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システム原型「成長の限界」(5)

2009年08月20日

前回まで、企業や都市の成長とその限界についてご紹介しました。今回は地球規模での成長の限界についてご紹介します。

企業や都市の多くは、自ら作り出す制約要因によってしばしば成長を阻害しているということを前回までに紹介しました。では、もし仮に自ら作る制約要因をゆるめ、潜在能力まで伸びるとしたらどこまで伸びるのでしょうか? 

その問いには簡単には答えられません。その理由の一つは、グローバルなモノやカネの移動がある今日、一つの組織や一つの都市の限界を決める要因は、多分に外部の条件に依存するからです。

人口密度の大きい日本は、その国土のみで考えた場合はすでに限界を超えている可能性もあります。しかし、資源やエネルギー、食糧の大半を輸入することによって、1億2千万人の人口を養っています。もし、平和を維持し、交易によって他国との互恵的な関係を維持できたならば、限界は自国の面積で測られるものよりも大きく捉えうるのかもしれません。複雑なグローバル・ネットワークの中では、その一部だけの限界を正確に測るのは難しいことでしょう。

ならば、グローバル全体として見た場合、私たち人間の文明はどこまで成長できるのでしょうか? めざましい成長を遂げた世界の人口や経済にこれから何が起こるのでしょうか? すべての人に十分なものを提供する経済をつくり出すために、何をすべきでしょうか?

40年前、まさにその問いを、世界各国の科学者・経済人・教育者・各種分野の学識経験者などからなる全地球的な問題に対処するための民間シンクタンクであるローマクラブが投げかけました。MITスローン経営大学院のシステム・ダイナミクス・グループがその研究を受託し、1972年にドネラ・メドウズ氏らによる『成長の限界』レポート出されました。今回はこの『成長の限界』レポートをご紹介します。

このプロジェクトでは、人口と物質経済、そしてそれらを取り巻く環境との相互作用が、長期の時間軸の中でどのような変化をするかのダイナミクスに着目をしました。人口、資本、資源、食糧、土地、汚染などの約150の変数の200以上に及ぶ相互作用の構造をモデル化して、1970年から2100年までに何が起こりうるかをさまざまにシミュレーションできるようにしたのです。

筆者らが繰り返し強調するのは、これらのシミュレーションはけっして「予測」でも「予言」でもないことです。モデルは、必然的に現実を単純化します。人口の年齢を除けば、細かな分類はせずに統合した変数が用いられていて、そこから得られる計算結果は、正確な「それが起こる年」や、正確な数値を予測する精度はありません。しかし、全体像の中での重要な相互作用が織り込まれ、パラメーターは現実に即して、注意深く設定されています。そこからは十年単位で見た場合に起こる、主要な変数の大まかな流れを見ることができるのです。

もし、今までの政策、つまり人口は自然増に任せ、高い経済成長を目指す政策を続けるとしたら、何が起こるのでしょうか? 

「参照シナリオ」と呼ばれるそのシミュレーションでは、人口は2030年まで70億人以上に増加、工業生産は2020年まで33倍(1900年比)まで増大します。人口と工業生産は、自己強化型ループの成長エンジンが存在するからです。しかし、2020-30年頃から経済の成長が突如止まり、下降し始めます。

その原因は、鉱物、金属、化石燃料などの再生不可能な資源の採掘コストの急増によって、資源のフローを維持するために必要な投資が加速度的に増え、他の部門への投資資金が欠乏するからです(採掘コスト上昇のバランス型ループ)。それによって、まず工業生産設備が減少し、自己強化型ループが減衰に向かって働きます。その結果、サービス部門、農業部門も縮小します。土地は濫用のため生産力が落ちているにもかかわらず、肥料などの工業投入物も減少して食糧が不足し、人口は急減します。

この参照シナリオのほかにも、筆者たちは、さまざまな前提を吟味し、代替的な政策を検討します。たとえば、もし資源量が参照シナリオの2倍存在し、資源採掘技術の進歩によって採掘コストの上昇開始を遅らせることができたらどうなるでしょうか? そうすると、人口は2040年まで伸びるものの、今度は生態系に汚染が蓄積して、農業の生産高が落ち、健康への悪影響のために人口が急減します。

資源、汚染、食糧生産、土壌浸食などの問題が顕在化するに従い、市場はその対策の価値を認め、技術開発を進めることでしょう。もし、汚染除去技術や、土地あたりの収量増加技術、土壌浸食防止技術などに力を入れれば解決できるのでしょうか? 

