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東洋思想で視点を変える(2)

2022年06月13日

市場シェアの拡大を図るため、競合の1社が価格を下げると、自社も負けじと価格を下げる。そうすると競合相手がさらに価格を下げる。それを見て「自社もまた」というように価格下げ競争が始まる。お互い利益は目減りし、疲弊していくことはわかっているが、どちらも容易に手を引くことができない。

こういった構造は古今東西でみられます。最近では、スマートフォンの通信料金の値下げ競争などもこれに近い状況といえるでしょう。分野は違いますが、軍拡競争なども同じ構造にあります。

このような個人間や職場、社会などにおいて共通してみられる一般的なシステム構造が他にも存在しますが、それらをいくつかの型に整理したものをシステム原型と呼びます。価格競争の例は、「エスカレート」というシステム原型にあてはまります。これは、互いに相手より一歩先にいこうという意思決定が引き金となって始まる相互作用の結果であり、自己強化型のフィードバック構造です。ところが、自己強化による成長は永遠には続きません。冒頭の低価格競争のような悪循環に陥ると、消耗戦となり決着がついた頃には勝者の側にも余力がなくなり、第三者に漁夫の利をさらわれる恐れもあります。

それでは、このようなエスカレートの構造を回避するにはどうすればよいのでしょうか。

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図:システム原型「エスカレート」
出典『なぜあの人の解決策はうまくいくのか』)

軍拡競争に見られるように、戦争を前にするとこのようなエスカレートの構造に陥る傾向がありますが、『孫子』の戦略について中国古典研究家の守屋淳氏は、次のように述べています。
「孫武(※)は、いかに『相互作用』に引きずり込まれないかをまず考えていた。ライバル多数を前提とする以上、戦いの連鎖や泥沼は、踏み入れてしまえば滅亡の片道切符でしかなかった。」
『孫子・戦略・クラウゼヴィッツー-その活用の方程式』より引用
※孫武は『孫子』の著者とされている中国春秋時代の武将

『孫子』に次のような言葉があります。

「それ戦勝攻取してその功を修めざるは凶なり、命(な)づけて費留(ひりゅう)と曰う」
(現代語訳)たとえ敵軍に勝っても、そもそもの戦争の目的を達成できなければ、これは失敗ということになる。このことを骨折り損のくたびれ儲けという。

「百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。」
(現代語訳)百戦して百勝するのが、最善ではない。戦わずして勝つのが最善だ。

これらは、「真に勝つこととは何なのか、真の目的とは何か?」と問いかけることの大切さを教えてくれます。

この教訓は、現代のシステム思考にも活かされています。そもそも何を達成するための競争であり、戦いなのか? その方法しかないのか? さらに上位のビジョンに立ち戻った時、本当に理にかなっているか? 大局から見て、本質的な目的を再確認することが「エスカレート」を避けるのに効果的です。例に挙げた価格競争では、製品が差別化されない場合や模倣されやすい状態で起こりやすくなります。価格を下げるのではなく、他社と異なる価値提供を追求することでマーケットシェアの維持を図ろうとするのは、ニーズが多様化する現代において有効な手段として実践されています。

『孫子』は2000年以上前の兵法書とあって、当時と様変わりした私たちの生活とどのような関係があるのだろうと受け取られる向きもありますが、ビル・ゲイツ氏、孫正義氏といったビジネス界の成功者や、名将と言われるサッカー監督のフェリペ・スコラーリなどの指導者、各界のリーダーの愛読書として読み継がれています。めまぐるしく移り変わる現代のビジネス環境においても競争は激化し、企業も人も生き残るのに必死です。「春秋十二列国」と呼ばれる強国が覇を競い合う戦乱の世に、生き残るための原理原則を説いた『孫子』は、現代にも通じる普遍的な実用性と魅力を有しているのではないでしょうか。

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