News & Columns

ニュース&コラム

【講演録】共有価値を創造するシステム・リーダーシップとは(4)ビジョン・グアテマラ・プロジェクトの撒いたタネ

2015年07月24日

000751-01.png

(image photo by Guillén Pérez on flicker)

前回の記事からの続きです。チェンジ・エージェント10周年記念シンポジウム(2015年4月25日)、小田の基調講演の内容を数回に分けてご紹介しています。)


グアテマラで起こった話し方・聴き方の変化と、きっかけとは

グアテマラは、最初は簡単に言うとレベル1にありました。このプロジェクトのコーディネーターのティントさんは比較的中立的な立場にいる人ですが、部屋に入ってすぐ気がつきました。政府の人は政府の人同士、軍の人は軍の人同士、ゲリラの人はゲリラの人同士、先住民の人は先住民の人同士で、自分たちの仲間と集まって話しをしていると。それぞれいくつものグループができていて、全体としてのやりとりは起こっていませんでした。

その状況を見た時、彼女は不安になりました。なぜかと言うと、グアテマラという国は大変礼儀正しくて、小さいころから、たとえその人が言っていることが違うと思っても、内心は「NO」と思っていても、礼儀として、「YES」と答えるというふうに育ってきているのだそうです。グアテマラでは本音は言わないほうがいいという文化がすごく強かったのです。

この礼儀正しさのために、せっかくこれからグアテマラの未来を考えようというときに、本質的な問題が出ないで、結局形だけで終わるのではないかという不安に襲われました。

実際に話を始めると、どちらかと言うとお互い、恨み辛みの話ばかりで、未来に向かっていくような話し合いが全然起こりませんでした。

そんなモードの話が続いている最中に、変化を投げ入れたのが若者です。政府の要人や、軍の将軍や非営利団体の人たちの話を聞いていて、「どれも後ろ向きで未来に何かつくろうという意思も感じられない話ばかり。ここに集まっているのは、悲観的な老人ばかりだね。未来をつくるのに、こんな人たちが話していていいの?」と、若者が投げかけたのです。

この瞬間に場がガラッと変わりました。そう言われてみればそうだよなと感じたのです。確かに、自分たちは悲観的なことばかり話し、過去の自分の記憶に囚われていました。若者に指摘されて、それは恥ずかしいと感じました。その若者の一言によって、自分が思っていることをもっとはっきり言ったり、今ここに起こっていることに対して何を見て感じるかを主張する、ディベートのモードに変わっていったんです。

モードの変化に影響を与えるものとは?

ディベートのモードに変わる時に重要なのが保留です。こんなことを言うと、この場が崩れるんじゃないか。せっかくみんなで対話すると言うけど、こんなこと言いだしたら、対話にならないんじゃないかとか、こんなこと言ったら、後でゲリラにひどいことされるんじゃないかとか、恐れがあると、なかなか本音は言えないものです。

あるいは、自分が「この人はこういう人だ」と強く思っていると、それによって自分に都合がいい判断をしてしまうことが多々あります。これを打破するのに、保留することが大事です。アダム・カヘンは、南アフリカでもグアテマラでもコロンビアでも、この保留というスキルを重視して参加者をトレーニングしました。保留について繰り返し、繰り返し、参加者とチームの能力開発し、集団としての対話力を上げていきます。

ただし、スキルだけ伝えても、それで保留ができるわけではありません。場を変えるには、その場の中いる、システムの中の誰かがそれをはっきりと言ってくれる、投げ掛けてくれると場が動きやすくなります。

そういった機会を生み出すために、ファシリテーターはいろんな仕掛けをします。たとえば、ペアウォークと言って、かけ離れた2人が、自分が大事にしていることとか、疑問に思っていることを話す。向き合ってペアウォークする人は誰もいません。必ずサイドバイサイドで寄り添って歩きます。これは対話する上でとても重要です。向き合っていると、ついディベートになりがちですけど、でも、寄り添って同じ方向を向いているというのは、一緒に未来を考えよう、一緒にこの課題を考えよう、一緒に解決策を考えようと、すごくやりやすい。これは、物理的なことも相まっているんですけれども、面白いもので、人間の心理には、そういう物理的なこともすごく影響を与えます。

