別な文脈でのさまざまな仕事から私が受け取ってきたギフトは、彼らが鮮やかな色彩で描かれた社会変容のダイナミクスを見せてくれたことです。家族や組織、コミュニティなど、普通の文脈でも全く同じダイナミクスが存在すると思いますが、そこでは抑えられた色彩で描かれることが多いので、見分けるのはさらに難しくなります。この特別な状況の体験によって、私はこうした普遍的なダイナミクスを見分けることができるようになったのです。

モン・フルーからCOP27まで、30年に及ぶ実践の経験のおかげで、私は多くの試行錯誤の機会を得て、それゆえに多くの学びの機会も得てきました。5冊の本を書き、この実践から理論を構築しようと試み、それを他の理論家や実践者の仕事と結びつけてきました。私は物理学者として、その次に経済学者としての教育を受けたので、こんな冗談を言います。「実践でうまくいっていることが、理論でも本当にうまくいくのだろうかと考えると、真夜中でも目がさえてしまいます」と。今日は、社会システムの変容を目指して協働する際に必要なことは何か、実践と理論の両面から私が学んでいることを説明したいと思います。

コラボレーションは、ますます必要になっていると同時に、ますます困難になっています。なぜなら、私たちが直面している課題は、こういった課題に取り組みたいと願い、取り組む必要性を感じているステークホルダーをますます多く巻き込んでいるからです。また、彼らは専門家やエリートに従う気はないという理由もあります。このような文脈では、全体に焦点を当て、計画に合意し、人々に計画を実行させるという従来のコラボレーションの方法は、ますます効果的でなくなっています。そのため、私たちの課題に効果的に取り組むためには、私が「ラディカル・コラボレーション」と呼ぶ、従来とは異なる方法が必要です。それは、私たちの社会システムを単に改革するというよりもむしろ、変容させるために必要なことの根本に迫るコラボレーションの方法であるという点で、ラディカルなのです。

ラディカル・コラボレーションには、何が必要なのでしょうか? 随筆家のオリバー・ウェンデル・ホームズは「私は複雑さの手前側にある単純さは気にも留めないが、複雑さの向こう側にある単純さは何が何でも手に入れたい」と言いました。私もそのような有用な単純化を試みています。

ラディカル・コラボレーションとは、社会システムに変容をもたらすために多様な他者と協働する一つの方法であり、人間の普遍的な3つの衝動である愛、力、公義を必要とします。ラディカル・コラボレーションでは、この3つすべての衝動に取り組めるようになることが求められます。ちょうど、3次元の空間を移動する際に、左右、前後、上下の3つの方向に進めなくてはならないように。愛、力、公義のこのモデルは、社会変容のためのマニュアルを与えてくれるわけではありません。このモデルは、私たちがいる社会的領域の地図を提供することで、何が起こっているかを私たちが理解することを支援します。また、この領域の中で前進するための一連の実践を示唆することで、起こっていることの変容を可能にします。ファシリテーションの先駆者の一人であるクルト・レヴィンは、「優れた理論ほど実践的なものはない」と言っています。私がこのモデルに取り組んでいるのは、それが実践的だと考えているからです。今日は、私が現在理解していることを皆さんにお伝えし、それが皆さんの経験とどのように関連しているのかをお聞きしたいと思います。

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COP27での状況を駆り立てていた最初の力は、明らかなものでした。参加者3万5000人は気候危機を懸念し、その取り組みに貢献したいと考えたから参加したのです。その共通の懸念は、「1.5℃目標を死守しよう(keep 1.5 alive)」というスローガンに集約されました。つまり、地球の平均表面温度の上昇を1.5℃に抑えるために協働しよう、というものです。パキスタンの壊滅的な大洪水など、世界各地でますます頻発し、深刻化している気候関連の大災害は、誰にとっても記憶に新しいところでした。参加者たちは、自らがグローバルな社会・経済・政治・技術・環境・文化システムの一部であること、このシステムが危険なほどにバランスを崩していること、そしてそのバランスを向上させるためには多様な他者と協働する必要があることを理解しました。

私はこの最初の衝動を「愛(Love)」と呼んでいます。私はこの言葉を、よくみられる恋愛の意味で使っているのではなく、神学者のパウル・ティリッヒが示した「愛とは、切り離されているものを統一しようとする衝動である」という意味で使っています。誰もが愛によって駆り立てられているのです。再統合されるべきものが何であるかについての理解は、それぞれ異なっているにもかかわらず、です(多くの場合、家族や組織、コミュニティといった小さな輪の再統合に重点が置かれます)。分裂、二極化、悪魔化が強まるにつれて、愛はさらに困難にもなり、さらに重要にもなっています。例えば、COP27の参加者たちは、人と地球、グローバル・ノースとグローバル・サウス、東側と西側、政府と市民社会と企業の間の分離を修復する――相違を橋渡しする――ために集まっていました。愛とは、相互のつながりと相互依存という現実、つまり私たちはより大きな全体の一部であるということから生まれるものです。社会システムの一つの次元がそのような部分性だとすれば、愛とは、この次元で私たちが「肩を並べて」進むことを可能にする衝動なのです。

