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アダム・カヘン氏講演録「共に変容するファシリテーション」(2)

2023年07月07日

この講演録では、南アフリカのアパルトヘイト問題をはじめとして、難しい状況に向き合い続け、解決に導いてきた世界的ファシリテーターの一人であるアダム・カヘン氏の日本での講演(2023年3月10日実施)の内容を3回に分けて報告します。本記事はその2回目で、ファシリテーションおよび垂直型と水平型の2つのアプローチについて紹介します。


ファシリテーションは、私がこの30年間取り組んできたことです。私はファシリテーションの実践者として、毎日毎日、さまざまな文脈で、ファシリテーションを実践しています。マルチステークホルダー間のワークが大半を占めていますが、一つの組織内の複数のチームと一緒に仕事をすることもあります。エネルギーや気候、食料、健康、教育、平和など関わるテーマはさまざまです。しかも、世界のさまざまな場所で行ってきました。南アフリカやコロンビアのような、非常に劇的な状況でこの仕事ができたのは幸いでした。そのおかげで鮮やかな色彩で描かれた状況でのファシリテーションのダイナミクスを理解することができたのです。普通の状況でもまったく同じダイナミクスが働いていると考えています。ただ、それはさらに見えにくいものです。なぜこう言うかというと、私の本の読者が、こういうからです。

「南アフリカやコロンビアの話は、とても興味深いのですが、それらが私の状況とどう関係があるのでしょうか?」私が言いたいのは関係があるかどうかではなく、こういった劇的な状況だからこそ、普遍的なダイナミクスを見えやすくするということです。そして、私が学んだことはすべて、より日常の文脈でも適用可能であると主張します。ただし、それはより見えにくいものです。ですから、私は本書を通じて、見ることが難しそうな物事を見る方法を提供したいのです。

この新著で私が行ったのは、これまでの著書と同様、実践者としての経験を振り返り、実践から理論を導き出すことです。最初のファシリテーションに関する本を書いたのは、少なくとも米国では1950年代にクルト・レヴィンでした。クルト・レヴィンは壁に貼られた模造紙を最初に使用した人物だと言われています。ブッチャー(butcher/肉屋)で使われる紙なので、米国ではブッチャー・ペーパーと呼ばれています。そして、この大きな紙を用意して壁に貼るというアイデアを最初に思いついた人物です。ともあれ、クルト・レヴィンは「優れた理論ほど実用的なものはない」と言いました。ですから、私は本書で、私の実践、あるいは私が観察してきた実践に基づくファシリテーションの理論を伝えたいと思います。

私は実際にプラクティショナー(実践者)でありながら、同時に理論も楽しんでいます。私が大学で物理学を専攻していた当時モントリオールのポリネシアン・バーでバーテンダーをしているガールフレンドがいました。夕方バーに行って、彼女が仕事を終えるのを待っていたものです。そして私は、このとても変わったバーで、物理学の本をカウンターに置いて、宿題に取り組んでいました。何時間もその数式を眺めていた記憶が強く残っていて、それをこの本で実現しました。30年間のファシリテーションの経験からの学びをすべて盛り込み、言わば物理学的な説明のような形で表現したものです。そのせいで翻訳しにくかったことでしょう。申し訳なかったです。

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「人々が協働して変化を創造することを支援する」活動としてのファシリテーション