それから、それぞれが大事にするものを持ってきて下さいとお願いします。参加者たちは、たとえばこの国ではとってとても大事なものとされているトウモロコシや、いろんな写真を持ってきました。そして大事なことについてストーリーを語ります。それぞれの言葉にどんな背景があるんだろうということを聞く練習になります。専門領域に造詣があるような人を、「リソースパーソン」と呼んでいますが、スピーカーとして呼んで話を聞いたり、あるいは「ラーニングジャーニー」で現地にグループで赴き、そこで同じものを見たり聞いたりします。同じ人や場所について見聞きしていても、それぞれの人が違った解釈をしていることが多く、参加者たちは一緒に振り返ることでそうした解釈の違いに気が付いていきます。自分の見方だけがすべてじゃない、ほかにも見方があるんだということに気が付いていくような仕掛です。

ファシリテーターはこうしたさまざまな仕掛けをしながら、保留を促し、チームの対話力を鍛えていくわけです。

レベル2から、レベル3への移行でおきたこと

そうした仕掛けの中で、レベル2からレベル3のダイアログに移行する瞬間、こんなことが起こりました。

政府軍の将軍バルコニさんが自分自身のストーリーを語っていたときのことです。政府軍は20万人の虐殺を指揮した人たちにあたりますが、その政府軍に姉を虐殺されたゼラヤさんという方が、その将軍のいろんな思いや過去の話を聞いていたとき、彼に語りかけます。「誰も、女性や子どもを虐殺する方法を学ぶために士官学校に入るわけではないですよね」と。

それまでゼラヤさんは、「軍の人たちはみんな、殺人鬼になるようなトレーニングを受けていて、そのために士官学校に入るんだろう」くらいの言い方、見方をしていました。だけど実際に、バルコニさんという一人の人間に接し、考えや思いに触れるにつれ、その人が悪い人でそうなったわけじゃなく、むしろシステムの構造が問題を起こしていて、その構造の中で将軍たちがやむを得ずやったことが、自分たちに不幸として降り掛かったんだというように見方が変わっていきました。彼女がそうしたシステム全体の構造を受け入れて、目の前の人が悪いわけではなく、目の前の人はむしろもがいている、苦しんでいる、何とかしたいと思っていると気が付いた時に、この言葉が出てきました。

これは共感ということの重要な行為で、これが起こった瞬間に、部屋全体、場全体の体力のノッチがまた1つ上がりました。初めから、「相手は鬼だ」「相手はバカだ」「相手には、言ってもしょうがない」とみなすのではなくて、そういう自分の思い込みを脇に置いて、相手の立場になってみようとする行為です。これが、ディベートからダイアログに行くときの視座の転換にあたります。これが起こると、いろんなことに関しての可能性が開いていきます。ここは、過去を志向しているところから未来の志向に転換するところなのです。

とは言っても、軍の人、ゲリラの人、人権家、いろんな立場があります。その立場でお互いの立場を聴いたとき、一つの解しかないと思っていた状態からさまざまな解が現れます。これは、気の休まる状況ではありません。一方では、いろいろな可能性が開かれるわけですが、その可能性の中で、自分の立場においてどうすればよいのだろうという混乱も起こってきます。

そんな混乱の最中に、もう1つの重要な瞬間が起こりました。オチャエラさんという人権NGOの方が虐殺の死体を埋めた墓場に行った経験を語ります。発掘した白骨死体を法医学者が調べている現場で、オチャエラさんはとても小さな骨のかけらに気がつきました。それを見たオチャエラさんは法医学者に、政府軍は虐殺の死体を埋める前に骨を砕くようなことをしていたのかと尋ねました。そうしたら、法医学者の人は首を横に振って、その骨は砕けたものではなく、もともと小さな胎児の骨であると答えたのです。

その瞬間グループには戦慄が走り、しばらく沈黙に包まれました。5分間ほどの沈黙だったそうです。その沈黙の間に、いろんな思いが流れます。多くの人にとって、報道などで虐殺の話は聞いて知っていましたが、あらためて、虐殺の対象が妊娠している女性や、そしてこれから生まれてくる胎児までにも及んでいたエピソードを耳にして、自分の周りで起こっていたいろんなことが頭を駆け巡ります。そして、今自分はなぜここにいるのだろう、これから何を為したいのだろうということのエッセンス、本質がここに凝縮していることを感じました。多様な立場の集まりの人たちが、それぞれの立場を超えて、グアテマラの未来という全体性につながった瞬間でした。グアテマラで二度とこのような惨事を起こさないために、自分たちが集まっているのだという、共通使命をそれぞれの人が発見した瞬間です。

