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アダム・カヘン新著『Everyday Habits for Transforming Systems』の紹介

2025年07月28日

アダム・カヘンの6冊目となる新著『Everyday Habits for Transforming Systems』が本年4月に発刊されました。日本語翻訳本も10月に英治出版より発刊される予定です。

この新刊のテーマは、システムチェンジを創り出すチェンジメーカー、チェンジ・エージェントとも言われる「システムリーダーたち」の日々の習慣についてです。自身のファシリテーターとしての技術や智慧の体形書とも言える『共に変容するファシリテーション』を書き上げ、自身のセオリーと照らし合わせるために南アフリカの元財務大臣トレヴァー・マニュエル、元UNFCCC事務局長のクリスティーナ・フィゲレス、コロンビアの元大統領ファン・マヌエル・サントスら3人へのインタビューを試みましたが、会話がしっくりきません。アダムは、システムチェンジについてよく知っていると思っていたが、実はよく知らないことに気づき、彼自身の探求が始まりました。そうして見出したのが、システムリーダーたちの日々習慣、それもけして簡単ではないストレッチを必要とする習慣です。

「根源からの関わり(radical engagement)」とは

システムリーダーたちの習慣を一言で要約するのが、「根源からの関わり(radical engagement)」です。私たちは、周囲の人や組織、仕事にエンゲージメントすることがあります。婚約指輪を「エンゲージメント・リング」と呼びますが、エンゲージメントとは表面的、取引的な関係ではなくもっと深い関わり方を意味します。特にステークホルダー間、あるいは会社と社員の間などのエンゲージメントの文脈で、近年社会課題解決や組織開発において重要視されている概念です。相手と向き合い、傾聴、対話、交渉、望むらくは協働、少なくとも共生といった形で関わり続けるのがエンゲージメントです。そして、「ラディカル」とは「過激」という意味ではなく、本来の語源である「根源」を意味します。システムを根本から変容するには、その営みに関わる私たちが根源に立ち返り、また、他者との関係性においてもより深いレベルでつながることで、生成的な関係性と変容を築くことが要諦にあります。

この根源からの関わりは、特別なときに特別な人にだけ発動するのではなく、私たちが私たちの日々繰り返す行動習慣に体現されることでその真価を発揮します。アダムの提唱する七つの習慣は、(1)責任を引き受けて行動する、(2)三つの次元で関わる、(3)見えないものに目を向ける、(4)裂け目に働きかける、(5)進むべき道を模索する、(6)異なる他者と協働する、(7)忍耐と休息となります。チェンジメーカーたちが陥りがちな、避けるべき習慣と対比するとわかりやすいでしょう。

根源からの関わり(Do's)

陥りがちな習慣(Don'ts)

習慣1.責任を引き受けて行動する

期待されたことだけ、好きなことだけをする

習慣2.三つの次元で関わる。他者を

  1. ) システム内の主体として
  2. ) 個々の当事者として
  3. ) 同胞として
    関わる

私たちの心地よい一つ、二つの次元だけで関わる

習慣3.見えないことに目を向ける

いつも見ているものだけを見る

習慣4.裂け目に働きかける

裂け目を無視し、敬遠する

習慣5.進むべき道を模索する

慣れ親しんだことや安全なことだけをする

習慣6.異なる他者と協働する

似ている人や好きな人たちだけと協働する

習慣7.忍耐と休息

短期間だけ/燃え尽きるまで突っ走る

本書は、これまでの著作の流れや功績を継承しながらも、そこからさらなる進化を目指しています。習慣6、習慣5、そして習慣2の元型は、四作目『敵とのコラボレーション』で提唱したことの発展形です。習慣3は、三作目『社会変革のシナリオ・プランニング』や二作目『未来を変えるためにほんとうに必要なこと』の要諦が詰まっています。

習慣1と習慣7は、出版はされていませんが、気候変動の問題に取り組むシステムリーダーたちへのインタビューをまとめて、システム内の異なる他者との協働を進める冊子『Radical Collaboration』に掲載されたものです。気候変動などの活動家、あるいは幅広くソーシャル・イノベーターと言われる人たちには、「(先人や他者たちの取り組みを無視・軽視して)好きなことだけをする」「燃え尽きるまで突っ走る」などの習慣が見られることへの提言です。どの習慣も、悪い側に陥りがちで、よい側を維持するには意識的な行動と振り返りの習慣を必要とします(各章の終わりにアダムの推奨する行動と振り返りポイントが書かれています)。

