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リンダ・ブース・スウィーニー博士と共に「システム・リーダーシップ」を考える

2024年06月02日

20245月、長らくの同志・友人であるリンダ・ブース・スウィーニー博士を日本に迎えてイベントを開催しました。チェンジ・エージェント社主催ワークショップでは20人の参加者の皆さんたちとシステム・リーダーシップについて、また、青山学院大学ビジネススクールでの半日イベントでは100人を超える皆さんと共にシステム思考の教育、とりわけ社会変革分野での実践について一緒に学びました。

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リンダは、「複雑な」課題やシステムに向き合うための教育について研究と実践を重ね、近年ではコロンビア大学やオバマ財団でソーシャル・リーダーや教育家向けのプログラムの設計やデザインを行っています。2006年に共通の師であるデニス・メドウズの紹介で出会って以来交流を続け、近年ではサステナビリティのためのネットワークでの活動やシステム思考に関する書籍共同執筆プロジェクトなどで、たびたび顔を合わせていました。昨年、是非日本でも彼女のシステム思考教育のアプローチや「システム・リーダーシップ」のテーマについて紹介してほしいとお願いして、今回の来日につながりました。

なぜシステム・リーダーシップが必要か

「組織リーダーのためのシステム・リーダーシップ」と題する2日間のワークショップでは、システム規模での変容を生み出すために必要となる集合的なリーダーシップの基本能力やツールの数々を学び、実践しました。冒頭、なぜシステム・リーダーシップが今必要か、学習ゲームを通じて体感から集合的なリーダーシップの潜在可能性を示します。(リンダ・ブース・スウィーニーの著作、『Systems Thinking Playbook』『Climate Change Playbook』では、システムを体感したり、協働の重要性を認識したりするための学習ゲームを数多く紹介しています。)

なぜシステム・リーダーシップが必要なのか一つの答えは、今日私たちの直面する重要な問題が、「単純」あるいは「煩雑」なものから、より「複雑」なものへとシフトしていることです。「単純な(Simple)」な問題の例は、パンクした自転車の修理です。どこに穴が空いているかを見いだし、その場所を修復すればよいわけです。「煩雑な(Complicated)」問題の例が、自動車の組み立てです。4万点にも及ぶパーツをどのように組み立てて、自動車のパフォーマンスを確保するかはとても煩雑です。それでも、SOPやマニュアルを作成したり、専門家を養成して技術的な能力を磨けば解決することもできるでしょう。「複雑な(Complex)」な問題の例は、都市で安全な交通システムを設計することです。複雑な問題においては、解決のためのマニュアルもなければ、専門家の知見や技術的な能力だけでは解決できません。自動車ユーザーとメーカーや修理業者だけでなく、道路行政や道路工事事業者、公共交通機関のオペレーターや利用者、歩行者や自転車利用者、さまざまな監督規制機関、都市の設計に関わるデベロッパーや都市プランナーなどさまざまな主体が関わります。彼らの目的は、単に自動車の走行に関するパフォーマンスにとどまらず、渋滞や効率、事故や安全、大気汚染や気候変動などの環境問題から都市空間の少しやすさなどさまざまで、問題の定義は一筋縄にはいきません。しばしば「やっかいな(Wicked)」問題となって私たちを悩ませます。それは、問題の定義や目標についてそれぞれの関係者が異なるものの見方をしていることが一因です。そこにかかわる人たちの学習や適応なしには解決できない課題なのです。

複雑な問題は、しばしば複雑なシステムから生じます。要素の集合体でも単に「多数の集まり」の場合と、「システム」の場合があります。リンダはシステムを「何らかの境界内で、互いに作用する二つ以上の部分からなる動的な全体を形成するもの」と定義します。容器の中に入った無数のおはじきや洗濯物カゴに入ったたくさんの洋服は多数の集まりです。その一部を除いたところで全体としての機能は変わりません。一方、システムの例は人体です。人体には、さまざまな臓器や骨、筋肉、血管などで構成されます。心臓を取り除いた人体も、人体から取り除かれた心臓もどちらも機能することはできません。先ほどの煩雑な問題の例で「車の組み立て」を挙げました。単に組み立てたものを展示するだけなら煩雑な問題ですが、車を利用する十数年にわたってさまざまな気候条件下で、車内外の人たちにとって安全に、パフォーマンスを維持して走行し続けるかは複雑な問題となりえます。