コラボレーションは人々が集まって成り立つものという事実から考えれば、愛はコラボレーションの本質です。1991年、モン・フルー・チームのメンバーが、アパルトヘイトで切り離された状態(アフリカーンス語でapartheidとは、単に「分離」という意味)を越えて、南アフリカの崩壊を修復する方法を探すために集まったとき、彼らはそうした愛によって駆り立てられていたのです。

しかし、私が初めて社会変容に対する愛のさらに深い可能性を理解したのは、1997年にグアテマラで仕事をしたときでした。36年にわたる大量虐殺を伴う内戦を終結させた和平協定への調印から1年後に、私はワークショップのファシリテーターをしていました。その内戦は、政府、軍、都市のエリート層の側と、ゲリラ・グループと先住民の農民の側との間で起きたものでした。このワークショップは、和平協定の実施に寄与するため、こうした社会の溝をまたがったリーダーたちを集めたプロジェクトの第一歩でした。指導者たちは、内戦では異なる陣営にいたため、会場は疑心暗鬼に満ちていました。人権調査担当者であるロナルド・オチャエタは、内戦中の大虐殺による共同墓所の発掘調査を視察するために、ある先住民の村に行ったときのストーリーを語りました。墓から土が取り除かれたとき、オチャエタは、多くの小さな骨があることに気づき、発掘調査を監督する法医学者に当時何が起こっていたのか尋ねました。法医学者は、虐殺された人の中には妊婦もいて、小さな骨はその胎児のものだと答えました。

ワークショップでオチャエタがこの話をした後、会場は長い間静まり返りました。そして、チームは休憩を入れた後、ワークを続けました。その後数年間、彼らは多くの国家のイニシアチブで協働しました。4回の大統領選挙運動、歴史解明委員会、財政協定委員会、和平協定監視委員会への貢献、地方自治体開発戦略、全国貧困撲滅戦略、新しい大学教育カリキュラムへの取り組み、派生的に生まれた6つの対話などです。こうした取り組みを通じて、グアテマラ・チームはグアテマラの変容に貢献したのです。

後に研究者がこのチームのメンバーに聞き取り調査を行ったとき、数名は沈黙の時間があったからこそ、このように皆で貢献できたのだと語っていました。そのうちの1人はこう話しました。「語っているとき、オチャエタは誠実で、穏やかで、声には憎しみのかけらもありませんでした。そして沈黙が訪れます。その沈黙は、少なくとも1分間は続いたのではないでしょうか。恐ろしかったですよ! 誰もが心を揺さぶられる体験でした。きっと私たちの誰もが、あの瞬間は大きな聖体拝領のようでもあったと話すことでしょう」。こう話す人もいました。「オチャエタ氏のストーリーを聞いた後、実際に起きたことの全貌を心から理解し、実感しました。そして、こうしたことが再び起こるのを防ぐために、私たちは懸命に努力しなければならないという気持ちになりました」。カトリックを信仰するグアテマラの文脈で「聖体拝領の瞬間」とは、参加者たちが文字通り、自分自身が一つの体の一部であることを体験するということです。オチャエタのストーリーテリングによって、チームは互いにつながり、自分たちの状況と自分たちのすべきことともつながることができました。

このグアテマラでの経験によって、私はコラボレーションの本質である愛に取り組むことに注意を集中でき、最初の著書『Solving Tough Problems(手ごわい問題は、対話で解決する)』(2023年復刻版『それでも対話をはじめよう』発刊予定)をクライマックスで締めくくることができました。ファシリテーターのローラ・チェイシンにこの経験を話すと、彼女は次のような話をしてくれたのです。「あなたの話を聞いて、私は夫がひどい事故に遭ったときに学んだことを思い出しました。湖で泳いでいたところをモーターボートに轢かれたのです。プロペラで脚を大きく切り裂かれました。私たちは急いで彼を病院に連れて行きましたが、医者は傷が大きすぎて縫うことができないと言いました。傷口を清潔に保ち、乾燥させることしかできなかったのです。『傷の両側がお互いに伸びてくるでしょう。傷口は一体になりたがっているのです』と医者は言いました。あなたと私が関わっている対話は、その傷口のようなものです」とチェイシンは続けました。「参加者も、彼らが一部となっている人間のシステムも一体でありたいと望んでいます。ファシリテーターとしての私たちの仕事は、単にクリーンで安全な空間を作る手助けをすることです。そうすれば、癒しが生まれるでしょう」

ラディカル・コラボレーションで愛を用いる方法は、ステークホルダーが出会い、つながり、話し、共有し、団結することができる、クリーンで安全な空間と構造化されたオープンなプロセスで彼らに結束してもらうことです。

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