では、まずはじめに英治出版から出版された前著のタイトルは『敵とのコラボレーション――賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』でした。その本は、コラボレーションについて書かれたものです。その本の基本的な考え方は、「思い通りにならない状況に直面した場合、選択肢は4つある」というものです。他人がどう思おうと、「強制」して思い通りにしようとすること強制的に思い通りにすることができないのであれば、現状そのまま状態で生きていくために「適応」しようとすること。強制的に思い通りにならず、現状そのまま状態で生きていくこともできないのであれば、「離脱」しようとするかもしれません。離脱とは、移住したり、仕事を辞めたり、離婚したり、他の人たちから遠ざかったりすることです。そして、コラボレーション」は第4の選択肢として理解されます。私のこれまでの仕事はすべてコラボレーションに関するものでした。コラボレーションは、自分たちが扱っている問題の多くについて単独ではどうにもならないという考えに基づきます。公衆衛生、男女間の不平等、気候変動など、それがどんな問題であっても強制、適応、離脱しかできないとなれば、コラボレーションが必要になります。専門家やエリートに従うことをあまり好まないために、より多くの人がコラボレーションを望んでいます。だから、コラボレーションする必要があります。しかし、これは簡単なことでも単純明快でもありません。ですが可能であり、実行しうるものです。私は、最も困難な状況下で、それが何百回も行われているのを見てきました。これまですべての仕事で答えようとしてきた問いで、すべての著書に書いてあるのは、その方法です 。

強制でも、適応でも、離脱でもなく、いかに自発的に他者と協働していくのかそこで登場するのがファシリテーションです。というのも、私はファシリテーションを「人々が協働することを支援すること」と定義しているからです。本を書くときには、著者は言葉の意味の再定義が許されていると思います。そして、ファシリテーションという言葉を特定の職業や特定の活動という意味ではなく、「人々が協働して変化を創造することを支援する」活動という意味に再定義しようとしています。こちらが資料のファシリテーションに関する10の命題です。これからお話ししようとすることを10の命題にまとめたものです。人々が協力して変化を起こそうとするときには、ファシリテーションが必要です。これは誰にでもできる活動です。5つの質問に取り組みます。

ファシリテーションには垂直型のアプローチがあり、協働を制約します。また、ファシリテーションには水平型のアプローチもあり、協働を制約します。6つめのポイントは、垂直型と水平型の間を行き来して、これを突破することです。これには、5組の外側の動き、合計で10個の動きが必要となります。ファシリテーションでは、注意を払うことで、どの動きをするかを選択します。この注意を払うことには、5つの内面のシフトが含まれています。そして、これらの行動を通じて、つながり、貢献、公平への障害を取り除いていきます。

これがこれからお話しする内容の概要になります。ファシリテーションが、変化をもたらすために「人々が協働することを支援すること」であるとすれば、最初のポイントは、最も難しいものかもしれません。そして、プレイヤーが変化を起こそうとする場合、かつ、プレイヤーやアクター、ステークホルダーが協働しようとする場合にのみ、本当に必要で正当なことになります。というのも、皆さんの多くが、「どうすれば人々が変化を起こしたいと思うようになるのか」あるいは「どうすればコラボレーションをしたいと思わせることができるのか」という疑問を抱いていると思うからです。

私の答えは、「待つ」ことです。しかし、一方的なやり方がますます効きにくくなった分、変化を起こしたい、協力したいと思う場面は増えてきています。この会場までタクシーに乗ってきたときの小田さんの言葉がとても心に残っています。日本ではファシリテーターと呼ばれる人たちが(この10年間で)劇的に増えているということでした。私はこれを例外的なものではなく、より一般的な状況であることを示すものだと解釈しています。

さらに私は、ファシリテーターとは、「人々が協働して変化を創造することを支援する人」であると定義しています。フリップチャートの横に立っている人や、コロナ禍で行ったようにZoom会議で画面の中央にいる人という意味だけではありません。また、戦略立案や研修の演習を進行する人だけでもありません。会議のタイムキーパーだけでもありません。もちろん、こういった活動すべてがファシリテーションに含まれる可能性があります。多くの役割を担って支援してくれる人のことでもあります。グループのリーダー、マネジャー、コンサルタント、コーチ、議長、主催者、調停者、ステークホルダー、友人かもしれません。しかも、さまざまなセッティングで行われます。対面やオンライン、プロとして、アマチュアとして。組織内やコミュニティ内、チームリーダーとして、またはチームメンバーとして少人数でも、大人数でも最も重要なのは、1回の会議の間か、何カ月も何年も続くプロセスの期間になるのかでしょう。