複雑なシステムでは、要素間で緊密なつながりが生じ、フィードバックによって支配され、経時的に変化していきます。また、外部からの影響を受けることもあって、混沌となる可能性を秘め、非線形の挙動を示すことや、自己組織化が起こることもあります。例えば、自動車の安全性の問題は、自動車だけを考えては成り立ちません。自動車が利用されるより大きな環境の中での他の要因との相互作用を考える必要があります。センゲらが定義する「システム・リーダーシップ」の3つの中核能力の一つ目、「より大きなシステムを見る能力」が求められるのです。

この「より大きなシステムを見る能力」について、子どもから大人までさまざまな市民にシステムを教えるリンダの基本アプローチは「1)システムを理解する、2)システムを見える化する、3)システムと協働する」のサイクルであり、また後述しますが、そのサイクルの実践はシステム・リーダーシップの他の側面ともつながります。

ステップ1:システムを理解する

「システムを理解する」については、リンダ・ブース・スウィーニー博士のこちらの文献翻訳をご覧になるとよいでしょう。「システム思考:複雑な世界を理解する手段(1)」

リンダがハーバード大学のロバート・キーガンらに師事して研究した内容は、いかにシステム的に考えることが難しいのか、そしてどのようにすれば人はシステム的に考えることができるかについてでした。ものごとをシステムとして理解することは簡単なことではありません。多くの社会実験が、むしろ私たちは非システム的なものの見方をしがちであることを示しています。その阻害要因は、システムはあらゆるところにあるにもかかわらず、その全体像が目に見えにくいこと、そして近年の脳神経科学が明らかにしているように私たちの認知的推論は、できごとや短期の線形ロジックに偏りがちであることです。さらに、専門分野毎に分割された教育カリキュラムに始まり、メディアやスマホの構成、日常目にする人工物が非システム思考の特徴である部分や断片だけを見て反応したり、限られた情報だけをもとに現手合理性を求めることを助長しているのです。

非システム的な考え方を手放して、システムを理解するための基本実践は以下の通りです。

  • 自らのフレーム(とその限界・盲点)を知り、フレームの外を探求すること
  • 線形ではなく、ループで考えること
  • 視点を固定せずに、柔軟に変えること(例えば相手やユーザーの視点、全体を俯瞰する視点でものごとを見る)
  • 言語を大事にすること(安易に切り捨てたり責任を他に押しつける非システム的な言語の利用に注意する)
  • 氷山モデルの水面下にあるパターン、構造、メンタル・モデルを見ること

ステップ2:システムを見える化する

2つめの「システム(とあなたの思考)を見える化する」について、リンダが活用するツールは、時系列変化パターングラフ、コネクションサークル、ループ図、氷山モデル、そして付箋紙です。これらは、チェンジ・エージェント社のセミナーや書籍ではおなじみのものも多いですが、「コネクションサークル」は初めて聞く方もいらっしゃるでしょう。これは、サークル(環)を描いた外側にシステムの中の要素を変数名や図などのシンボルに配して、サークルの内側に因果関係の矢印を書き込むものです。このツールは、小学生から使うことができる一方で、世界の政治学者や経済学者がグローバル経済の課題やリスクなどを表現するのにまさにコネクションサークルを使って説明することからわかるように、極めて汎用性が高いツールでもあります。私たちも、システム思考を知らない市民の集まりで、ループ図の代わりに活用することがあります。会話の呼び水になりやすく、またその次の段階でループ図に転換するベースとしても使えます。

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1 コネクションサークル(左は小学校の教育で使っている例、右はダボス経済会議で示された例)

日本でもなじみあるループ図などの他のツールについても、リンダのこれまでの実践や体験に基づく事例は大いに刺激となりました。自らの生産性追求のジレンマや、企業組織における安全性文化の課題やダイバーシティ&インクルージョンの浸透の課題、あるいは社会課題としてのスマホ熱中問題や子どもの肥満問題、あるいは「NPOの飢餓サイクル」と呼ばれる資金獲得と使命達成の間のジレンマなど、日本でもよくありそうな課題が紹介されました。

ステップ3:システムと協働する

3つめの「システムと協働する」については、リンダもまた、ドネラ・メドウズのレバレッジ・ポイントの概念を活用します。ここで重要なのは、リンダが尊敬し、研究対象としたシステム思考家にして優れた建築家であるバックミンスター・フラーの名言「フォース(力)に抗うなかれ。それを活用なさい」に集約されています。私たちは、問題や目標未達の状況でコントロールしょうとしてしまいがちですが、複雑なシステムでコントロールしようとするとシステムの抵抗を誘発し裏目に出てしまいがちです。システムの呼吸を見極めながら、システムと共にダンスすることが必要になります。

