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ピーター・センゲ 「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(5)」

2009年03月10日

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(image photo by woodleywonderworks on flicker)

(世界的なマネジメント・グールーで知られるピーター・センゲ氏がグローバル経済について語ったエッセイの続編をシリーズでご紹介しています。)

つながりを知る

ここ数年、さまざまな科学専門分野の先駆的リーダーたちが、相互につながる世界の全体像の構築に着手している。こうした世界は、もともとは量子物理学の研究結果がきっかけとなって生まれたもので、私たちの多くが想像するよりもはるかに豊かな世界である。物理学者のデヴィッド・ボームは、1951年に刊行された自著『Quantum Theory』(邦訳:『量子論』高林武彦ほか共訳、みすず書房)の中で、量子論の数学的方法に基づく次のような仮説を提示した。原子から粒子を分離し、その2つの素粒子がそれぞれ宇宙の両端に行くとする。そのとき、一方の素粒子のスピンを変えると、瞬時にもう一方の素粒子のスピンも変わるというのだ。ボームがこうした概念への挑戦を提示したのは、量子論が、当時の文化を支配していたニュートン的な分離と一つのことが原因で別のことが結果として起こる因果関係の考え方とは相反する「世界全体は途切れることのないつながり」であることを明らかにしたと確信したからである。 

ボームの仮説は後に物理学者のJ・S・ベルによって取り上げられた。ベルはさらにこの理論を発展させ、ボームの説――一つの素粒子のスピンの変化は、かなり離れた所にある、もともとその素粒子と結びついていて分離されたもう一つの素粒子にも瞬時に見て取れる――が正しかったことを実証した。物理学者らはこれを「ベルの定理」あるいは「非局所性の原理」と呼び、度重なる経験から得られたこの確証は「20世紀の科学において最も衝撃的な出来事の一つ」と考えられた。物理学者らは、「非局所性は素粒子レベルでは機能するが、より『大きな』規模でこのような相互依存性が存在するかはまだ証明されておらず、人間や社会という世界でこの現象が当てはまるかどうかについては多くの疑問が残っている」とすぐさま警告を発した。別の観点から、最近驚くべきプロジェクトが、その新たな答えを明らかにしつつある。

技術者、物理学者、心理学者らによるチームが、17カ国に設置した37の乱数発生器の出力結果について調査を進めている。これは、ボームが予測した素粒子レベルだけでなく、人間のレベルで作用するつながりがあるかどうかを観測しようというものだ。科学的調査で用いられる乱数発生器は、電磁波や通信波のような、人間や自然界における知り得る限りすべての干渉から隔離されている。だが2001年9月11日の朝、乱数発生器はきわめて規則的な動きをし、何が原因かはまったく分からないが、おそらく人間に由来する、通常とは異なる何らかのかく乱の影響を示した。

量子論にみる、人間と世界の本来の姿

面白いことに、ボームやアルバート・アインシュタインのような先駆者らは、量子論の示唆することが人間の認識や社会の調和といった領域に及ぶことを少しも疑わなかった。1980年にボームはこう述べている。「これからいちばん大切なことは、私たちが唯一知性あるものとして機能できるように、人々の間にある垣根を取り払うことだ。ベルの定理が意味することは、これが人間の世界の本来の姿、すなわち『それぞれは個別の存在であるが、全体としてみればつながっている』ということである。やるべきことは、こうした垣根を取り払う手立てを探ることだ。そうすれば、私たちは本来の姿でいることができる」。 ボームのプリンストン大学時代の同僚であるアインシュタインは、同じような思いをこう述べている。

「人間は、自分自身や自分の考え、感情を他とは分離して感じる。いわば意識に対する視覚的な幻想のようなものだ。こうした幻想は、私たちを個人的な願望の中に押し止め、ごく身近にいるわずかな人にしか愛情を与えさせない、いわば私たちにとっては牢獄のようなものである。私たちがやるべきことは、思いやりの輪を広げ、生きとし生けるものや自然のすべてをその美しさにおいて受け入れ、自らをこの牢獄から解放することである」

具体的には何を意味するのか? ボームは、人と人とのつながりや全体としてのつながりの認識を深める上でのダイアログの可能性を解き明かすことに、晩年の10年の大半を捧げた。しかし悲しいことに、それが実際に役立っているという証拠が次々と明らかになるのは彼の死後のことであった。

アダム・カヘインは、1990年代初頭の南アフリカでダイアログが実際に役立った例を一つ挙げている。アパルトヘイト体制が終わりを告げようとする中、それまで互いに殺し合っていた人々は民主政権を樹立しようと必死にもがいていた。「当時よく言われていたジョークがある。気が遠くなるような困難な課題に国が直面する中、南アフリカの人々には2つの選択肢――現実的な選択肢と奇跡的な選択肢――があった」とカヘインは言う。現実的な選択肢とは、誰もが「ひざまずき、天使たちに『どうぞ天から舞い降り、私たちのためにこのような事態を解決してください』と祈りを捧げる」こと。一方、奇跡的な選択肢とは、人々が「共に前に進む方法が見つかるまで互いに話し合う」というものだ。幸いにも南アフリカの人々は「奇跡的な選択肢」の方を選び、互いに話し合い、共有する祖国とのつながりや未来へのつながり、そして互いのつながりに気づくことができた。

(つづく)


ピーター・M・センゲ

マサチューセッツ工科大学上級講師。SoL (Society for Organizational Learning, 組織学習協会)設立者。The Journal of Business Strategyにより過去100年でビジネス戦略に最も強く影響を及ぼした1人であるとされている。著書である『The Fifth Discipline: the Art and Practice of the LearningOrganization』(『最強組織の法則― 新時代のチームワークとは何か』徳間書店、1995年)はハーバード・ビジネス・レビュー誌より、過去75年における最も優れた経営書の1つであると評価される。

このエッセイは、氏の設立したSoLの機関紙『Reflections』から許可を得て翻訳しています。
その他の回の内容を読みたい方はこちらからどうぞ。

1回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(1)」
2回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(2)」
3回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(3)」
4回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(4)」
5回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(5)」
6回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(6)」

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