ですから私は、ファシリテーターという言葉も、ファシリテーションの実践も、そういう状況をすべて含めたものに再定義しています。私たちだけでなく、この会場にいる多くのファシリテーションの専門家の皆さんもそうだと思います。例を挙げれば私が知っている中で、最も刺激を与えてくれるファシリテーターは、クリスティアナ・フィゲレスという女性です。彼女自身は自認していないと思いますがクリスティアナ・フィゲレスは、国連気候変動枠組条約の事務局長を務めていました。彼女はコスタリカの外交官で、いわゆるパリ協定を作った気候に関するパリ会議も含め、その国連機関のトップとして5年間活躍しました。そして、193カ国が全会一致でこの非常に野心的な気候変動対策の目標に合意しました。これは、自らをファシリテーターと呼ばない人が、世界の歴史上最も素晴らしいファシリテーションの功績を残したものだと言えるでしょう。これは私の意味するファシリテーションの一例です。

ファシリテーションの2つの型「垂直型」と「水平型」

さて、私はファシリテーションの本を書こうと決意していました。この本を書こうと思ったのは、当初読んでくれたらと考えていた読者、つまり大統領や将軍、CEOたちは、私の本を読まないことに気づいたからです。代わりに、私の本はファシリテーターたちに読まれていました。そこで、実際に本を読んでくれる人たちのために、本を書こうと思いました。みなさんに感謝します。私はフランシスコ・デ・ルーが「ファシリテーションとは神秘の出現を妨げる障害を取り除くことだ」と言ったのはどういう意味なのかを探ってみたいと思いました。それで、この本を書き始めたとき、自分が教わり、見てきた、そして学んできたファシリテーションについて考えてみました。

そして、ファシリテーションには、ごく一般的に2つの型があることに気づきました。皆さんにもお分かりいただけると思います。1つめは、私が「垂直型ファシリテーション」と呼んでいるものです。そして、英語では面白いことに気づきました。これは日本語では同じではないと思いますが、ファシリテーションについて英語で書こうとすると、英語の不思議なところに遭遇します。人の集まりであるgroup(グループ)という言葉が、複数名詞であると同時に単数名詞でもあることです。普通とちょっと違いますよね。そのため、groupと書くときはいつでも、それが単数か複数かはわかりません。the group is"と書くのか、"the group are"と書くのか、どちらでしょうか?本当に曖昧なのです。私がこのような奇妙な文法的な指摘をするのは、垂直型ファシリテーションでは、groupは単数形だからです。

ですから、垂直型ファシリテーションで最も重要なのは、単体としてのグループ、グループそれ自体です。他にもいろいろ言いたいことはありますが、これが一番大事な考え方です。このvertical(水平型)とhorizontal(垂直型)という言葉には、さまざまな意味が込められていますが私はそうした他の意味では使っていません。私は、主な焦点がグループ全体となるファシリテーションを垂直型と呼んでいます。そして、共に前に進もうとするのであれば、トップダウンで専門知識や権威に頼った働きかけをすることになります。しかし、垂直型ファシリテーションの最も重要な原則は、「大きいものは小さいものより重要である」です。従来とは違うことを言っているので、強調しています。垂直型ファシリテーションでは、ファシリテーターが例えば、このように言います。「ありがとうございます、由美さん。そういう見方があるのはわかりますが、それは脇に置いておいていただけないでしょうか」「グループ全体について考えていただけませんか」これが、垂直型ファシリテーションでの言い方です。大きいものは小さいものより重要であり、高い方が低い方より常に重要なのです。これは有用です。これが最も多い種類のファシリテーションのであることは、偶然ではありません。