しかし、本書のもっとも特徴的なのは、習慣4「裂け目に働きかける」と習慣2「三つの次元で関わる」にあると言えるでしょう。どちらも、その元型は以前の著作にありましたが、今回システム思考などのシステム・アプローチによって思索がさらに深まり、また画期的な実践の提案がなされています。

「システムを変容する(transforming systems)」とは

本書のタイトルにある「システムを変容する(transforming systems)」とは、問題が起きてから対処、適応するのではなく、問題の発生する根本原因を取り除くべく、そのシステムの根底にある構造や価値観そのものを変えていく営みやプロセスです。社会課題などにおいて、栄養不良やホームレスなど、問題の影響が及んだ人たちへ「炊き出し」「シェルター提供」などの支援・人道サービスを提供するのではなく、あるいは、起きていることに適応するのでもなく、そもそも栄養不良やホームレスなどの問題が発生する根本原因への働きかけであるのが特徴です。アショカ財団は、これらのアプローチを「システムチェンジ」と呼び、日本でも広がりを見せています。

今回の翻訳にあたっては、「システムチェンジ」とは呼ばすにあえて「システム変容」という表現を使いました。理由は2つあります。まず一つに、アダム自身が著作シリーズを通じて、「変容型シナリオ・プランニング」「変容型ファシリテーション」など、トランスフォーメーションに関わる命名を多くしていることがあります。もう一つには、システム理論の一つの「レジリエンス」の考え方が背景にあります。個人・組織・社会が外部環境の衝撃や変化への対応する能力をレジリエンスと言いますが、分類すると(1)Persist/Absorb(衝撃を耐え忍ぶ、維持する)、(2)Adapt(環境変化に適応する)、(3)Transform(変容する)の3段階あります。今日の時代では、衝撃を耐え忍んだり、元に戻して維持したりするのでは成り立たなくなり、環境変化への適応や進化は不可避となっています。しかし、めまぐるしく変化する環境の中で、適応を繰りかえすのも容易ではなく、その成果が望ましいものとも持続的なものとも限りません。ならば、マクロレベルのランドスケープレベルを背景にしながらも、ミクロレベルの既存プレイヤー、新興ニッチェなどを俯瞰して、メソレベルにある市場、ネットワーク、規制、社会の価値観や習慣に影響を与えて、システムそのものの変容を図ろうというのがトランスフォーメーションです。国際的に、システムトランスフォーメーションの考え方は急速に存在感を増しており、日本でも、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」や「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」などトランスフォーメーションを関した概念をよく耳にします。トランスフォーメーションとは、変化のパターンの中でも、より根本から、自身と周囲の関係者とそれを取り巻くシステムそのものを変えるレベルを指しています。

習慣4の「裂け目に働きかける」は、システム思考のレバレッジ・ポイントの考え方がよく表れています。また、習慣2において、全体優位か部分優位かの二元論は以前からなされていましたが、そこに「全体と部分の関係」を組み入れることで、アダムの対話に関する理論と実践に、システム思考の考え方が浸透していったと言えるでしょう。

##

私は、システムチェンジ、システム変容に向けて、常々「システム横断で対話すること」と「共にシステム的に観て考えること」を掛け合わせることが重要と考えていました。アダム・カヘンは、私にとって「システム横断で対話すること」のメンターであり、よき友人です。

2023年、日本文化をこよなく愛するアダムは来日した折りに、一緒に京都の小倉山を散策しました。その際、アダムのレオス・パートナーズ社とチェンジ・エージェントにとっての共通の関心事としてシステム変容あるいはシステムチェンジについて会話しました。その際に、東洋思想の薫陶を受けた人たちの行う日々の習慣がシステム変容をもたらすカギになるかもしれないとの着想が浮かび上がりました。アダムは宿へ戻るとすぐに企画書を書き上げて出版社に送り、ほどなくこの著作プロジェクトが始まります。そして2025年4月、本書『Everyday Habits for Transforming Systems』が出版され、また、日本語訳を担当することとなりました。システム思考をドネラ・メドウズ、デニス・メドウズから学び、実践者たちとの交流を続けている私としては、アダム・カヘンとシステム思考が掛け合わされることは個人的にも大きな喜びでもあります。

システム横断で対話し、共にシステム的に考える。システムの衝撃や変化に耐え、適応するだけでなく、自らと他者とシステムとで共に変容する。そしてそれらを長い期間をかけてでも実現するために、日々取り組むストレッチな思考と行動の習慣を学んでみませんか?

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(小田理一郎)

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