システムのとの協働において重要な基本戦略は、「(単に痛みを止めるだけでなく)創発のためのデザインを探求すること」です。特に組織や社会のシステムでは複数のアクターが絡みますが、それぞれ単独では優秀なアクターであっても、ほかのアクターたちと合わさったときにそのパフォーマンスは線形に比例するどころか、さまざまなトレードオフや効果の相殺が起こり、ともすると足の引っ張り合いや他責のエスカレートと言った状況にも陥りがちです。集合的なシステムのパフォーマンスは、その要素一つの質よりも、要素間の関係性に依拠します。これは、「創発」というシステム的特性です。では、どのようにシステムの創発を、相互抑制的なものから、互恵的で相互に高め合うものにしていけばよいのでしょうか。

システム・リーダーシップのインナーとアウター

センゲらはシステム・リーダーシップの中核能力の二つ目に「内省とより生成的な対話を促す能力」を掲げますが、リンダのアプローチでも、先に挙げた「より大きなシステムを理解する能力」を基盤にしつつ、システム・リーダーシップの「インナー」と「アウター」の側面を推奨します。

システム・リーダーシップのインナーは、内省の実践です。謙虚さと共に好奇心を持ち、主張と探求をバランスしながら、自らのメンタル・モデルを継続的に浮上させ検証します。答えのない複雑な状況下において曖昧さを受けいれ、視点を変え、あるいは初心に戻り、共創のためにラディカルな連帯もいとわない心の在り方を実践します。

システム・リーダーシップのアウターでは、2つめのステップで行ったトレンドの特定やシステムの見える化を行って後、そこに集まった関係者たちが「ダンスフロア(現場)」と「バルコニー(自分たちを俯瞰できる場所)」の間を行き来することを支援し、生成的な会話を醸成します。システムが自分たちのシステムを見ることの気づきは、それまでの他責や非システム的な問題解決の悪循環を止めて、轍から外れる機会にもつながります。

リンダの紹介するシステム・リーダーシップのアウターは、さらにセンゲらの掲げる3つめの中核能力、「集合的なフォーカスを反応的な問題解決から未来の共創へと移行する」へと誘います。多様なステークホルダーたちを集め、システムの健全さを共創することに向けて、問題の複雑さを反映した戦略的なナラティブ、つまり「ダイナミックな変化の理論(D-TOC)」を築く支援を行います。

システムチェンジが求められる文脈において、受益者やユーザーなどの身の丈の人たちを中心に置いたアプローチや公平性(Equity)を実現することこそが、システムの健全さの基盤となります。リンダは、マルチソルビング研究所の開発した「FLOWER」図というツールを紹介して、いかにして多様なステークホルダーたちがそれぞれの求めるアウトカムを出し合いながら、システムの健全性を探求する会話の促し方を示してくれました。

マルチソルビング(多重解決策)は、特定のステークホルダーのベネフィットに焦点を当てるのではなく、その波及効果、相乗効果、そして時間経過と共に展開するダイナミクスをもとに、コベネフィット、カスケーディングベネフィットをデザインするための考え方であり、より少ないリソースでより大きく持続的な成果を導くレバレッジの大きい施策として注目を浴びています。

システム・リーダーシップの実践

2日間のワークショップでは、リンダのアプローチの基本的な考え方とツール、そして社会課題における事例を学んで後、ツールとプロセスを参加者たちの日本での社会課題に適用しました。

システムを見える化した会話は、新しい洞察や問いをもたらします。また、そのような洞察や問いが、どのように複雑なシステムとダンスするのか、そしてシステムを構成する多様なステークホルダーたちを集めて、対症療法や他責の応酬ではなくより望ましい未来を共創しうるのかのヒントを与えてくれます。

このような多様な人たちの間で構成されるシステムが自分自身を見つめ、生成的な会話を広げる実践をもっと多くの日本の現場に届けられるよう、もっともっとこうした場を創っていきたいと考える機会にもなりました。今年から来年にかけて、システム・リーダーシップの新コースを開発、提供していきます。

改めて、我らの同志であり友人であるリンダ・ブース・スウィーニー博士と、日本で一緒に実践くださる仲間の皆さんへ感謝申し上げます。

(小田理一郎)

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