垂直型ファシリテーションの利点、プラス面は、協調と団結を生み出すことです。全体として、そしてユニットとして、グループとして、チームとして、どのようにして共に前に進んでいくかです。垂直型ファシリテーションのマイナス面は、支配です。先ほどの例のように、私は由美さんに「意見を言ってくれてありがとう、あなたの話は聞きました。だから、グループ全体にとって何がベストなのかに立ち返っていただけませんか?」と言います。そして、その時点でリスクもあります。私がそう言う前に、彼女は腕を組んで「私たちは何年も前からこうしてきたのよ」と言いました。私のジョークを知っているので、どういう意味かも分かっていますよね。だから、他のマイナス面である硬直性とは、正しい方向でなくても、全体にとって良いこと、一つの方向に向かうことです。そして、これはごく一般的な種類のファシリテーションです。私が企業の企画立案でトレーニングを受けたファシリテーションが非常に良い例です。最終的に経営計画策定の目的は、企業全体として何をするかだからです。そして、各部門は全体の方向性に向けて積み重ねるように行動しなくてはなりません。これが最も一般的なファシリテーションだと思います。

垂直型と対立する部分もありますが、多くの人が使っている第二のファシリテーションがあります。私はそれを「水平型」と呼んでいます水平型の主な焦点は、グループメンバー一人ひとりの利益を第一に考えるということです。そのプラス面は、自主性と選択の多彩さです。自分にとって大切なことを表現するのは誰しもが自由で、その視点や行動はまったく異なるかもしれません。水平型ファシリテーションのマイナス面は、みんながそれぞれ自分のことをやっていて、なかなかまとまらないことです。水平型ファシリテーションの非常に良い例として、チームの研修があります。明日行うワークショップのことを例に考えてみても、集団としての共通の目標はありません。みなさんの中には知り合いの方もいますが、実のところ明日の成功は、皆さん一人一人が何らかの学びを得て帰っていくかどうかにかかっています。つまり、水平型の活動のよい例と言えるでしょう。

さて、この本を書き始めた当初、メッセージは「垂直型は悪で、水平型は善」になるのではないかと思っていました。でも、この本のメッセージではそうではありません。それらは両方とも必要なものなのです。本書で私が提唱・指導している「変容型ファシリテーション」と呼ばれるファシリテーションは、垂直型と水平型の両方を使います。皆さんの中にはこういう方もいらっしゃるかもしれません。垂直型は好きではありません、と。例えば由美さんは垂直型を好みません。ですが、この本の論点は、両方が必要だということです。

そして、そんな2つのやり方がある状況について、とても有名なモデルがあります。それぞれにプラス面とマイナス面があります。それらを極性と呼びます。バリー・ジョンソンの『Polarity Management(極性マネジメント)』という素晴らしい本があります。バリー・ジョンソン風の極性の描き方です。彼は呼吸を例にとっています。この本が出版された後、IAF(国際ファシリテーターズ協会)で講演をしました。そこで彼らはこう言いました。「そうそう、垂直型と水平型のことはよくわかります。私たちは30年前から会議を開いているのですよ」「いつもこっちの垂直型の人が水平型の人を馬鹿にしたような話をし、あっちの水平型の人は垂直型の人を馬鹿にしてしたような話をしています」と

バリー・ジョンソンの呼吸の例をみれば、「吸うのが良い」とか「吐くのが悪い」と言う人はいませんね。両方する必要はありますが、同時にする必要はありません。そして、身体の反応としては、吸うと酸素が増えますが、吸い続けた場合には二酸化炭素が増えすぎてしまいます。息を吐いて、それから息を吸う「吸う」と「吐く」の2つの間で循環しています。これが、この本のメッセージです。人と人が共に前に進むための支援をするには、垂直型と水平型を行き来する必要があります。そうすることで、垂直型の協調と団結、水平型の自主性と選択の多彩さの両方の良さを得ることができるのです。そしてこの図では、垂直型が硬直と支配を与える最初の兆候が見えたら、私たちは水平型に切り替えなければなりません。水平型が分裂と行き詰まりを生んでいるという最初の兆候が見えたら垂直型に移動しなければなりません。

さて、私がなぜポリネシアン・バーの話をしたのか、おわかりいただけたでしょうか。これは、物理を勉強するときのようなものです。

(つづく)

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2023年7月7日公開
2023年8月10日一部編集

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