シミュレーションによれば、次々と技術的な解決策を導入しても、また別の問題が崩壊を作り出します。あらゆる技術を投下した場合、人口の急減こそ避けられますが、それらの技術の費用が莫大になってしまうため、経済は2040年ころから下降し、一人当たりの消費やサービスが低下して生活の質が下がってしまいます。

私たちは技術が何とかしてくれると思いがちですが、なかなかうまくいきません。効果が出るまでの「遅れ」やコストが「非線形」に増加していくことに加えて、成長が幾何級数的であれば、制約要因が次々と現れ、「層状の限界」に対処し続けなくてはならないからです。変化がゆっくりならば、新しい技術へ投資をしてあまねく普及するなど、対応することもできますが、加速度的に成長する状況では時間が足りず、対応能力が限界を迎えてしまうのです。

さまざまなシミュレーションから、さまざまな対応策を打ったとしても、行き過ぎた成長を続けることはできず、いずれにしても崩壊してしまうことがわかります。ならば、技術的な解決ではなく、成長自体を見直したらどうなるでしょうか?

今までの技術導入シナリオに加え、すべての家庭が子供を2人まで、一人当たりの工業生産を2000年レベルの10%増のレベルまでとし、それ以上は増やさないと決めたとします。

すると、先ほどのシナリオに比べ、人口の増加も緩やかで、経済成長とその副作用対策のための投資も必要としないことから、技術へ向ける投資資金を十分確保でき、100年にわたる技術投資によって単位あたりの資源消費量は80%、汚染排出量は90%下げることができます。人口は80億人となりますが、そのすべてが望ましい物質的生活水準を保ち、十分な食べ物が供給され、期待寿命は高いレベルで推移します。崩壊を避けられるばかりでなく、望ましいレベルでの均衡状態を作り出すことができる、「持続可能な社会」となります。

このように、1972年に出された『成長の限界』は、12のシナリオを提示し、
1)人口および物質経済の現在の成長率がそのまま続くならば、100年以内に地球上の成長の限界点に達する
2)成長の目標を改めることで、将来にわたって経済的にも生態学的にも持続可能な社会を作ることができる
3)後者のシナリオを実現するための行動(人口抑制、「足るを知る」経済、生態系への負荷を抑えるための技術投資)は早ければ早いほど、成功の可能性が大きくなる
ことを結論としています。

この本は、発表当時から大きな反響を呼びました。残念なことに、結論1)ばかりが注目され、マスコミには、あたかも「不吉な未来」の予言かのように取り上げられました。しかし、筆者たちが本当に意図したメッセージは、「人類が自分たちの選択によって持続可能な社会を生み出せることができる」こと、そして、「そのために何をなすべきかを提示する」ことだったのです。

この本の続編として、1992年『限界を超えて』が出版されます。タイトルが意味するのは、世界全体での人間活動の環境負荷の総量が、持続可能なレベルを超えてしまったということです。

スイスの科学者、ワクナゲルらは、「エコロジカル・フットプリント」という指標を開発しました。その研究によれば地球1個が持続的に支えることができる容量に対して、1970年は0.7個分のフットプリント(環境への負荷)だったものが、1980年頃に1個分を超えてしまいました。(最新の数字では、約1.4個分にまで増えています。)

2004年には、『成長の限界 人類の選択』が出版され、1970年から2000年までのシミュレーションと実績を比較もなされています。それによれば、人口や食糧生産量など、多くの指標が1970年の参照シナリオの通りに推移していました。筆者たちは「予測ではない」ことを強調しますが、そのシミュレーションが示す大きな流れが的外れではないことが伺えます。

また、『成長の限界』は「持続可能性」の概念を最初に用いたことで知られ、その後の経済と環境に関する国際的議論に大きな影響を与えることになりました。この『成長の限界』のプロジェクト・リーダーであったデニス・メドウズ氏には、今年の春に優れた科学技術への貢献に贈られる「日本国際賞」が授与されています。

ビジネスに関わる私たちにとって、このレポートの提言は大きなパラダイムシフトを迫っているように思います。グローバルな規模で見たとき、すでに経済活動は地球1個分の限界を超え、そして成長のピークまであと10~20年の状況にあるとしたら、私たちはビジネスとして何ができるでしょうか? 日本の技術やものづくりをどのように活かせるでしょうか? 

明治維新後の近代化と戦後復興の後、日本の企業はビジョンを失ってしまったかのようです。しかし、ビジネスは、つまるところ社会の求めるニーズを掘り起こし、市場を創り出すために存在します。その解決策には大きな創造力を必要とするものの、今ほど、世界が求める課題が明確な時代はそうはないでしょう。

企業でも、都市でも、世界でも、成長の限界には共通の構造が見られました。成長エンジンとなる自己強化型ループによって、当初はめざましい成長を遂げますが、その成長ゆえにもたらされる制約要因のバランス型ループによって、成長は止まり、場合によっては急激に衰退します。制約要因を外し、バランス型ループを緩めることで、さらなる成長は可能ですが、いずれ物理的になんともしがたい限界が訪れます。

そのときの選択肢は、システムの力によって衰退を強要されるか、それとも、自ら成長を自制し、均衡状態を目指すかのいずれかです。衰退は、必然ではありません。自ら選択することで、崩壊や衰退をもたらさない未来を切り開くこともできるです。

(つづく)

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