境界なく聴き、生成的に話す「プレゼンシング」

こうした個別の立場を超えた全体性の、つまりより上位の目的につながった瞬間に、それまでこだわっていた自分自身の立場だけで見た目的やしがらみから解放されます。こうした本質的な全体性に触れるような会話の仕方が「生成的な話し方」、「境界のない聴き方」です。このレベルでの会話を、「プレゼンシング」とか「フロー」と言ったりします。

このレベルの会話へ移行するポイントは、自分の立場とか部分としての目的・ルールを手放すことが起こります。「手放す」と言うと、すごく不安なことに聞こえますが、ここでは自分の目的を達成することを邪魔していること、あるいは自分自身が気づいたより上位の大事な目的を達成することを邪魔していることを手放します。両手いっぱいに何かを持っていたら、新しいものは何一つつかめません。新しいものをつかむために、迎え入れるために手放すという行為が必要になってくるのです。そうして、自分のこだわりを手放して、境界のない聴き方、そして場に生まれてきつつある声を代弁するように話す生成的な話し方が起こると、発想は豊かになり、とても創造的な、イノベーションに満ちた会話が起こります。

こうした会話はファシリテーターが「プレゼンシング起こしてください」とみなにお願いしても起こるものではないですね。多様な立場の人たちの間で、本当にエゴを超えて、全体性を代表して、みんなの琴線に触れるようなエッセンスをきちんと語ることで現れてくる現象です。

ビジョン・グアテマラ・プロジェクトの撒いたタネ

このようなレベルの会話に至ってのち、ビジョン・グアテマラ・プロジェクトは、今後起こりうる国の未来についての3つのシナリオを残すと共に、多様な利害関係者たちが協力することによって得られるもっとも望ましいシナリオをビジョンとして示します。そして、このプロジェクトは直接、間接にさまざまな成果を残しますが、とりわけ重要だったのは、何百という草の根レベルでの対話を誘発し、新たに憲法起草や教育制度など6つの国家規模の対話プロセスを起こしたことでした。

今までは軍事政権が支配し、何かうまくいかなければとにかく力と恐怖でねじ伏せるというのがこの国のやり方でした。そこには本音ではNOでも建前ではYESという国民の背景がありましたが、そうした国民たちが勇気をもって自分たちの未来を、それもさまざまな利害関係者たちとの間で対話をしようという動きが起こったのです。

対話をうまく進めるには、自分たちを縛るような過去のストーリーを繰り返し話し、聴く「ダウンローディング」のレベルに拘泥するのではなく、ありのままに見て自身の考えをぶつけ合う「ディベート」、互いに内省的に話し、共感的に聴く「ダイアログ」、そして、境界なく聴き、生成的に話す「プレゼンシング」と異なるレベルの話し方・聴き方をチームとしてできるようになるチーム学習力の開発、強化が欠かせません。

そして、文章を読んだり、ラジオを聴いたり、テレビで見たりするのとは違って、覚悟を背負った個人が、仲間となりうる人たちに心から紡ぎ出した言葉を語りかけることで互いに感化していきます。この自己内省に満ちたプロセスが、チームや組織、やがて広く社会の風土の変化を起こします。グアテマラ・ビジョン・プロジェクトでは、アダム・カヘンとメンバーたちの間で耕された場に、この自己内省による感化のプロセス、未来を共に創る対話のプロセスというタネが撒かれ、そしてその後参加者たちが自分たちのフィールドへと持ち帰り、そこで同様のプロセスを広げて行きました。


関連記事

【講演録】共有価値を創造するシステム・リーダーシップとは(1)システム・リーダーシップのフレームワーク/小田理一郎

【講演録】共有価値を創造するシステム・リーダーシップとは(2)事例1/小田理一郎

【講演録】共有価値を創造するシステム・リーダーシップとは(3)4つの話し方・聴き方

【講演録】10周年記念シンポジウム/枝廣淳子

「システム・リーダー」とは

関連する記事

Mail Magazine

チェンジ・エージェント メールマガジン
システム思考や学習する組織の基本的な考え方、ツール、事例などについて紹介しています。(不定期配信)

Seminars

現在募集中のセミナー
募集中
現在募集中のセミナー
開催セミナー 一覧 セミナーカレンダー